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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第1回 prologue
   ―― prologue ――

 死の価値を知ったのは、死ぬ直前でも、死ぬ瞬間でもなく、死んだ後のことだった。
 死は僕を肉体から解放した。僕の意識は身体を抜け出した。
 物を見るのに、もう眼は必要なくなった。
 音を聞くのに、もう耳も必要なくなった。
 鼻も必要ない。舌も必要ない。手も、皮膚も、そして脳さえも、もう必要ない。
 感じ取るために、もう器官は必要なくなった。意識するために、もう身体は必要なくなった。
 けれど、見ることはできる。聞くことも、嗅ぐことも、味わうことも。
 強いて挙げれば、触れることはできなくなった。死という障壁によって、僕は干渉することができなくなった。
 でも世界を認識することはできる。感覚に依存することなく、矯正も修正も加えられていない、この世界の真実の有り様を。
 僕には見ることができた。ピアノの前に座る、一人の少女の姿を。
 僕には聞くことができた。彼女の語る、言葉のひとつひとつを。
 僕には知ることができた。彼女が、何者であるかを。
 僕らはみな、世界を正しく認識できていると思ってしまっている。
 だがそれは、所詮まやかしだ。脳が見せる、錯覚に過ぎない。
 僕らは身体に支配されてしまっている。僕は死んで初めて、それを知ることができた。
 視覚で見て、聴覚で聞いて、嗅覚で嗅いで、味覚で味わって、触覚で触れて、さらに様々な感覚を通じて、世界を感じ取る。そうやって僕らは生きている。それを変えることは、きっとできない。
 僕らの認識は、感覚に依存しすぎていた。だから支配されてしまった。感覚を、身体を、世界の認識を。
 僕らが認める世界は、本当の世界とはまるで違っていた。感覚によって、ひどく歪められてしまっていた。
 僕らは思い込んでいた。諸感覚によって世界を知覚し、正しく認識できている、と。
 でも実際は、世界のことなんて何もしらなかった。感覚を支配されていたために、世界を「知」ることも、正しく「識」ることもできていなかった。
 けれど僕はもう、そのことを彼らに伝えることはできない。僕と彼らの間には、どう足掻いても越えられない、死という壁が生まれてしまっている。
 もう見守ることしかできない。僕には。
 あらゆる感覚を超越した、死という場所から。
 《神様》の力が及ばない、死という場所から。


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