小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第19回 epilogue
   ―― epilogue ――

 青空のした、子供たちが駆け回っている。そのさまを俺はただ見守っていた。
 子供たちは各々《拡張感覚》を使い、好きなように遊んでいる。指先に火を灯してみたり、光を放つ球体を作ってみたり、離れた場所から誰かを叩いてみたり、といろいろだ。彼らはまだ幼く、《拡張感覚》の扱い方が甘い。だからこうして遊びを通じて少しずつ段階を上げていく必要がある。今はまだ基本的な訓練に入る段階ですらない。幼いとは、そういうことだ。
 遊びの輪を外れて、一人の少女がこちらに歩いてくる。彼女の名前はミランダ。少し変わった子だ。
「ノア先生。あの……ききたい、ことがあるんですけど」
 たどたどしい言葉の運び。彼らを担当してもう二月以上は経っているのに、ミランダはなぜかまだ緊張しているみたいだ。
「なんだい?」と俺は優しい口調を努める。「何か困ったことがあった?」
「あの……えっと……」
 ミランダは視線を落とし、落ち着きなく瞳を揺り動かせる。胸のまえでは指と指をもじもじと絡みあわせた。緊張というより恥ずかしいという方が当てはまる。
「どうしたんだい?」
 優しく声をかけてミランダの背中を押してやる。するとミランダはなぜか左の方をじっと見た。まるでそこに何かがいるように。
 いや、きっと何かがいるのだ。それがミランダの持つ《第六感》だから。
《第六感》とは、稀に生まれ持つものがいる特別な感覚のことだ。けれど《第六感》があるからといって、全員が同じ感覚を持っているわけじゃない。《第六感》のなかでも能力は多種多様だ。目を見るだけで相手の心を読む人もいれば、旧時代の音楽というものを解する人もいる。そしてミランダの《第六感》は、霊を見ることができるというものだった。つまりミランダにはいわゆる霊感が備わっているのだ。
 ミランダは左に向けていた視線を外し、ゆっくりと話し始める。
「ノア先生。わたし、見えるんです。幽霊が……」
「大丈夫。知っているよ。君の《第六感》のことはすでに報告を受けている」
「えっと……じゃあ、これから言うことも、信じてくれますか」
「ああ、信じるよ」
 俺の言葉を聞くと、ミランダはまた一度視線を左に外した。そこにいる何かの存在を確かめるように。
「じつは……ノア先生のそばにいつもいる幽霊がいるんです」
「へえ。どんな?」
「子供です。わたしたちより少し年上の子供」
「子供? ……ああ、ならきっと彼女だな」
 俺は子供のころに死んでしまった彼女のことを思いだす。訓練生として同じ第三班に所属していたが、ある日の《悪魔狩り》で《悪魔》に殺されてしまった彼女。あの日、彼女のことを守れなかったことは、いまだに第三班の全員が悔んでいる。
 けれどミランダから返ってきた返事は意外なものだった。
「いいえ女の子じゃありません。男の子です」
「男の子?」
 俺は眉を寄せて考える。誰か子供時代に死んだ男子がいただろうか。第三班で死んでしまったのは彼女だけだし、第三班以外となると仲良くするような相手もいない。残るは担当の子という可能性だが、俺の担当している子たちはみんなここに元気に揃っている。死んだ男子にはまったく憶えがなかった。
「だれか分かりますか?」
 ミランダがくりっとした目で、考え込む俺の目を覗き込む。しかし俺には思い当たる相手はいなかった。
「……分からない。憶えはない」
「そう、ですか……何か伝えたいことがあるみたいなんですけど……あっ」
 ミランダが弾かれたように左を向いた。つられて俺も視線を向ける。もちろんそこには誰もいない。俺の目で見る世界では。
「どうした?」
「……行っちゃいました」
 そう言ってミランダは残念そうに唇を少し突きだした。その背中に子供たちが声を掛ける。
「おーいミラ。こっち来いよ。面白いぞ」
 ミランダは振り返り、また視線をこちらに戻した。その目には迷いの色が見て取れる。どうしようか迷っているのだ。幽霊の話を俺にしておきながら、この場ではっきりとした答えが見出せなかったために。
「行っておいで。教えてくれてありがとな。誰なのかもう少し考えてみるよ」
 俺はミランダの頭をぽんぽんと撫でた。感謝されて嬉しかったのか、ミランダは目をきらきらと輝かせ、また子供たちの輪の中に戻っていく。その背中を見送りつつ、俺はまた考える。
 死んだ男の子。それが誰であるかは分からない。けれどその正体はなぜか――
 とても大切な誰かだと思えた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 3783