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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第16回 dys utopia vii
 《悪魔》の正体は人間――その事実を知って真っ先にみんなのことが頭に浮かんだ。
 みんなに伝えなくちゃいけない。こんなことは間違っている。《悪魔》の正体を知っているのはきっと僕だけだ。僕が止めないと。
 だがみんなと連絡を取ろうにも頭のなかは静まり返っていた。誰の声も聞こえてこない。いつの間にか《思考同調》の有効範囲を出てしまっていた。こちらから近くの誰かに《思考同調》を行いたいが、残念ながら方法をまだ教わっていない。知っていても使えない。自分の無力さがもどかしい。
 《ユートピア》だったら《頭話》がすぐに使えるのに……。唇を少し噛んで思ったが、いまは外だ。《頭話》は《ユートピア》でしか使えない。だから原始的な方法にはなるけれど、今はとりあえず走るしかなかった。最低でも集合場所にまで戻ればみんなに会うことができる。
 暴走したばかりなので《拡張感覚》は使わず、仕方なくリミッターのかかったままの身体で走ることにする。時間がかかってはしまうけれど、その分は近道をして少しでも短縮しよう。森を突っ切れば早く着けるはずだ。川の音を聞きながら進めばきっと迷うこともない。
 まっさらな家の跡地をあとにして森のなかに入っていく。空気の密度が増し、外とは違う空間であることを感じさせられる。不気味なほど静かだ。まだ川からはそう離れていないというのに水音はくすんだような響きをかすかに鳴らしている。左耳よりも右耳でそのわずかな響きを捉えながら、僕は森のなかを進んでいった。
 しばらく進み、水の音は森の静寂によって最小にまで絞られた。肌触りの悪い静けさが辺りを覆っている。この静寂に姿を与えるのならきっと《悪魔》のような姿になる。肌を舐めるような静けさは《悪魔》の身体を思い出させた。ヌメヌメと照り輝く身体。蠢く無数の牙。流れ落ちる薄黒い唾液。しかしすべては幻覚だ。そんな姿をした生物は端から存在しなかった。いたのは僕らと同じ、ただの人間だったのだから。
 ――お前たちがなぜ《悪魔》どもを狩らないといけないかを思い出せ。
 ふとサディアス先生の言葉を思い出した。《悪魔狩り》を前にした先生からの激励だ。この言葉の前にも先生は大事なことを言っていた気がする。
 ――そういうときは《神様》のことを考えろ。
 僕は歩みを止める。
 そう、《神様》だ。僕らを突き動かすものは《神様》への絶対的な愛。僕らはみんな《神様》を愛している。そしてみんな《悪魔》を憎んでいた。
 愛情は《神様》へ。
 憎悪は《悪魔》へ。
 それが真実の方程式。そう信じていた。けれど――
 《悪魔》は存在しない。方程式は間違っていた。《悪魔》は同じ人間。憎悪を向けるべき対象じゃない。数少ない同じ生き残りなんだから。
 数少ない……?
 歴史は述べていた。《悪魔》によって数を減らされた人類の生き残りが、《神様》によって力を手に入れて《ユートピア》を建造した。
 だが《悪魔》はいない。人類が数を減らす要因はない。なら世界が破滅に瀕することもなかったはず。つまり旧時代と新時代の区切りもあったはずがない。
 歴史が間違っている。都合よく改ざんされていたんだ。いや、もう改ざんなんて話ですらない。ねつ造だ。
 虚構を虚構で塗りつぶし、虚構に虚構を積み上げる。それが《ユートピア》。そしてすべての虚構を辿れば、ある一点に収束する。それこそ――
 「《神様》」
 食堂での会話を思い出す――《神様》は完璧であるがゆえに神様。完璧であるからこそ皆が愛し、身を尽くす。
 しかし何もかもが間違っていた。《悪魔》は居らず、歴史は嘘っぱちだ。《ユートピア》は虚構で塗りたくられた王国に過ぎない。そしてそこに君臨する《神様》さえも。
 虚構のうえに完璧は成立しない。誤った仮定が導き出すのは常に矛盾だけだ。完璧であり、完璧でない。どちらかが真理に背いている。その答えはもう言うまでもない。
 虚構の王国、《ユートピア》。
 《神様》は……間違っている。
 ガサッ! 唐突に、草木を踏みしめる音が鋭く響いた。
 すぐさま臨戦体勢に入る。けれども気付く。敵はいないのだ。《悪魔》は存在しないのだから。
 反射的にとった警戒を解き、音がした方に気を向ける。小高い場所の頂上あたり。ガサガサという音が続いた。向こう側を上っているようだ。
 木々が立ち並ぶ隙間に人影が現れた。薄明るいなかで顔かたちを見いだす。そして見覚えのある姿に、僕は手を振って名前を呼んだ。
「おーい、ノア!」
 三班のメンバーだったら誰でもいいと思っていたが、ノアだったら尚更いい。気の合う相手だし、ノアはノアなりに考えていることもある。だからきっと《悪魔》の真実を話せば、これからどうするべきか一緒に考えてくれるに違いない。
 出会えた嬉しい気持ちが乗り、振る手も声も勢いを増す。
「おーい! ノア! こっちこっち!」
 木々のなかで声がこだましているのか、ノアはしばらくきょろきょろと辺りを窺っていた。けれどようやくこちらを向き、僕のことに気付く。話したいことが山積みだ。まず何から話すべきだろう。
 見上げる僕と、ノアの視線が交わった――刹那、背筋につららを撫でつけられたかと錯覚する。
 全身を一気に悪寒が駆け抜けた。凍りついたように身体が硬直する。原因はあの目だ。あのノアの目。
 あの目は見たことがある。試合形式の訓練のときに見る目だ。射抜くような真っ直ぐな視線。攻撃するという意思表示。いや……違う。それ以上だ。あの目は攻撃する気のそれじゃない。あれは――
 殺すつもりだ。
 どうして?! なんて疑問が湧く間も与えず、ノアは手を出して《温覚》を発動した。
 瞬時に何もなかった空間に炎が起こり、僕に向かって飛んでくる。驚きで頭が真っ白になっていた僕だったが、普段の訓練のおかげで、すんでのところで反射的に横に跳び退く。
 高温の火炎が傍らを通り抜けた。ぎりぎりで躱したため、肌がじりじりと焼きつけられた。火傷を負ったが痛みは感じない。痛みに気を割く余裕がなかった。
「ノア、止めてくれ! 僕だ!」
 必死に訴えるが、ノアの瞳は変わらない。軽蔑に非情さと残酷さを混ぜ合わせ、憎悪で煮立てたような目で僕を見る。殺してやる、そんな言葉が絶えず吐き掛けられているようだ。
 ノアは両手を広げ、さらに《温覚》を強める。ノアの周りに拳ほどの大きさの火球がぽつぽつと生じ、次第にその数を増していく。あれをすべて飛ばして来られたらただでは済まない。
 仕方ない。気は進まないけど、僕も本気で応じるしかないみたいだ。
 僕はいつも使うように《拡張感覚》を発動し、《聴覚》によって強力な音波を発生させた――つもりが、出来ているという実感が伴わない。
 おかしい。
 もう一度試してみる。だがやはり何も起こらない。それどころか《拡張感覚》を使っている感覚すら感じられない。《拡張感覚》の感覚は身体に染みついている。生まれた瞬間からずっと一緒にあったものだ。忘れるはずがない。なのに……。
 視界の端が妙に明るくなる。顔を向ければ、ノアの周りの火球はもう数え切れないほどになっていた。その明るさによってノアの顔に影が差している。
 影の中から二つの目が覗いていた。周囲の炎とは違うが、そこにも別種の炎が宿っている。冷酷な憎悪の炎。情けも容赦もなく、殺すことしか考えていない。
 殺される。全身の肌が粟立つのを感じた。逃げなくちゃいけない。このままじゃダメだ。
 《拡張感覚》で全身の筋肉にかけられたリミッターを外す。立ち上がり逃げようとするが、身体は重いままだった。変わっていない、リミッターを外す前と。《拡張感覚》が機能していない。
 ――《神様》に《拡張感覚》という力を授けてもらい、《悪魔》に対抗することが可能にはなった――
 サディアス先生の言葉が脳裏を過ぎった。
 そうだ。《拡張感覚》は《神様》に授けてもらった力。《悪魔》と戦うために。でも《悪魔》は人間だ。そして僕たちも人間だ。同じ人間、なのにそこに区別がある。《悪魔》とされる人間と、そうではない人間。その違いは――《拡張感覚》。
 僕たちには《拡張感覚》があり、《悪魔》にはそれがない。いや……待て。僕たちじゃない。僕はもう――
 《拡張感覚》が使えない。つまり《拡張感覚》がない人間は……。
 ノアが冷ややかな目で僕を睨みつけ、口を開く。
「くたばれ、《悪魔》」
 その言葉がすべてを物語っていた。
 ノアが凝視する。次の瞬間、一個の火球が勢いよく飛んできた。
 直線的な攻撃。速さはある。でも軌道が読みやすい。
 全神経を注いで避ける。それでもぎりぎりだった。火球は顔のすぐ横を通り抜け、髪の先を黒く焼いた。
 続けて二個の火球が飛んでくる。どちらもカーブを描いている。だが目標は僕だ。それを使えば……。
 直前まで引きつけてから木の後ろに隠れる。火球はどちらも木にぶつかり爆発した。そして幹を抉り取られた木は枝葉を折りながら倒れていった。
 あんなのが一発でも当たれば終わりだ。僕の身体は簡単に弾け飛んでしまう。
 地形を生かし、木の陰に隠れながらノアの様子を窺う。ノアは動かない。いや、動けない。ノアは《温覚》を使うと動きが制約される。そこを突けば、まだどうにかなるかもしれない。
 さっきの爆発で僕を見失ったのか、ノアはいくつかの火球を辺りに飛び散らせた。次々に爆発が起こり、木々が倒れていく。土煙で視界が奪われようが関係ないという感じだ。絨毯爆撃に近い。手当たり次第に何もかもを壊している。
 爆発に乗じて、僕は場所を移る。けれどノアから離れすぎてはいけない。離れすぎればノアは《温覚》を止めてしまう。そうなればリミッターを外した身体で僕を捕まえに来る。力の差は歴然だ。リミッターを外して互角だったのだから、今の僕に勝ち目があるはずない。
 ようやく爆発が止んだ。周囲には薄く煙が張っていたが、次第に晴れていき視界が明らかになる。
 ノアを中心に辺りは一掃されていた。あれだけ生えていた木々はみな倒され、地面は凸凹に抉られていた。空からは陽光がはっきりと差し込み、ノアの周囲を明るく照らしている。そしてその中をいまだ無数の火球が浮遊していた。
 その様を見て、勝ち目がどうこう考えていた自分が馬鹿らしくなる。
 《拡張感覚》の有無。それは埋めようがない差を作り出してしまっている。ただの人間が《拡張感覚》に敵うはずがない。
 神様が授けた力。まさにその通りだ。今の僕からしたら、ノアのやっていることなんて神様の所業に近い。
 けれど……やっぱり《神様》は間違っている。
 僕は木の陰で縮こまっていた身体を立ち上がらせた。
 もちろん今の僕には力がない。この世界を変えることだって、《神様》を倒すことだって出来ない。無力なただの人間だ。《拡張感覚》を失い、《悪魔》にされて、真実を知っていても皆に伝えることすら出来ない。ちっぽけで弱っちいただの人間だ。でも、それでも――
 世界は変えられなくたって、友達ひとりなら変えられるかもしれない。
 僕は木の影から出て、その姿をノアにさらす。そしてノアの方に歩み寄りながら、声の限り叫んだ。
「ノア! 僕だ!」
 ノアの名前を呼ぶ。けれどノアは顔を引きつらせ、僕を凝視した。
 攻撃が来る。何十回何百回としたノアとの訓練が僕にそう予見させた。ただの空間にノアの攻撃の射線が見えた。
 咄嗟に横に避け、射線から出る。一瞬遅れてノアが火球を飛ばし、数瞬後に僕がさっきいた場所を通る。
「ノア!」
 僕はノアの名を呼び続ける。睨みつけてくるノアの目に、憎悪に混じって怒りが窺えた。僕の声は今ではノアにとって《悪魔》の声だ。聞くだけで不快感が込み上げてくるに違いない。
 凝視する目。ふたたび射線を捉える。だが複数だ。避けきれるか分からない。
 しかし迷っている暇はなかった。すぐにでも動き、射線の間を縫う。一瞬後に火球が放たれ襲い来るが、なんとかくぐり抜ける。
 危なかった。そう思いながらノアを見る――と視線がぶつかった。
 避けている間はノアを見ている余裕なんてなかった。しまったと思う間もなく、火球が放たれる。
 反射的に回避するが間に合わない。火球は左腕に当たり、爆発した。
 左腕は吹き飛び、爆発の衝撃で地面に全身をしたたかに打つ。意識を揺すられた。が、気を失っている場合じゃない。朦朧とする中なんとか立ち上がる。
「ノア……」
 声を絞り出す。消え入りそうな声だ。たった一撃で相当量のダメージを身体は負っていた。立っているだけで精一杯だった。
 だがノアは攻撃を止めたりはしない。今のノアは情けも容赦も捨てている。
 火球が次々に飛んでくる。足がどちらも吹き飛ばされ、身体はボロ雑巾のようにもみくちゃにされる。もう痛みはなく、意識もほとんど消えそうだった。何かをされているのは分かったが、感じることはまったくなかった。
 いつの間にか空を見上げていた。
 青々とした空。手を伸ばせば届くような気がした。けれどもう手はなかった。立ち上がる足さえも。
 視界に黒い影が入る。ノアだ。ノアが僕を見下ろしている。
 ノア。名前を呼んだ。けれど声は出なかった。もう喋ることすらできなかった。
 ノアは僕に手を翳した。その手のなかで炎が生まれ、渦を巻いていく。
 友達ひとり変えることができなかった。
 渦巻く炎は火球となり、その大きさを増していく。
 力不足でごめん、みんな。
 火球の大きさが安定し、狙いを定める。
 あっちで待ってる。だからみんなは――
 火球が放たれ、爆発する。僕の意識は焼き尽くされ、真っ黒な灰と化した。
 そして後には何も残らなかった。


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