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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第12回 dys utopia iii
 予定では三十分程度の時間がかかるはずだったけれど、サディアス先生の本気によってものの数分で目的地に到着する。とは言っても、眼下にあるのは相も変わらず一面の森だった。
「ふぅ……じゃあ、ここに着陸するぞ」
 サディアス先生は額の汗を拭いながら言った。
「でもここ、ただの森ですよ」とノア。横でミアが、うんうん、と言うように頭を二度振って相槌を打つ。
「それで良いんだ。《悪魔》達のど真ん中に下りるわけにはいかないし、《悪魔狩り》に先立って説明しておくことも一応あるしな」
 そして球体はゆっくりと下降していく。一面に広がっていた森がどんどんと近づいてくる。葉の一枚一枚の形がはっきりと見て取れる程までになっても、そのまま森の中へと入っていった。バリバリという枝の折れる音。ばらばらと枝葉が落ちていく。でもそんな些末なことは気にも留めず、球体はゆっくりと進み、地面に下り立った。
 乗降口が開き、皆が透明な球体から降りていく。地面に足をつけた瞬間、その柔らかさに少し驚いた。《ユートピア》は完全に舗装されているとはいえ、さすがに地面が珍しいわけではない。でも思っていた地面を上回る柔らかさがこの森の地面にはあった。おそらくこれが、以前ダウンロードした知識にあった『腐葉土』ってやつなんだろう。どういうメカニズムで作り出された地面であるかは知っていたけれど、実際に踏んでみないとこの感触は分からなかった。
 今度は深呼吸をしてみる。すると冷ややかな空気が肺に流れ込んできた。新鮮という言葉が具体的にどういう状態を指すかは知らないけれど、この空気のことは新鮮な空気と言っても良いような気がした。たぶん語義的には間違っていないと思う。
 上を見ると、空の手前を木々の枝葉が覆っていた。葉っぱの隙間からはちらちらと空の色が垣間見え、暖かな陽光が細く差し込んでいる。そしてそのような枝葉の天井に、先ほど球体が通った穴がぽっかりと開いていた。まだ日中ではあるけれど、まるで夜空の月と星を見ているみたいだ。
 綺麗だな……。心にすっと浮かんだ。
 でも惚けているわけにはいかない。ここはもう《ユートピア》ではなく、外の世界――つまり《悪魔》が闊歩する世界なのだから。
 僕は緩んでいた気持ちを締め直し、これから始まる《悪魔狩り》に向けて心を構えた。
 ようやく空気に緊張感が走り始めたのを感じ取ってか、サディアス先生がおもむろに口を開く。
「分かっているとは思うが、ここはもう《ユートピア》の外――《悪魔》の世界だ。防衛システムに守られている《ユートピア》とは違い、一歩間違えれば死ぬ可能性だってある。心を引き締めるように」
 サディアス先生はそう言って、僕たちの眼をそれぞれ見た。そこにある覚悟が本物であるかを確かめるように。
 全員の眼を見終えると、よし、と呟いてサディアス先生は説明を続ける。
「ではまず《悪魔狩り》の基本についてだ。《悪魔狩り》は基本的に奇襲のスタイルが取られる。厳重警戒の中に突っ込むよりは、無防備な油断しているときを狙う方が良いだろ。つまりはそういうことだ。勝率を少しでも引き上げるためだな。まあ、今回のような下位を相手にした《悪魔狩り》では、奇襲が成功するのが普通だ。心配は要らない。けど《軍事局》に入って軍人になったら、奇襲ができるような状況の《悪魔狩り》はほとんどない。だいたいの場合、厳戒態勢を取っている《悪魔》共への攻撃になる。戦端が切られれば最後、気の休まる暇なんてないほどだ。ま、その頃にはお前たちも強くなってるから、大した問題はないんだけどな」
 サディアス先生は序盤は真剣な口調で話していたが、最後には気の抜けたような笑みを漏らした。
「とりあえず、お前たちみたいな未熟者が《悪魔狩り》をやるうえで、奇襲成功はほぼ必須条件だ。そして奇襲を成功させるには、気付かれないことが絶対条件。バレれば警戒されてやりづらくなる。当たり前だけどな。そこで重要になるのが――《感覚同期》、《知覚共有》、《思考同調》の三つだ。まあ、使ったことがないからできるか不安に思うかもしれないが、実はこれらは普段から使っているものだから心配ない。とりあえずは習うより慣れろだ。さっそく《思考同調》を試してみよう」
 そう言ってサディアス先生は一度目を閉じた。数秒の沈黙。特に何か変化を感じることはない。けれど再び先生が目を開くと、不思議なことが僕らの身に起こった。
(これが《思考同調》。どうだ、何か変な感じだろ?)
 頭の中でサディアス先生の声がした。けれど先生は口を開いてすらおらず、声を一切発していない。それに、先生の声はどこかいつもと印象が違っていた。普段から耳で聞き取っている声には方向や距離などの情報も付随していて、言うならば立体的という感じがあった。けれどいま頭の中でする声はどこか平面的で、例えるなら頭の中にあるスクリーンに文字がどんどんと浮かび上がってくるような感じだ。
(なんだこれ、すげー)「なんだこれ、すげー」
 エルが声を上げた。けどその声はわずかにずれた二つの声が重なっていて、不自然な響きを頭の中に生み出していた。
(なんだ今の)今度はノアの声がする。
(なにこれ)とミア。
 ノアとミアの二人はそれぞれの声が聞こえ、互いを見合う。またぶつぶつと声が頭のなかでしたけど、重なり合っていて内容は判然としなかった。
(まあまあ、落ち着け)大きめの声でサディアス先生が言う。(今から説明してやるから、変に心を乱すな。今はまだ低レベルだから全部が全部聞こえるわけじゃないが、雑音にはなるからな)
 そう言うとサディアス先生は話すのを一旦やめた。遠くの方でぶつぶつと呟いているような音だけがしていた。静かになるのを待っているようだ。
 潮が引くように雑音が遠のいていき、再びサディアス先生の声がする。
(落ち着いたな。じゃあ《思考同調》の説明をしよう。まあ今さら言わなくても分かっているとは思うが、これは全員の思考を繋げることができる。つまり思っていることや考えていることを口にしなくても伝えることができるんだ。この《思考同調》のメリットは二つ。一つは、声を出さずにはっきりと意思を伝え合うことができるということ。そしてもう一つは、言葉にすることなく迅速な意思疎通ができるってことだ――)
(へぇーすごい)ファイの声が割り込んだ。
(――一つ目については、まあ説明しなくても分かるだろう。今まさに体験しているわけだからな。二つ目の方は、まだ現時点では実感が湧かないかな。これはつまり、口頭で情報を伝え合う場合には、情報を言ってそれを聞いた相手が言葉として理解する、っていう段階があるわけなんだが、《思考同調》では言葉を排した意思疎通によってその段階を端折ることができる。けど今は低レベルでの《思考同調》だからほとんど無理だな。今のレベ――)
(なーんだ)とまたファイ。
(――では頭の中である程度はっきりと思ったことしか相手には伝わっていない。より高レベルの《思考同調》になると、言葉にしなくても感覚的な理解が相互に伝わり合う。だからわざわざ情報を言葉に置き換えたりしなくとも、瞬時に共有することが可能になるんだ。そうなれば戦闘では一気に優位に立つことができる――)
(高レベルやってみたいなー)またまたファイ。どこか調子づいた言い方だ。
(――えーだからそのー……あぁ! うるさいぞ、フェイス。お前わざとやってるだろ。だいぶはっきりと聞こえて来るぞ)
「そ、そんなことないでずよー」とファイは誤魔化すが、残念ながら心の声は漏れていた。(ちぇ、バレちゃった)
(聞こえてんだよ、全部!)サディアス先生は頭のなかで声を荒らげた。(考えてること駄々漏れなんだからな。今日初めて使ったくせに俺を騙せると思うな)
(うぅ……ごめんなさい……)と言うとファイは俯き加減になって下唇を出した。拗ねているみたいだ。
(まあファイも反省してるみたいだし……)とミアがファイをフォローする。
(ああ、分かってる)サディアス先生が答える。(だが、さっきも言った通りここはもう《悪魔》の世界だ。あんまりはしゃぎ過ぎるな。それじゃあ……えぇーっと、さっきはどこまで話したっけかな?)
(高レベルな《思考同調》では迅速な意思疎通が可能っていう話ですよ)ノアが簡潔に答えた。
(ああ、そうだったな。じゃあ次は《思考同調》の仕組みとかについての話だ。いま初めて使っているのにどうして使うことができるのか不思議に思っているだろうが、この《思考同調》ってのは実は普段から使ってるものをベースにしている。身に覚えがないって顔してるな。お前たちだって頭話(とうわ)したりメッセージ送ったりするだろ。それがそうだ)
 言われてみれば、頭話は今の状態に近い気がする。頭話では離れた場所にいる相手とでもリアルタイムで会話をすることができる。この《思考同調》と違う点があるとすれば、頭話では声を発することだ。ただ相手の声は自分にしか聞こえないため、傍から見れば独り言をいっているようにしか見えない。
 でも《思考同調》というものがあるのなら、頭話も別にわざわざ声を出す必要はないんじゃないか?
(そう、ハウエルの言う通りだな)とサディアス先生。
(あ、考え事は全部、聞こえてるんだった)
(ああ。それもちゃんと聞こえてる)
(…………)僕は恥ずかしさで赤面した。
(まあ、いまハウエルが言ったように、頭話も実は簡略化した《思考同調》のようなものだ。レベルとしてはだいぶん低く設定されているから、声に出すぐらいはっきりと考えたことしか伝わらない。けど意識さえすれば、別に声として出さなくても頭話は可能だ。それに、頭話以外にもメッセージ送信も《思考同調》の技術を使っている。と言っても、あれは単に考えを読み取って文字として起こし、それを相手に送っているに過ぎないけどな)
 ふといつかのことを思い出す。音楽に夢中になっていたために――正確には聴覚以外の感覚を切っていたために――メッセージが大量に来ていたにもかかわらず気付かなかった時のことだ。けど思い出してしまってからあることに気付き、周りを確認する。もしかするとこういう記憶も漏れているんじゃないかと思ったからだ。でも皆はこれといった反応は示しておらず、杞憂だったと気付かされる。
(よし、じゃあ説明は一旦やめて、場所を移動しよう。次は遂に、《悪魔》とご対面だ)


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