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作品名:掌の囁きに耳を傾けて 作者:alone

第13回 温もりの海の中で私は待ち望む − 【待つ人】
トクン……――。トクン……――。
トクン……――。トクン……――。

絶え間なく同じ間隔で刻まれるリズムが、温もりの満ちた海に浸透していく。
音色は海の中に強く響き渡り、深く深くどこまでも息づいている。
そこで私は微小な存在として、意識を確立した。
右も左も、上も下も、前も後ろも、何も分からない。
ただただ、同じ間隔で伝わる音の染み入る海の中で、私はその音色に身を委ねていた。

トクン……――。音が響く。

音が沁み込んでいくのを感じ、そして私はある不安に苛まれる。
この音の響きが失われそうになったとき、次の音は私のもとに届くのだろうか。
止むことなく、私の中に響いてくれるのだろうか。
押し寄せる不安。それは孤独な私を蝕んでいく。
こわい……こわい……こわい……こわい……。

トクン……――。

温もりの海を通して、安らぎの響きが身体の奥に浸透する。
不安が消え去り、代わりに安堵の波が打ち寄せる。
広がる安らぎ。私の不安は杞憂に終わる。
けれどまた、小さな不安の染みがつき、じわじわと広がっていく。
繰り返される不安と安堵。消え去らない不安の影。
音が一定の間隔で、絶えることなく温もりの海に深く浸透しつづける。
それはまるで、音色が永遠に続くようだ。
気付くと私は不安の鎖から解放され、安堵の中に身を落としていた。
音が浸透する温もりの海の中で、私は安堵に包まれ、微睡みに浸る。

トクン……――。トクン……――。

絶えることのない音が、私を更に深い眠りの中に誘っていく。
深く、深く、私は沈んでいく。温かな闇の中へ。安らぎの夢の中へ。

トクン……――。トクン……――。

私は眠る。

…………。
…………。



トクン……――。トクン……――。

眠りに誘った心地の良い音色が、今度は私を目覚めに導く。
ひとつ、ひとつ、私は音を掴み、深い眠りの中から抜けていく。
微睡みの心地が消えないなか、私の意識は目を覚ます。
変わることなく、絶え間なく、響き渡る、音のつながり。
身体に染み込むその音を感じ、私は安堵の気持ちに満たされた。
けれど安堵感をもたらすものは、その音色だけではない。

トクン……トン……――。トクン……トン……――。

止むことなく響き続けていた一定のリズムに乗って、別の音が私を揺らす。
弱く儚い、今にも消えそうな、強さの足りない、儚げな音色。

トクン……トン……――。トクン……トン……――。

海に溶け入ることのない、弱弱しい音色。その音の端を求めると、それは私の中にあった。

トン……――。トン……――。
トン……――。トン……――。

意識を傾けなければ、聞き逃してしまいそうな音。けれど確かに、私の内から聞こえてくる。

トクン……――トン……――。トクン……――トン……――。

二つの音色が重なり、私の心を満たしていく。

トクン……――トン……――。トクン……――トン……――。

心地よい音のワルツ。私は相舞う音色の海に身を沈め、溶けて消えていく。

トクン……――トン……――。トクン……――トン……――。
トクン……――トン……――。トクン……――トン……――。

…………。
…………。



ドクンッ……――。

強い響きに揺さぶられ、私は眠りの底から引き上げられる。

ドクンッ……――ドクンッ……――。

胸をうつ生命力。私を包む温もりの海さえも、合わせて強く揺れ動く。

ドクンッ……――ドクンッ……――。

溢れる生命力に身を任せ、私は温もりの海に別れを告げる。


   ……――◇――……

暗く狭い道を抜け、私は光に包まれた白い世界に飛び出した。
初めて見る世界。私は訳も分からぬままに、胸の奥から湧き起こる生命力にまかせて泣き喚く。

「元気な赤ちゃんですよ」誰かが言った。

私は誰かに持ち上げられ、そして、誰かに抱きかかえられる。
柔らかな腕が私を包み、激しい呼吸が私の頬をくすぐる。
安堵の溜め息が零れ落ち、私を優しく撫でつける。
耳に押し当てられる肌の感触。鼓膜をあの音が揺する。

トクン……――。トクン……――。
トクン……――。トクン……――。

胸に広がる安堵の波紋。私は安らぎの毛布に包まれて、安らかな眠りについた。


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