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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第13回 dys utopia iv
 腐葉土を踏みしめ、森の中を進む。静けさを閉じ込めたような森の中に、僕たちの足音が響いていた。ときおり鳥が鳴いた。でも姿を見ることはなかった。
 しばらく進むと突然、開けた場所に出た。枝葉のカーテンが取り払われ、日光が煌々と照らす。腐葉土のクッションは失われて固い地面が顔を出しているが、寝転がって陽を浴びたいような陽気だ。しかし地面は目の前で途切れていた。崖だ。前方を見てみれば、だいぶ遠くで同じ高さの地面がまた現れて続いている。どうやら崖に挟まれる形で谷が形成されているらしい。
(下を見てみろ)とサディアス先生。
 言われた通りに谷底に視線を落とす。するとそこには多くの住居が見て取れた。町のようだ。
 住居はだいぶ密集して建てられている。大きな通りは一本しかないようだが、山の稜線のようにくねくねと曲がりながら分岐して方々に伸びている。大半の住居がその通りに沿って建てられており、その住居の隙間を細道が網の目のように伸び、曲がりくねっている大通りへと繋がっている。町の向こうには一本の川がある。おそらくこの谷を作り上げた川だ。
(じゃあこれから《感覚同期》の説明をしよう)サディアス先生が頭のなかで話す。(とりあえずお前たちはその場から動かないように。怪我をするかもしれないからな)
(そんなに《感覚同期》って危険なんですか?)ミアが不安そうに訊いた。
(いや、そういうわけじゃない。慣れないうちは事故を起こしやすいってだけだ。まあ体験してみれば分かるさ。いくぞ)
 サディアス先生の声を合図に、目の前の景色が一瞬で変わった。けれど、それはわずかにずれたという程度で、見ている光景に大差はない。眼下には相変わらず町が見えている。ただその見ている場所が一メートルほど横に移ったような感じだ。でも身体は動かしていないし、動かされた覚えもない。
(下手に動こうとするんじゃないぞ)とサディアス先生が念を押す。
 そんなにも言うほどのことなのかと少し疑ってしまう。けれど次に起こったことには、さすがにギョッとした。
 見ている光景の焦点が勝手に移った。つまり視線が僕の意思に反して動いているのだ。気持ち悪さを感じて、嘘だと言うように自分で目を動かそうとしてみる。けれど視線が移ることはない。見るという行為は完全に僕の手から離れてしまっていた。
(なんだこれ?!)とエルが喚く。他にもミアやファイの声も聞こえてきた。
(まあまあ落ち着け。いま教えてやるから)とサディアス先生。(手っ取り早く言ってしまえば、《感覚同期》ってのは誰かの感覚を全員に同じように感じさせるものだ。今お前たちが見ているのは、俺の見ている光景と一緒なんだよ。今は俺の視覚を全員に《感覚同期》させている。だから俺が視線を移せば、同じようにお前たちの見ている光景も変わる)そう言ってまた視界が勝手に動いた。(こういう感じにな)
(うえぇ)エルがわざとらしく合いの手を入れた。
(《感覚同期》は《思考同調》と違って一方的な情報のやり取りになる。だから《感覚同期》を使っている間は、お前たち自身は自分たちの目で物を見ることができない。それで下手に動くなって言ったんだ。ここで崖から落ちられても困るからな。ちなみに、《悪魔狩り》において重要だって言った三つのうちの最後――《知覚共有》はこの《感覚同期》と《思考同調》を足して二で割ったようなものだと思っていればいい。残念ながら今日は実際に使う予定がないから説明だけになるけどな、《知覚共有》ってのは感覚によって得た情報を全員で共有するものだ。分かりやすく言えば、どこかで音がしたとして、感覚的にその音がどの方向・どれぐらいの距離からしたのかが自然に分かるだろ。それを全員で共有できるってわけなんだ。だから「どこそこで音がした」なんて情報をわざわざ《思考同調》で送る必要もなく、知覚した情報を瞬時に共有することができる。そういう意味で《知覚共有》は《感覚同期》と《思考同調》の相中って感じだ。戦闘においてはこの上なく便利なものなんだが、いかんせん慣れないと不便でな、逆に足を引っ張ることになっちまう。だから今回は使うことはない……って話が逸れてるな。本題に戻そう。これからこの《感覚同期》の状態のままで、俺が《視覚》を使って視力を上げる。それであの崖下にある町を観察する。今そこに住んでいやがる糞忌々しい《悪魔》もな)
 そう言って視界が一瞬震えたかと思うと、見ている映像は一気に町に接近した。遠目でははっきりしなかった細部が、いま目の前で見ているかのようにくっきりと映る。建物の大半は表面が石造りを思わせるものであり、時代を感じさせる作りになっている。新時代しか知らない僕が言うのも可笑しな話ではあるのだけれど。さらに、建物に合わせたように道も石畳にされていた。いま見えている町の姿は、旧時代でも古い時代に分類されるような作りをしている。おそらく歴史や景観を踏まえて、あえて古い町の姿が保存されているんだろう。きっとかつての住人は歴史の面影を残しておきたかったに違いない。
 だが今の住人には、かつての住人の面影なんてどこにも残されていない。ここに住むものはもう人類ではなく、《悪魔》なのだから。
 町の大通りに、ヌッと異形の者が姿を現した。大きさは人と大して変わらないが、真っ黒な身体には甲羅のような硬そうな皮膚が鱗状に並び、その隙間から棘が無数に生えている。全身は今しがた水から上がって来たように湿り、ヌメヌメと怪しく照り光っていた。姿を見ただけで顔を顰めたくなるような醜さだ。だが《悪魔》の顔を見れば、さらに悪寒が全身を駆け巡る。異形の身体の上にのっている頭も、身体同様に真っ黒だ。でも例外的な部分がある。それは目と歯。
 《悪魔》の目は拳ほどの大きさで、ぎょろぎょろと忙しなく動き続けている。色は腐ったような白濁色。そのとき《悪魔》がこちらを向き、視線が合う。もちろんこれだけ離れているから、《悪魔》が僕らに気付くはずはない。けれど目が合った瞬間、腐敗しきったヘドロを頭から被らされたような不快感に襲われ、全身を鳥肌が一瞬で覆った。吐き気を通り越し、血が噴き出すまで全身を掻き毟りたくなるような感覚。脱皮ができるのなら今すぐにでもこの身体を脱ぎ捨ててしまいたいという思いに駆られる。
 そして目の下には、不気味に動き回る無数の白い歯が生えている。歯の並びなんて遺伝子レベルで考えたこともないと言うように、指ほどの大きさの牙が好き勝手な方向に向かって生えている。そのためいくら無数に生えていようとも歯同士には隙間が生じてしまい、そこから口内の唾液が絶えず漏れ出ている。そこでさっき見た湿った身体の謎が解けた。唾液は黒みを帯びた半透明の液体で、歯や顎を伝って身体へと滴り落ちていた。そのため身体はヌメヌメと光っているのだ。とは言っても、こんなことが分かったからと言って何か得なことがあるわけなく、嫌悪感をますます募らせるばかりだ。
(これぐらいで十分だろう)
 サディアス先生がいつもと変わらない口調で言うと、目の前の光景は僕の視界に戻った。ちらと周りの顔を窺ってみると、サディアス先生を除いた全員が虚ろな目で俯いている。鏡を見れば、きっと僕も同じ顔をしている。そう思った。さっき《悪魔》を見たときに感じたものは、胸の奥で生命を持って蠢いていた。《悪魔》を見るのを止めたからといって消えるわけじゃなく、見ていない今の方がその存在をより濃く感じる。成長する不快感。《悪魔》どもはその目をもって、僕たちのなかにその種子を植え付けたんだ。胸を切り開いて、内臓をすべて引っ張り出して、ゴシゴシと擦って洗ってしまいたい。そのぐらいしないと、この不快感を根絶することはできない気がした。
「だいぶ参ってるな」
 サディアス先生の声がひさびさに鼓膜を震わせた。頭のなかでは誰の声もしない。《思考同調》は解除されていた。もしかしたら、《思考同調》によってそれぞれの抱いていた《悪魔》への不快感が、互いに影響し合い増幅されてしまっていたのかもしれない。理由は定かではないけれど、幾分か心は快方に向かっている感じがした。
 全員が顔を上げ、サディアス先生を見る。先生だけはいつもと変わらない。優しい笑みを称えて、僕たちに視線を返す。
「そういうときは《神様》のことを考えろ。お前たちがなぜ《悪魔》どもを狩らないといけないかを思い出せ」
 僕たちは視線を落とした。けれど特定の場所を見ているわけじゃない。本当の視線は自分たちの内へと向けられている。そこに宿る、《神様》への絶対的な愛を確認するために。
 サディアス先生が言葉を続ける。
「お前たちは誓ったんだろう。《神様》のために、世界を取り戻すと。なら行こう。最初の一歩だ。この《悪魔狩り》から未来が始まる」
 サディアス先生の言葉に鼓舞され、全員が顔を上げる。その瞳には確かな覚悟が宿っている。愛する《神様》のために、世界を取り戻すという覚悟が。
(さあ《悪魔狩り》の始まりだ)
 再び《思考同調》によるサディアス先生の声。そして僕たちは全員、手を繋ぎ合う。
(行くぞ)というサディアス先生の声を合図に、僕たちの身体はふわりと浮かび上がった。そして先生の《拡張感覚》に支えられ、《悪魔》たちの住む谷底へと、ゆっくりと下りていった。


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