小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:掌にのせて 作者:alone

最終回 短編『Valentine's day』
 学校に着き、自分の教室に入り、自分の机を見た瞬間、衝撃が走った。普段はお調子者で通っている俺だが、その時ばかりは歓声一つあげずに、無言で目を見開いてしまった。
 机の上に置かれた、一つの塊。そして、今日という日付――――そう、今日はバレンタインだ。
 前日まではチョコレート製造会社の商業戦略に踊らされて馬鹿みたいだよな、なんて嘯(うそぶ)いていた俺だったが、今の俺は足早に自分の机に向かい、そこに置かれた塊を手に取る。両手で包みこめそうな程度の大きさをした長方形のそれは、赤い包装紙に包まれ、茶色のリボンが可愛らしくあしらわれていた。
 俺ははやる気持ちを抑えながら……なんて出来るはずもなく、すぐさまそのリボンを解き、包装紙を破いた。中から姿を現したのはうす茶色の箱と、二つ折りにされたピンク色の紙だった。俺は震える手でその紙をとり、おそるおそると開く。
 中にはこう書かれていた。

 ――――白鳥くんへ
     好きです。付き合ってください。
     放課後、体育館裏で返事待ってます。

 白鳥……って、俺じゃねえじゃねえかあああ!!
 俺は心の中で盛大に叫び、地団太を踏むように手で机を何度も叩いた。くそっくそっ!
 白鳥と言えば、学校一のモテ男で有名だ。スポーツ万能で容姿性格共にイケメン、さらには秀才ときている。神は二物を与えないと言うが、明らかに与え過ぎだろう。神は何をやってたんだ。
 俺の中で一気に膨らんでいた熱が急速に冷めていく。こんなんなら男友達からの嘘チョコの方がまだましだ。
 俺は机の上に散乱した包装紙とリボン、チョコの箱を投げやりに机の中に突っ込んだ。
 どうせ白鳥は数え切れないほどのチョコをもらうんだから、一個ぐらい減ったところでどうってことないだろ。開けちまったもんはしょうがないしな。
 そんなことを思いながら、俺は心の中で湧こうとしていた罪悪感たちを抑えようとした。だが、失望の方が大きかったためか、抑えるまでもなく罪悪感は湧きすらしなかった。俺は机に突っ伏し、深いため息を漏らした。
「ねえ、タケル! ここらへんでチョコ見なかった?」
 唐突に俺の頭に声が突き刺さった。だが、聞き覚えのあるその声に、俺は気怠そうに頭を起こして声を返す。
「はあ? チョコ? んなもん知るわけねえだろ」
「何よその言い方。そんなんだからチョコ一つもらえないのよ」
 嫌味を言ってくるコイツは、幼馴染のミカだ。母親同士が大学時代からの友達ということで小さい頃から知ってはいるが、他の連中に幼馴染というだけで囃し立てられたりするため迷惑極まりないやつだ。
「うっせーな、チョコなんてこっちから願い下げだっての。馬鹿なやつらが勝手にやってろって話だよ」
「はいはい、馬鹿で結構。でも、赤い箱に茶色のリボンがかかった箱見つけたら私に教えなさいよね」
「へーへー、んなもんあったらな」
 ミカは、絶対よ、と念を押してから教室を去っていった。俺はやっと厄介払いができたと思い、また机に突っ伏す。
 ん、ちょっと待てよ。今、赤い箱に茶色のリボンって言ったか……?
 俺はのっそりと身を起こすと、机の中を覗きこんだ。ぐしゃぐしゃになった包装紙とリボンに囲まれた中にチョコの箱とあの紙が見て取れた。俺はその紙を摘み上げ、ゆっくりと開いてみる。
 すると、文面の最後にはしっかりと差出人の名前が書いてあった。それも、ミカの名前だ。
 俺はミカの名前を見ると、咄嗟に紙を机の中に押し戻した。
 どうしよう……。これはやばい……さすがにやばい……。
 こんなことがばれてしまえば、ミカをキレさせるには十分すぎた。ミカはキレると周りが見えなくなるタイプだ。今までにも喧嘩をしたことがあったが、鬼気迫るミカの姿に何度俺は血を見る……というより血を吐く羽目になったことか。そのため、俺は絶対にミカだけはキレさせないようにしてきた。原因がどんなに小さいものでも払う事になる代償はとてつもなくデカいのだから当然のことだ。あんなことになるのだけは、もう勘弁だ。
 俺は椅子に座り直し、真剣に考える。何か打開策があるはずだ。何か……。
 脳内で幾度となく繰り返されるシチュエーション。しかし、終わりはいつも流血沙汰だ。もちろん俺が血を流す羽目に……。
 一体どうすりゃいいんだよ!


 頭の中で何度も流血事件を起こしながらも、時間は刻々と進み、遂には最後の授業も終わりを迎えてしまった。担任が終礼をしている最中、俺はミカの方を流し見てみる。ミカはそわそわとした様子で、ちらちらと時間を確認していた。
 終礼が終わると、ミカは一目散に教室から飛び出していった。どうやら白鳥には伝えるだけ伝えていたようだ。本命チョコは俺の手元にあるのだが、なんとか伝えたみたいで今から体育館裏で返事を待つようだ。
 ということは、俺はもう大丈夫なんじゃないか? チョコの件は一件落着しているようだし、俺が持っていることにも気付いていないようだし。
 俺は胸を撫で下ろした。過度な緊張状態が続いていただけに、本当に疲れた。荷物をまとめて安堵の溜め息を零すと、俺は帰り路についた。

 靴を履きかえて外に出ると、ちょうど正面に白鳥の姿が見えた。隣に居るのは学校のアイドル、神宮寺さんだ。 美男美女が二人で並んで歩いているとこうもオーラが違うものなのか。俺は口を開けたまましばらく固まってしまっていた。
 ようやく動けるようになったのは、二人が校門から出て行った時だった。俺はハッと我に返り、また歩き始めた。だが、そこでふと思った。
 俺はだいぶ早めに外に出てきたけど、それよりも早く帰って行っている白鳥はミカに会いに行ったのか? 体育館裏は靴箱とは正反対の方向だ。行ってすぐ戻ってきたとしても、俺より早く帰っているなんて不可能なはずだ。じゃあ、ミカは――――まだ待っているのか?
 俺は歩みを止めて、体育館のある方向を見た。負けず嫌い気質のミカのことだ、変に頑なになって待ち続けるんだろうな。すっぽかされて来なかったとしても、忘れていただけだとか考えて明日も明後日も待ち続けるんだろうか。
 …………。
 俺は再び歩き始めていた。方向は正門とは逆の方向、体育館の方だ。


 体育館裏を覗いてみると、案の定そこにはミカの姿があった。体育館の陰になって肌寒いというのに、コンクリートの上に腰を下ろして健気に待ち続けていた。白鳥の野郎は来ないというのに馬鹿なやつだ。
 俺は体育館の影から姿を現して、ミカの方に声をかけた。
「お前、こんなとこで何してんの?」
 俺が話しかけた瞬間、ミカは驚いた様子で大きく肩を弾ませ、期待のこもった視線をこちらに向けた。だが、俺だと気付くとすぐにいつもの鋭い目つきに変わった。
「なんだタケルかー……。そういうタケルこそ何してんのよ」
「お、俺は……」やばい、この場合の返しを考えてなかったぞ……。「あ、あれだよ、あれ。散歩……みたいな?」
「散歩? 学校で?」
 ミカが呆れた調子の声を上げる。それもそうだな。俺自身もこの嘘は無いと思う。
「そういうお前は何してんだよ。誰か待ってんのか?」
「別にー。良いでしょ、私の勝手なんだから。タケルはさっさと散歩とやらに戻ったら?」
 ミカはふて腐れたように言い、俺とは全然関係のない方向に視線を投じていた。
 俺はミカの傍に行き、ミカの隣に腰を下ろした。
「な、何してんのよ?! タケルが居ると邪魔だから早く帰っ――――」
「白鳥なら来ないよ」
「え……?」
「白鳥ならさっき神宮寺さんと帰ってたから、来ないって言ってんの」
「なんでタケルが知ってんのよ?! 私が白鳥くんを待ってるって!」
「んーと、他の女子が話してんの聞いたんだよ」
「うそっ! だって、私誰にもこのこと話してないもん。本当のこと言いなさいよ!」
「…………」
 下手な嘘は通用しない……か……。
 俺はバッグの中に手を忍ばせ、例のチョコを取り出した。
「実は……このチョコ、俺宛てかと思って開けちまったんだよ」
「え……、ってことは中の手紙も読んだってこと……?」
「うん……。俺の机の上にあったから……。……。……ごめん」
「ん〜……まあ、いいよ」
「え?」
 ミカの予想外な返事に俺は拍子抜けしてしまう。
「だって、他の人に拾われてたりしたら恥ずかしすぎだもん。タケルなら昔からの付き合いだし、別にいいかなって」
「そ、そうか……」
 なんだろう、この感じ。胸の奥にぽっかりと穴が開いたみたいな虚無感だ。
「でも、ほんとゴメンな。これ返すよ」
 俺はぐちゃぐちゃになってしまったチョコの箱を渡そうとする。しかし――――。
「いいよ」
 ミカは俺の渡そうとしたチョコの箱をそこで突っぱねた。
「えっ? でも……」
「いいって。だって、もうこんなにぐちゃぐちゃになっちゃったら誰かにあげることもできないし、どうせ返してもらっても自分で食べる羽目になるだけだからね。だから、タケルにあげる。それに……」
「それに……?」
 ミカは言うかどうか悩んだような様子を一瞬見せたが、意を決したようで言葉の先を紡いだ。
「それにね、実はタケルにもチョコあげるはずだったんだ。でも、勘違いしないでよ。義理よ、義ー理!
 でも、白鳥くんに渡す分が無くなっちゃってたから、しょうがなくタケルに渡す分を代わりに使ったんだ」
 ミカが俺にチョコをくれるつもりだったと聞いて、少しばかり動揺を覚えた。義理であろうとわざわざくれようとしていたなんて……。
「だーかーらー、そのチョコあげる。義理チョコの代わりにね」
 そう言うと、ミカは元気よく立ち上がった。
「でも、義理チョコの代わりの本命チョコだからって、気持ちは義理に変わりないんだからね。馬鹿な考えは起こさないでよね」
 ミカは俺を見下ろし、念入りに釘を刺してきた。
「馬鹿な考えってなんだよ! そんなもん起こすわけねーだろ」
 俺は意地を張りつつ立ち上がり、今度は俺がミカを見下ろしてやった。
「はぁ? 何よその言い方! せっかくチョコ恵んでやったってのに!」
「別に頼んでませんよー」
 俺とミカは並んで歩き始める。
「じゃあ返しなさいよ。ほら!」
 ミカは俺が手に持っているチョコの箱を奪い取ろうとするが、俺は上の方に持ち上げ、ミカの身長では取れない位置に持っていった。だが、諦め悪くミカはぴょんぴょんと跳び、俺の手からチョコを奪い取ろうと無駄な努力を重ねる。
「返しなさいよー!」
「くれるっつっただろ。だから、しょーがなく貰ってやるよ」
「しょうがなくって何よー」
 ミカは飛び跳ねるのを止め、恨めしそうに俺を睨む。その隙を突き、俺はチョコの箱を開けると、中から一粒のチョコを取り出して頬張った。
「あー! なに勝手に食べてんのよ!」
「貰ったんだから俺の自由だろ」と言い、俺はもう一粒頬張る。
「ちょっと、私にも分けなさいよ! それ高かったんだから」
「嫌だねー」
 俺はおどけて、つい調子にのった。だが、そこがミカの沸点を越えてしまったようだ。
「よこせ!!」と言い、ミカは俺の脇腹に強烈な一撃をかましてきた。
 俺は完全に油断していたためにモロにくらってしまい、その場に膝をついた。そして、チョコの箱はミカに奪われてしまった。
 ミカは箱の中からチョコを取り出し、頬張った。
「美味しー」
 ミカは目尻を下げ、恍惚といった表情を浮かべていた。随分と美味しそうに食べるもんだ。俺の気も知らないで。
「ほら、早く帰るよ。ついてこないと置いていっちゃうからねー」
 ミカは戦利品のチョコを片手に歩き始めていた。俺は溜め息をひとつ漏らしてから身を起こし、ミカの後を追っていった。


← 前の回  ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 1246