小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第11回 dys utopia ii
 壁の外は、一面の森だった。
 『森』なんて言葉を使ってはみたけど、実際に森というものを見たのは初めてのことだ。《ユートピア》にはわずかの植物はあっても、森と呼べるほど密生しているものはない。いわゆる街路樹というものがぽつぽつと植えられている程度だ。
 外は広かった。どこまでもつづく緑。地面は隆起したり窪んだりと様々。遠くには山というものが見え、森の間を川というやつが流れている。どれも旧時代の記録などをダウンロードして見た景色によく似ていた。これが外の世界というものなんだ。
 景色を下に見ながら、透明な球体は上空をゆっくりと飛行していく。今更ながらに気づくが、この球体には動力源などが見当たらなかった。
「先生、これはどうやって飛んでるんですか?」と僕はサディアス先生に訊ねる。
「ああ、これは俺の力で飛ばしてるんだ。《拡張感覚》の《重量覚》を使って、この乗り物全体にかかってる重力をキャンセルしてから、《位置覚》で座標的に動かしてるんだ。まあ本来なら個々で空を飛んでいく方が早いんだが、お前たちにはまだ出来ないだろ。だからこうやってまとめて移動してるんだ。これなら俺一人でも全員を運べるからな。でも、案外これ疲れるんだぜ」
 そう言ってサディアス先生は、ハハハと笑った。その額はわずかに汗ばんでいた。
「それって」とエルが声を挟んでくる。「俺たちも空を飛べるようになるってことすか?」
「ああ、もちろん」サディアス先生は答える。「というよりそれが当たり前だな。《拡張感覚》をしっかり使えるようになれば、空を飛ぶぐらい簡単だ。でもまあ、飛ぶスピードについては多少の差が出ちまうけどな」
 サディアス先生の言葉を聞いて、全員が視線を外に向けた。この球体は、まるで観光でもしようかと言っているような速さで飛んでいる。それはつまり……
「せんせって、弱いの?」
 皆が思っても口にするか悩んだことを、スカイはさらりと言った。びっくりして全員の視線がスカイに集まる。皆がみんな、目を大きく見開いていた。さすがに言って良いことと悪いことがある。全員の目がそう物語っていた。
 しかし、当のサディアス先生は笑っていた。
「おいおい、ひどい言い様だなぁ。俺だって空を飛ぶスピードに関して言えば、なかなか速いんだぞ」
「でも、遅いよ、コレ」
 スカイはちょんちょんと下を指差した。
「今は多人数を飛ばしてるからな。子供とは言っても集まると結構な重さになるんだぞ。それに――」今度はサディアス先生が指を差す。「こいつ自体の重さもあるからな」
「……なんか言い訳ばっかり」
 スカイはつまらなそうに唇を尖らせる。けどこの言葉がサディアス先生のプライドに火を点けた。
「そこまで言うんなら、俺の本気を見せてやる」
 サディアス先生は語調を少し強めで言うと、咳払いをひとつして居住まいを正す。そしてわずかに俯き、虚ろな視線をどことはなしに宙に投じた。目の色が変わり、纏っている空気感が変わる。非常に集中している状態だ。でもスカイと対峙していたときのものとは違う。あのときの空気は炎のような熱さを宿していたけれど、今の空気は氷のような冷たさを内包している。おそらく身体を動かす必要がないから、すべての神経を頭に集中させた結果なんだ。つまりこれから見るものこそが、サディアス先生の《拡張感覚》における百パーセントの力。知らず知らずの内に、僕は手に汗を握っていた。
「お前たち。何かに掴まっておけ」サディアス先生が独り言のように言い、おもむろに右手を挙げる。「行くぞ」
 バッ、とサディアス先生が右手を振り下ろす。瞬間、透明な球体は一気に加速した。
 全身が慣性に引っ張られる。予想を超える速さ。危うく手を離しそうになってしまうが、指先に力を入れ直して堪える。
 外の景色は個々の形を失い、混ざり合って流れていく。上には青、下には緑。それぞれが単色に荒々しく塗りつぶされた。
 飛ぶスピードについては多少の差が出る――サディアス先生の言葉が今になって頭の中に響く。やっぱり先生は凄い人なんだ。そう思い、僕はスカイと先生の訓練で思ったことを改める。スカイにだって先生を越えることは出来ないかもしれない。それほど先生のことを凄いと感じた。
 速さにも身体が慣れ始め、僕はサディアス先生の方を見た。するといつの間にかその額には、大粒の汗が滲んでいた。
 先生、無理してるんじゃないか。僕は心配になり不安を抱く。けど先生の眼を見て、思い直す。
 虚ろな瞳。まるで深淵を覗いているようだ。静かに畏怖を掻き立てられる。
 僕は飲み込んだ。余計な言葉も心配も。この感覚を前に、僕の言葉なんて意味を持たない。そう悟ってしまったから。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 3786