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作品名:掌の囁きに耳を傾けて 作者:alone

第12回 貧しさと幸福のユーフォニー − 【神】
「はい、どうぞっ」
少女は私にひと欠片のパンを差し出した。その手は貧しい生活のために細くやつれてしまっている。
「ありがとう」
私は礼を言い、彼女の細い腕から小さなパンの欠片を受け取った。
食にありつけるかも分からない日々の中で、少女がやっとの思いで手に入れたパン。そんなにも大切なパンを、手に入れる度に少女は私に分け与えてくれた。
だが、私は食べなくても死ぬことはないので、君が食べるべきだと少女に言ってきた。
しかし、少女は聞かなかった。頑なに私にパンをくれ続けた。
いつしか私は少女からパンを受け取るようになり、少女と共にパンを食べるようになった。とは言っても食べるフリをしているに過ぎなかいのだが、それでも少女は嬉しそうに笑っていた。
だがそんな日々もずっと続くことはなく、私の仕事は終わりを迎えようとしていた。
私は自分の仕事の残り日数を確認した。
残り一日。今日が最後だと思うと、今までのことが思い起こされる――。
私は貧乏神という職業のために、人々から忌み嫌われるというのが常だった。
だが少女は違った。少女は私に対して優しく接してくれ、初めて私は自分の居場所を見つけたような気がした。
しかし仕事に私情を挟むわけにはいかない……それに、私が傍に居てはいつまでも少女が幸せになることができない。
私は仕事の終わりを少女に告げた。
「私の仕事ももう終わりだ。君とはお別れになる」
「お別れ? 貧乏神さんにはもう会えないの?」
「もう会うことはないだろう。でも、その方が君のためになる」
「嫌だよ! 貧乏神さんとお別れするなんて。ずっと一緒に居ようよっ!」
「それはできない。……それにもしできたとしても、私は君を苦しめてしまう。私はそういう存在なんだ」
「知らないよ、そんなこと! わたしは貧乏神さんと一緒に居たいだけなのに……」
少女はその場にペタリと座り込んで、わんわんと泣き始めた。肩を上下に大きく揺らして泣きじゃくる少女の小さな身体を、私は見つめることしかできなかった。
私は貧しさをもたらす存在……私は不幸をもたらす存在……。私には少女を慰められるような力はない。
私は少女の傍に居るべきではない。私の居場所は、ここではない……。

   *

私は次回の仕事の資料を見て、驚きを隠せなかった。そこに刻まれていた名前が、まさしくあの時の少女のものだったのだ。
少女と別れたあの時から、十年以上の月日が流れていた。何百年と生きている私にとっては昨日のことのようだが、人の世では十分すぎる長さだ。彼女はきっともう私のことは覚えていないだろう。
胸の奥に形容しがたい気持ちが込み上げてくるのを感じたが、私は押し殺そうと努める。
仕事に私情を挟むな……。
苦しい胸に手を押し当て、私は波打つ気持ちのさざ波を落ち着ける。
平常心……平常心……仕事に私情は挟まない……。

人間界に降り、私は仕事の対象となる『少女』を見つける。少女のあどけなさはなくなり、大人の魅力を携えてはいたが、一目見た瞬間にそれが彼女だとすぐに分かった。
私は彼女に歩み寄って声をかけようとしたが、先に彼女は私に気付いた。
「貧乏神さんっ!」彼女は声を上げた。
「私を覚えているのか……?」
「当たり前だよ。忘れるわけない」そう言って、彼女は私に抱きついた。「もう会えないかと思った……」
「だが私が来たということが、どういうことか分かっているだろ?」
「分かってる、分かってるよ……でも、そんなことどうでもいい。貧乏神さんに会えたんだから」
「……でも君は不幸になってしまうんだよ?」
「不幸になんてならないよ」
彼女は僕の顔を見上げ、強くハッキリとそう言った。
「貧乏神さんは貧乏にするけど、不幸にするわけじゃないでしょ? 現に私は貧乏神さんに会えて、すごく幸せだよ」
そう言って彼女はギュッと私の服を掴んだ。
私に会えて幸せ……? 人を貧しくする、この私に会えて……?
今まで担当してきた人々は皆、この世の終わりとでも言うような表情を浮かべ、絶望と不幸のどん底で苦しんでいた。彼らは私の存在を疎み、さっさと居なくなれと罵ってきた。
だが彼女は、私に会えて嬉しいと言ってくれた。私に会えて、幸せ、と言ってくれた。
私にも、人を幸せにすることが出来るのか……? この、貧乏神である、私にも……。
初めて味わう気持ちに、私は困惑を隠せなかった。だがそんな私の手を彼女は引っ張り、言った。
「貧乏神さん、お腹すいてない? 何か食べに行こうよ」
これから貧乏になってしまうというのに、なんて気楽なものなんだ。私は微笑を浮かべつつ、言葉を返した。
「ああ。もうペコペコだ」


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