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作品名:掌の囁きに耳を傾けて 作者:alone

第11回 無口なお喋りお父さん − 【無口な人】
私のお父さんとお母さんは不思議な夫婦だ。だって二人は言葉のやり取りをまったくしないから。
お母さんが何を話しかけても、お父さんは何も喋ろうとしないで、ずっと無口に黙っている。
私が今までに見たお父さんの喋っていたところなんて、指の数にも満たないと思う。
それだけお父さんは無口な人だった。――――――でも、お母さんにとっては違うらしい。


私は食卓テーブルに座り、洗い物をするお母さんの背中を見ていた。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「お母さんとお父さんって仲悪いの?」
「どうして? そんな風に見える?」
お母さんは洗い物の手を休め、こちらを振り向いた。
「だってお母さんとお父さん、全然話さないじゃん。お母さんが一方的に喋ってるだけでさ、お父さんなんかずっと黙ったまんまだし」
お母さんは濡れた手をエプロンで拭くと、私の前に座る。
「ふふっ、薫(かおる)にはそんな風に見えるんだね」
お母さんはまるで私と同い年のような可愛らしい笑みを浮かべて言った。
「でも、薫が言うほど、お父さんは無口な人じゃないんだよ?」
「お父さんが無口じゃない? でも私、お父さんが喋ってるところなんてほとんど見たことないよ」
「ふふっ、お父さんは口ではあまり言いはしないけれど、実際のお父さんはお喋りすぎて困っちゃうほどよ」
お父さんがお喋り……?
頭の中でいつものお父さんを思い浮かべてみたけれど、いつものお父さんはやっぱり一言も喋っていなかった。
お父さんがお喋り? お母さんはいったい何を言ってるの?
「そういえば、昨日の夕食の時だって、ほら。お父さん言ってたじゃない」
「昨日の夕食……?」
私は昨日の夕食のことを思い出す。でも、やっぱりお父さんはずっと黙ったまんまだったはずだ。夕食を全部食べ終えるまで、お父さんは一言も喋ってはいなかった。
「でも、お父さんは何も喋ってなかったことない?」
「そんなことないわよ。お父さんが全部食べ終わって、満足げに『美味しかった』って言ってくれたじゃない」
「お父さんが……?」
私はもう一度、記憶をさかのぼった。でも、やっぱりお父さんは何も言っていなかった。
お父さんは無言で手を合わせると夕食を食べ始めて、黙ったままキレイに完食すると、また無言で手を合わせて夕食を終わらせたはずだ。
じゃあ、お母さんの気のせい……?

そんな話をしていると、後ろの引き戸がゆっくりと開いた。音に気付いて振り返ってみると、そこにはお父さんが立っている。
「あっ、お父さん」
私がそう言うと、お父さんは「おう」とでも言うように眉根を少し釣り上げた。でもやっぱり何も言おうとはしない。
お父さんは私の横を抜け、お母さんの傍に行く。するとお母さんは椅子から立ち上がりながら言った。
「分かりました。今お茶を用意しますね」
お母さんは急須を手に取り、ポットのお湯を使ってお茶を作り始めた。
でも、お父さんはやっぱり何も喋ってない。なのにお母さんには何かが聞こえた……?
お茶ができ、お母さんはお父さんの前にお茶の注いだ湯呑を置いた。
「どうぞ、お父さん」
お父さんは無言でその湯呑を手に取ると、ゆっくりと口の中にお茶を流した。
そして一口お茶を飲み終えると湯呑を口から離して、ふぅーっと温かな息を吐き出した。すると――
「ふふっ、どう致しまして」とお母さんが言った。
私には何がなんだか分からないうちに、お父さんは湯呑片手に部屋から出ていった。
お父さんが出ていくのを確認すると、私はお母さんにすぐさま訊いた。
「今のどうなってるの?!」
「どうなってるって……何のこと?」
お母さんは私の驚きに少々面食らいながら言った。
「今のお母さんとお父さんのやり取りだよ。お父さん何も言ってないのに、お母さんは二人で話しているみたいに喋ってたじゃない」
「ああ、あれのこと。あれは普通にお父さんと話していただけよ」
「じゃあお父さんは何て言ってたの?」
「お父さんが本読んでたら喉が渇いたって言うから、お茶を用意して上げたのよ」
「その次は?」
「ふふっ」
お母さんは少し照れくさそうに笑ってから言った。
「お母さんのお茶はやっぱり美味しい、ですって。ホントお父さんはお喋りなんだからね。そんなお世辞みたいなこと言ったって何も出てきやしないのに」
そう言うとお母さんは洗い物をしにシンクの前に戻っていった。
洗い物の水の音に混じって、お母さんの嬉しそうな鼻歌が聞こえてくる。すごく上機嫌みたい。


やっぱり、私のお父さんとお母さんは本当に不思議な夫婦だ。
言葉なんて交わさないのに、言葉よりもずっと強いもので結ばれているんだから。


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