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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第6回 this utopia v
 風が止み、眼を開けていられないほどの風圧は消える。耳の奥で、金属をぶつけたような耳鳴りだけが残っていた。いつの間にか固く閉じていた眼を開ける。まず瞳に飛び込んできたのは、白。
 真っ白な光景。それも、立体的な白さ。手を伸ばせば掴める。まるで雲のような白。
 最初、それが何であるか分からなかった。錯覚でよく見られるように、凹凸をはっきりと捉えることがすぐにはできなかったからだ。でも次第に眼も慣れ、それが元から定まった形を持っているものではないことに気づく。やっぱり直観的な感覚は正しいことが多い。最初に感じたように、それは雲に近いものだった。
 白い霧だ。スカイとサディアス先生を中心に、白い霧が覆っている。それも、とても濃い。辺りは完全に白一色に染め上げられ、二人の姿もすっかり塗りつぶされていた。
 漸く耳鳴りが遠のいていく。爆発音と平常時とのギャップを脳が補正し修正している。突然生じた莫大な情報量を、ゆっくりと、だが確実に、脳が処理していっている。
 耳鳴りが止み、真っ白な霧も晴れてくる。そこでうっすらと二つの陰を視認する。言うまでもなく、一つはスカイ、もう一つはサディアス先生。立ち位置は変わっていなかった。
 霧が薄まり、消えていく。朧だった二人の輪郭が、はっきりとした境界線でなぞられる。手足、体、頭。そして細部が形を得ていき、隠れていたそれぞれの表情が明らかになった。
 スカイは楽しげに笑っていた。純粋で無垢な、屈託のない子供の笑顔。彼女の行った恐ろしい攻撃とはまるで縁遠い。全力を出せたことにただただ満足している様子だ。
 他方、サディアス先生は息を荒げ、苦悶に表情を歪めていた。激しい呼吸に合わせて肩を上下させている。きっと、鼓動をはっきりと聞き取れるほど、心臓は跳びはねているに違いない。
「さっすが、せんせ。まだ敵わないな」スカイは声を弾ませて言う。「でも今回はダメだったけど、次は負けません。ぜったい」
 二人の表情から見て、余裕が残っているのは明らかにスカイの方だ。このままやれば、スカイがサディアス先生に勝つこともできるんじゃないかと思ってしまう。
 でも、負けを認めたのは、スカイの方だった。
 現状を鑑みれば、スカイの言葉は嫌味に聞こえてもおかしくなかった。余力を残し、余裕を窺わせる、スカイ。それで負けを認めるなんて嫌味だと言われても仕方がない。けれどスカイの口調には、本当にそう思っている、という音が含まれていた。
 嫌味などではない、本心の言葉。それを聞いたサディアス先生は一瞬、自虐的な笑みを零したように見えた。だが、そんな疑念はすぐに豪快な笑い声に掻き消される。
「はっはっは。そうだ。まだまだだ、スカイラー。まだまだ大人の俺の方が強い。もっと訓練を積むんだな。今のままじゃ俺の足もとにも及ばないぞ」
 サディアス先生の自信たっぷりな言葉。でもどこか、ぎこちなさを覚える。
「まあまさか、さっき言った《拡張感覚》の掛け合わせをさっそくやってくるとは思ってもいなかった。だが、俺にかかれば抑え込むことなんて簡単だ。まだまだ訓練不足だな。
じゃ、今度こそ訓練は終わりだ。あとは次までに自主練を積むように。では解散」
 そう言ってサディアス先生は足早に出口の方に向かった。自信満々というような様を引き連れて。でも、訓練室を出て扉を閉めた後、サディアス先生はぽつりと呟いていた。きっと誰にも聞かれることはないと思っての独り言だったんだろう。もちろん、普通だったら聞かれることはなかった。それほど小さな声量だった。けど、僕は聴覚が優れていた。
「あぁ疲れた……危なかったな……」
 そこに自信なんて微塵の欠片も残っていなかった。さっきまでのはやはり無理をしていただけだったんだ。
 僕はスカイを見た。彼女に疲れの色はまったく見えない。もしかするとスカイがサディアス先生を超えるのも近いことなのかもしれない。それがいつになるかまでは分からない。数年後かもしれないし、一年後かもしれない。もしかすると明日なんてこともあるかもしれない。けど、スカイが先生を越えるのは、確かなことだと思えた。僕はそう感じていた。
 でもそれは口には出さず、心の奥に止めておいた。そしてサディアス先生の言葉も同じように秘めておく。僕は何も聞かなかった。それでいい。それに、誰も得をしないことをわざわざ教えることはない。大切なことを聞き逃してしまうかもしれないから。


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