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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第4回 this utopia iii
 痛みは水に溶けるように鈍くなり遠のいていった。彷徨っていた意識が定められた場所を見つけ落ち着く。身体のカタチを思い出す。後頭部が柔らかな感触に包まれていた。数割ほど重量を増した重い瞼を上げ、いまの状況を確認する。
 まず目に入ったのは、ミアの顔だった。僕は彼女の顔を下から見上げている。けれどミアは真っ直ぐ前を見ていて、僕の視線にはまだ気付いていない。
 ミアの顔の位置から身体の位置を推測して、後頭部の柔らかな感触が何であるか合点がいった。僕はミアに膝枕されている。つまり、僕は寝てしまった。いや、気を失ってしまったらしい。
 溜め息が口から零れる。右手で額を叩くように押さえた。ミアも僕が起きたことに気付く。
「あ、ウェル。おっはよー」
 下を向いたミアの視線と、僕の視線が交わる。額を押さえていた右手を下ろす反動で、僕は身体を起こした。感覚は正常。水平は水平に戻っている。
「どのくらい寝てた?」
 普通の口調で言ったつもりだった。けれど耳に届いた声はどこか不機嫌そうだ。
「うーん、十分ぐらいかな。もっと短かったかも」
 十分……。おそらく数分で平衡感覚は戻ったんだろう。狂っていたという残余すら今は感じない。絶妙なさじ加減。さすがサディアス先生だ。
 ミアは答えると、僕を見ていた視線を前方に戻していた。視線を追いかけて、僕も前を見る。すると、ノアがちょうどサディアス先生と一対一で戦闘訓練をしているところだった。
 ノアは数に物を言わせて攻撃している。おそらく僕の訓練でのサディアス先生の言葉を参考にしてのことなんだろう。でもサディアス先生はそれらの攻撃をすべて、完全にいなしていた。体術による打撃技はもちろんのこと、そこに混ぜ込まれた《拡張感覚》による攻撃も、すべて。
 時間の問題だな。そう思い、僕は視線を外した。
 辺りを見ると、残りの三人の姿を見つける。男一人に、女二人。イーライ(エル)に、フェイス(ファイ)とスカイラー(スカイ)の三人だ。
 エルとファイはまた「やっちまえー」と声を荒らげていたが、そこには僕のときとは違って熱が籠もっている。二人の顔をよく見てみると、出来たばかりの傷が見て取れた。おそらくサディアス先生にやられたんだろう。だからノアに仇を取れと言わんばかりに、感情むき出しの言葉を投げているようだ。
 じゃあノアが最後だな、僕は思った。ミアは僕がやられてからずっと膝枕をしてくれていたようだし、それ以前にミアは戦闘が苦手だ。きっと今日は訓練をパスさせてもらったんだろう。もしかするとその理由の一つに、僕も良いように使われたのかもしれない。案外ミアもちゃっかりしている。
 視線を移して、エルとファイの向こうにいるスカイを見る。スカイは両膝を立て、腕を組み、壁にもたれ掛かり、俯(うつむ)いていた。動きらしい動きはない。きっと眠ってる。今日も訓練をする気はないみたいだ。
 ダンッという鈍い音が響く。ノアの方に視線を戻すと、ノアはサディアス先生に背中から床に叩きつけられていた。諦めを表すように、ノアの手がペタンと床に落ちる。
 パンパンと軽く手を打ち鳴らしてから、サディアス先生は僕たちをざっと見回し、そして話し始めた。
「お前たちは《拡張感覚》を使うことは出来てても、使いこなすことが出来てない。まったく、な」
 そう言うとサディアス先生はノアに右手を差し出し、引っ張り起こす。そしてまた皆に視線を向ける。
「お前たちの戦い方はどれも足し算だ。一種類の攻撃をどんどんと積み重ねていってるに過ぎない。手技、足技、《拡張感覚》。一連の流れとして繋がってはいるが、それぞれの攻撃は独立している。まずは体術と《拡張感覚》を掛け合わせろ。別種の攻撃を合わせて新しい攻撃を生み出せ。それが基本だ」
 掛け合わせる。サディアス先生の言葉を聞いて、僕は自分の手を見つめた。
 何と何を合わせればいい? 自問し、答えを探そうとし始める。きっと皆もそうしていただろう。《神様》に貢献するには、強くなるしかない。
 でもそこで、サディアス先生は僕たちの思案を、ある言葉で止めた。
「でも、それだけではまだ足りない。その程度の攻撃が通用するのは、《悪魔》の中でも下位の連中だけだからだ」
 その言葉を聞くと僕は顔を上げ、サディアス先生を見た。集中力を引き上げて、先生の言葉に耳を傾ける。
「俺たちが《神様》に《拡張感覚》という力を授けてもらい、《悪魔》に対抗することが可能にはなったが、《悪魔》は旧時代の文明をもとに新たな兵器を生み出し続けている。それに、《悪魔》の中には特殊な訓練を受けている兵士もいる。そういう奴らには体術と《拡張感覚》を掛け合わせた攻撃程度では、やられてしまう場合がある。だからその先の段階――《拡張感覚》と《拡張感覚》を掛け合わせることが必要になるんだ。
 でもまあ、自分に出来るかなんて不安がることはない。訓練さえ積めば、誰にでも出来ることだ。普通に生きている時点で人間は複数の感覚を同時に使っている。それの発展形だと思えば簡単だろ。
 ま、とりあえずは基本だ。体術と《拡張感覚》を同時に出来るように自主訓練に励め。以上」
 そう言うとサディアス先生は両手を打ち鳴らし、終わりを告げた。けれどそれをある声が妨げる。
「せんせ。今日は私もやるよ」
 軽い調子の声。声のした方を見ると、スカイが立ち上がって伸びをしていた。
「スカイラー。今日はやるのか」
 サディアス先生の顔が緊張でわずかに引きつる。同様に、その場の空気にも痺れるような緊張が走った。
「うん。たまには本気出しとかないと、身体が鈍っちゃうからね」
 周りの反応なんて何のそのと、スカイはマイペースな口調で話し、そして笑みを浮かべた。穏やかな表情。そのはずが、受け取る印象は正反対だ。背筋に氷柱を撫でつけられたような戦慄。自然と背筋が伸び、反射的に生唾を呑み込む。けれどそれでも、別の思いが湧き起こってくるのを感じた。
 スカイの強さが見たい。きっとそのとき、誰もがそう考えた。なぜならスカイの強さは、憧れだ。手を伸ばしても届かない、高みだ。
 緊張から出ていた唾が、いつの間にか興奮によるものに変わっていた。また生唾を呑み込み、そしてサディアス先生を見る。皆、先生が応じるのを期待していた。
 サディアス先生は僕たちの視線に気づき、そこに込められた意図にも気付く。そして小さくため息を漏らし、応える。
「分かった分かった。スカイラー、かかって来い」


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