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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第18回 dystopia ii
 手はなく、足もない。頭もなければ、身体もない。それがかつての「僕」が迎えた姿。僕の生の結末だ。
 ノアが去ったあと、地面には消し炭になった「僕」が残されていた。しかしそれが「僕」の残骸であると言うには、あまりにも個が焼き尽くされてしまっている。それはもうただの灰の集合体。風が吹くだけで脆く簡単に崩れ去る。
 僕は「僕」の傍らに立っていた。
 意識体と言うのか、幽霊と呼ぶのか、それは分からない。どちらも明確な定義は知らず、そこに生じる差異も知らないからだ。
 けれど、僕はそこに存在していた。僕という意識を持ち、みんなと同じ世界を感受しながら。
 静けさを感じた。森のなかはすでに静寂を取り戻している。空気は濃く重い。稠密(ちゅうみつ)にその場を満たしている。
 そう感じた。
 そう。……感じたんだ。
 しかし僕にはもう感覚器がない。世界を感受する機能はない。手足は失われ、皮膚は焼き尽くされた。目はなく、鼻も耳も、口もない。もう身体は存在していない。
 しかし感じられた。感じ取れた。感覚器を通さず、脳を通さず、感じ取ることができた。
 これが世界。補正も矯正も修正も施されていない世界。本当の、世界。
 ここに《悪魔》はいない。この世界には真実、《悪魔》なんて存在していない。
《悪魔》がいたのは、僕たちの中だ。それが答え。
 そこでわずかに空気が乱れた。森に密に広がっていた静けさが乱された。何者かが近づいて来ている。
 足音が届く。単調なリズム。それが二つ重りあう。聞こえてくる方を見ると、二つの人影がこちらに向かって歩いてきていた。
 二人は、嵐の夜を切り取ったような漆黒の服に身を包み、頭にはフードを深々と被っていて顔貌は分からない。近づいてくる姿を見て、黒いという以外に得られる情報はなかった。
 しかし、不意に全身が粟立つのを感じた。すでに身体は失われ皮膚は存在しないというのに、体表面を微細な粒子が駆け抜けていく感覚を覚えていた。
 それは直観的な恐怖。黒衣の存在たちの纏っている、ある気配にたいして抱いた恐れの表象。
 彼らは死――死の権化――死神だ。
 もちろん言葉通りの意味じゃない。彼らは実在する存在だ。それらは彼らの纏う死の気配が想起させた言葉の一群に過ぎない。
 灰の塊となった「僕」を彼らが見下ろす。その背中を見て、確信する。直に見るのは初めてだ。彼らの存在は噂でしか聞いたことがなかった。
 粛清部門、101部隊。《神様》直属のエリート集団。《ユートピア》最強部隊。
 101部隊は活動記録が一般に一切開示されず、何を目的とする部隊であるかすら明かされていない。しかしただ一つ分かっていることは、101部隊だけが有する紋章。
 横に並べられた「101」のうち、「1」のそれぞれ上下が弧を描くよう内に向けて曲げられ、ふたつの「1」で「0」を包みこむ形をとった紋章。通称――《神の眼》。
 その《神の眼》が黒衣の二人の背中で鋭い眼光を光らせていた。まるで身体を失ってもなお存在する僕を探しているように。
 だが彼らが来た目的は「僕」ではなかった。
 二人のうちの一人がおもむろに屈みこみ、「僕」の残骸に手をつける。かろうじて形を保っていた灰が崩れ落ち、土に混ざる。そうなったら最後、もう「僕」と土を見分けることはできなくなる。
 かつて「僕」だった集積物の、およそ頭部だったと思われる場所。そこから彼らは目的のものを見つけた。
 黒い灰から引き出した手のなかで金属の輝きが放たれる。何かの機械。核と思われる部分を中心に、開いた掌のように金属の指が四方に伸びている。そしてそこからまた、より細いコードが無数に伸び、垂れていた。まるで何かを掴むような形をしている。
 その機械に見覚えはなかった。あんなものを身に付けていた覚えはない。それに、もし何者かによって身に付けられていたとしても、あれほどの大きさだ。すぐに気付く。しかし実際、僕には付けられていた憶えはなく、謎の機械はしっかりと存在している。
 灰で構成された「僕」は、内側で支えていた唯一の骨組みを抜かれ、音もなく崩れた。さらに機械を抜き取った一人が足で払い、追い打ちをかける。「僕」は完全に土に溶け込み、一体と化した。もう「僕」は失われ、土壌へと還った。
 機械を手にした一人は、そのまま掌のうえで《拡張感覚》を使った。見る見るうちに謎の機械は圧縮されていき、爪先にも満たない小さな粒となる。どうやら回収が目的ではなく、破壊が目的だったみたいだ。現に不可逆的な破壊を遂行すると、彼らは森のなかに捨てていった。
 こうして目的は達せられた様子で、101部隊の二人は来た道を戻っていく。並んだ背中から二つの《神の眼》が僕を睨みつけていた。何もかも見透かしていたぞと《神様》が告げているようだ。
 そこでようやく気付く。あの機械が取り出されたのは、「僕」の頭部と思える場所からだった。でも僕は機械の存在にはまったく気付いていなかった。何かを頭に被らされでもしていたのなら気付かないはずがない。しかし内側だったならどうだろう。
 頭のなか。そこにあの機械があったのなら。
 瞬く間に考えが巡る。機械のあの形状。あれは頭を掴むにはすこし大きさが足りない。けれど脳なら……ちょうど良い大きさだ。あの機械は脳を掴むような形で、頭のなか、頭蓋のなかに入れられていた。合点がいく。それなら気付くはずがない。でもなぜ?
 その疑問を抱いて、すぐに自分自身に呆れてしまった。僕は答えを知っている。薄々分かっていたことだ。
 わざわざ101部隊が来て破壊した機械。破壊したとはつまり警戒したということだ。
 誰を? ……それは《悪魔》だ。《ユートピア》に住む僕たちとは別の人間たちだ。
 彼らに知られたくなかったんだろう。あの機械の存在のことを。なぜなら彼らにはその技術がないから。
《悪魔》には《拡張感覚》がないから。
 おそらくあの機械を脳に直接つけることで《拡張感覚》を使えるようにしていた。でも……そうするには手術が必要だ。そんなことをした憶えは……――
 そう考えて思いだす。自分がかつて抱いた言葉の一節を。
 ――《拡張感覚》の感覚は身体に染みついている。生まれた瞬間からずっと一緒にあったものだ。
 『生まれた瞬間からずっと』。そう、つまり物心がつく前に、すでに《拡張感覚》を成す機械が頭のなかに埋め込まれていたんだ。そして成長とともにより深く根付いていき、脳の一部と化していた。
 納得だな。だから僕が《悪魔》の真実に気付いた時点で、《拡張感覚》を使えないようにされてしまった。脳に直接アクセスしていたんだ。僕の思考なんて筒抜けだったに違いない。
 いやでも、そのことにはもっと早く気付けたはずだ。《思考同調》、その存在が示唆しているじゃないか。思考を共有するには、思考を読み取らなければいけない。その時点で思考は読み取られていると気付くべきだった。しかし……だめだ。思考を読まれていると気付いたところで対策のしようがない。思わないようにすることなんて出来ない。思わないようにする時点で、すでに思ってしまった後だ。
 それに、もう手遅れだ。
 僕はもう死んでしまっている。
 ゆっくりと視線を上げた。ふと空を見上げていた。
 青々とした空。その様は、いつ見ても変わらない。
 身体を失った今も、身体を失う前も、
《悪魔》にされた後も、《悪魔》にされる前も、
『外』にいるときも、《ユートピア》にいるときも、
 見上げる空は変わらない。変わらず青さを湛えている。
 ひとり呟く。
「力不足でごめん、みんな。
 僕はこっちで待ってる。だからみんなは生きて。
 生きて、生きて、生き抜いて、そして取り戻して。
 この世界を。《神様》の手から」


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