小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:掌の囁きに耳を傾けて 作者:alone

第10回 正解なき世界 − 【無慈悲な人】
「検査結果が出ました」先生は感情を殺したような声で言った。「その結果、あなたのお子さんには先天的な病気があることが分かりまして……」
「先天的な病気……?!」
「はい……分かりやすく言えば、生まれてくるお子さんは障がい児ということです」
障がい児……? あの……しょう、がい、じ……?

私は我に返った。周囲を見渡すと、そこは病院の待合室。固めの長椅子が私の身体を支えている。
私は優しくお腹を撫でた。少し膨らんだお腹。ここには今、生命が宿っている。けれどその子は――
障がい児。
頭のなかに先生の声が響き、私は思わず目を細めた。

出生前診断が一般的に浸透し、今では出産前には検査を受けるのが当たり前となった。
そのため、私自身はあまり検査を受けたいとは思わなかったのだけど、彼のご両親がうるさくて、しぶしぶ出生前診断を受けた。
その結果が出たのが一週間前。そして、この子は障がい児という事実を告げられた。
結果を伝えると彼のご両親は人工中絶を強くすすめてきた。もちろん出生前診断の意味を考えると、そうなることは分かり切っていた。
でも、障がい児だから堕胎なんて、そんな悲しい図式があっていいはずがない。
私は彼らの意見にすぐには従わず、一週間の考える時間をもらい、今日まで考えてきた。

知的障がいのある子を授かった夫婦のもとを訪れたこともある。彼らは子供のために二人とも仕事をやめ、付きっきりでその子の面倒を見ていた。
夫婦は私に語った。
もし経験者として私たちの意見を伺いたいというのなら、それは間違っている。その選択は他人がするものではなく、あなた自身が決断するものだから。
だけど、子供が障がいを負ったからと言って、それが不幸に直結するわけではないわ。幸せの形は人それぞれ。子供が障がいを負って生まれてくれば、あなたは苦労するだろうけれど、それに見合った幸せもきっとある。
だから、後悔の残る決断はしないで。言い訳も添えないで。……あなたが心から望むものを、選びなさい。
そう語る二人の顔には、美しい柔らかな笑みが灯っていた。それほどまでに愛ある表情ができるのかと、私は言葉を失ってしまった。
私は気づかぬうちに涙を流しているんじゃないかと思い、目尻を拭った。だけどそこには涙はない。私に流す資格はまだ、ない。

ある夜、私はお母さんにも話を聞いてみた。けれど検査結果を先に伝えはしなかった。
お母さんは言った。
アンタを生むとき不安だったかって? そんなのみんな不安さね。ちゃんと育てられるか、どんな子になるか、障がいがあるかもしれない。不安しかないってほどだよ。
でも、今は良い時代になったね。出生前診断なんてもんがあるんだから。不安も少しは和らぐってもんだよ。
ん? もしアンタが障がいを持って生まれることが分かったら、アンタを堕ろしたのかって? そんなの答えは決まってるさね。
堕ろしたりするもんかい。検査のおかげで前もって覚悟ができる。ただそれだけさね。
優しくも強いその言葉に、私は目尻が熱くなるのを感じた。だけどまだ涙は流せない。まだ涙は、流さない。

ある日、テレビで出生前診断の特集番組が組まれていた。
コメンテーターの一人が話した。
子供を産まずに殺すのは愛がないなんて仰いますがね、飢餓のあった頃には子が餓死で死ぬぐらいなら自分の手で殺す、と子を殺したケースもあるんですよ。それが愛なき行為と仰るんですか? 私は愛ある故と思いますがね。
障がい児と分かってからの人工中絶も同じ原理でしょ。これから苦労するのが分かっていると言うのに産むのが愛ですか? その苦しみを与えないようにするのも愛でしょうが。
それに、百の不幸があっても一の幸福があれば良いなんてキレイごと仰いますがね、それは親側の論理でしょ。子がその幸福とやらを感じている保証はあるんですか? ずっと不幸のどん底になる可能性だってあるでしょうに。
彼の言葉が胸に刺さった。悲しみが込み上げてきた。
子供を産んでも、その子が幸せを感じるとは限らない。産むか産まないかは全部私の勝手。子供の意思なんてどこにも、ない……。

名前を呼ばれ、私は長椅子から立ち上がった。待合室をあとにし、先生の待つ部屋に入る。先生は私の顔を見ると、ここに座ってくださいと椅子を差し出した。私はそこに座り、先生はこちらに身体を向けた。
「それでどうすることにしましたか?」
発せられたひとつの質問。たったそのひとつに、多くの人生がかかっている。
私は目を伏せ、決めた思いを告げようと思う。
目頭が熱くなるのを感じた。目元にこみ上げてくるものを感じた。目尻から零れ落ちそうになるものを感じた。
ついに、温かなものが頬を伝う。
「私は――……」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 3718