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作品名:後ろの正面だあれ 作者:alone

最終回 咄人と少女
「おい、聞いたか?」
「ん? 一体なんの話だ?」
 三十近い二人の男が茶屋の長椅子に腰を下ろし、茶と団子を食しながら語り合っていた。
「この前あった殺しのことだ」
「殺し……? あぁ、例のアレか。夜籠の傍で起こったってやつだろ。随分とひどいもんだったそうじゃないか」
「そうなんだ。実は知り合いに死体を見た奴が居てな、そいつから話を聞いたんだが、本当にひどい有り様だったそうだ」
「ほう、どんな感じに?」
「それがな……、死体は五体満足じゃないどころか、腕や足が引き千切られたうえに、頭を切り落とされてたそうだ」
「腕とか頭とかが……?! 切り落とすのはまだしも、引き千切るなんてできるもんなのか?」
「それは知らん。だが、遺体の背格好から言って、被害者は十代半ばの女の子だったそうだ。そのくらいの娘っこになら可能なのかもしれんが、考えるだけでも悍ましいこった」
「十代半ばとは……随分とひでえことをする輩がいるんだな……」
「それに、その娘から引き千切られたのは腕や足だけじゃなかったんだとよ」
「一体それ以上になに取られたんだよ」
「心臓さ」
「しん……って、そいつは本当か? 人の所業とは思えないぞ」
「ああ、本当だ。しかも、見立てによると、その娘は生きたまま心臓を抉り取られたらしい」
「生きたまま心臓を抉るだと……!?」
「それで心臓を抉った後に、腕や頭を取っていたそうだ。顔も背丈も分からないんで、一体だれの子なのか問題になっているらしい。行方不明になっていた娘も居ないそうだからな。今じゃ、昔神隠しにあった子供の遺体が出てきたなんて話まで上がっているらしい。まあ、所詮は他人の受け売り話だ。どこまでが本当かは知る限りじゃねえな」
「けれど、もし犯人が隠れてるとしたら、やはり夜籠なんじゃないか? 遺体が傍で見つかったんだろ?」
「そりゃあな。姿を隠すなら恰好の場所だろうよ。犯人を捜すとしても、誰もあそこには入りやしねえ」
「だが、あの噂は本当なのか? 夜籠に入ったら戻れねえってやつは。昔からの言い伝えだか何だか知らねえが、未だに全員が信じてるとは思えないんだが」
「そりゃそうだろうな。入っちゃいけねえって言われて、真面目に守るやつの方が少ないだろうな。けれど、あの森には絶対に入っちゃいけねえ」
「ん? どうしてだよ」
「あそこに入ったら本当に戻れなくなるからだよ」
「お前までそんなこと言うのか。よせよ、年甲斐もない」
「いやいや、本当にそうなんだよ。信じるどうこう別にして、本当にそうだったんだ」
「そうだった……? なんだ? 経験談か?」
「ああ、そうだ。小さい頃、村の連中といっしょに肝試しがてら夜籠の森に入ろうって話があったんだが、先に入った連中は一生戻ってこなかった」
「そんなのは偶然だろ。中で迷って、お前たちのとこに戻れなかっただけだよ。どうせどこか別の村で生活してるだろ」
「あの森はそんな生易しいもんじゃねえよ。先に入った連中は、森に足を踏み入れた瞬間になにかに取り憑かれたみたいだった。俺たちがいくら声をかけても、森の奥に進み続けたんだよ。それで、森の中に消えたっきり、二度と戻って来やしなかった」
「そ、そんなのからかわれただけじゃないか? じゃなきゃ、そんなおかしなこと起こってたまるかよ」
「だから、あそこじゃそのおかしなことが起こるんだって。夜籠の森は本当におかしいんだよ」
「はいはい。じゃ、そろそろ行くとしようや」
「おい、話変えんなよ」
「鈴ちゃん、お代はここに置いとくよ」
「無視しやがって……。鈴ちゃん! 俺もここに置いとくよ」
 そうして、男二人は茶屋を後にした。立ち去る二人の後を追うように茶屋の中から姿を現した娘は、「またいらしてくださいねー」と二人の背中に言葉を投げかけた。
 娘の名は、鈴音(すずね)。母親と二人でこの茶屋を切り盛りしている。
 鈴音は二人の男の去った後に近づき代金を回収すると、残された団子の皿と湯呑を片付けていた。すると、鈴音の背後から唐突に声をかけられる。
「すみません」
 突然の声に驚き、鈴音は一瞬身体を弾ませてしまった。というのも、先ほど見たときには誰も客が居ないように見えていたからだ。誰も居ないと思っていたところに突然声をかけられると、驚くのも仕方のないことだった。
 鈴音はゆっくりと後ろを振り返る。そこには三十前後の男が腰掛けていた。頭は短く刈り上げているが、口元には無精ひげがある。身を深緑の着物に包み、黒の帯でしっかりと締めていた。
「……何でございましょう?」
 鈴音は小さめの声で恐る恐ると言った調子に訊ねる。その問いかけに男は笑みをもって答えた。
「団子のおかわりをお願いいたします」
「分かりました。ただ今お持ちいたします」
 鈴音はぺこりと頭を下げ、茶屋の中へとその身を退いた。茶屋の中から外で腰かけている男を見ながら、鈴音は母親に言葉をかける。
「お団子のおかわりだって」
「おかわり? お客さんは帰ったんじゃないの?」
「いや、あそこに居るお客さんからだよ」
 そう言って鈴音は深緑の着物の男を指差した。母親も鈴音の指先を追って、その姿を見つめる。
「あれ、あの人は一体いつ来たんだろうね」
「私にも分からないよ。でも、もうお団子とお茶を出してるから、話したりしたはずなんだけどね」
「そうねえ……。まあ、いいわ。はい、おかわりのお団子」
 鈴音は母親から団子の皿を受け取り、男のもとへと歩いていった。
「どうぞ、ご注文のお団子です」
「ありがとうございます」と言い、男はまるでお布施を頂く僧侶のように恭しく団子を受け取った。
 鈴音は不思議な人も居るんだなと思いつつ、茶屋の奥に下がろうとしたところ、再び背後から男に声をかけられた。
「すみません」
「えっ? はい、何ですか?」
「しばしの間、話の相手をしていただけないでしょうか?」
「お話……ですか?」
「はい。実はわたしは咄人と呼ばれる者でございまして」
「とちびと……」と呟きながら鈴音は頭の中を探るが、思い当たるものは見つけられなかった。
「初めてお聞きになるのも当然かと思います。咄人はそれほど多いわけではありませんゆえ。咄人というのは、人々に話をすることを生業とする者のことでございます。各々に笑い話や泣ける話など専門とする話の種類がございまして、斯く言うわたしにも専門とするものがあります」
「あなたの場合はどういったお話なのですか?」
「わたしの場合は怪異にございます。アヤカシものにまつわるものや怪談、時には噂話に至るまで怖い話や奇妙な話を全般に話させていただいております」
「怪異ですか……」
「それで本題になるのですが、なにぶん旅人の身。この辺りでは知り合いが少ないもので、話を語る練習相手が欲しいのでございます」
「それで、私に白羽の矢を立てた、ということでございますか?」
「はい、そういうわけでございます。わたしの話の練習相手になっていただけないでしょうか」
「え〜っと……」と言いながら、鈴音は茶屋の母親の方を覗く。母親はのんびりとした様子で、手伝いを必要としているようではなく、時間的にも客入りはほとんどない時間帯であった。そのため、鈴音は暇つぶしがてら、面白半分に「分かりました」と承諾してしまった。
「ありがとうございます、鈴音さん」
「えっ、あ、はい」
 男の口から唐突に自分の名前が飛び出し、鈴音は少々動揺してしまう。まだ名乗っていないというのに、なぜ男は自分の名前を知っているのか、と思ったからだ。けれど、どこかで偶然耳にでもしたのだろうと、変に悩むのはやめることにした。
「あ、まだ名乗っておりませんでしたね。申し遅れましたが、わたしは東斎と申します。では、鈴音さん。話を始めてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」と言い、鈴音は東斎の横に腰を下ろした。
 東斎は目を閉じ、深い呼吸を数度行った。空で自由に飛び回っている鳥の囀りが遠くなり、不思議と辺りに静けさが立ち込めだすのを鈴音は感じた。まるで周囲一帯の空気の流れが止まってしまったかのようだった。
 東斎が閉じた瞼を開く。そこに宿る瞳は冷ややかなもので、どこか空間の一点に適当に焦点が合わせられていた。
 東斎が口を開く。零れる言葉は一聞すると重厚そうに聞こえるような、低く沈んだ声であった。鈴音は息を飲みつつ、その言葉に耳を傾ける。
「これからお話ししますは怪談咄。アヤカシや幽霊、怪異や化物に纏(まつ)わる類から、出所不明の噂咄に至るまで、種類は様々に御座いますが、全てに一様に申しあげられることが在ります。それは、これから致します御咄は何処かの土地に息づいているということで御座います。
 鈴音さんはご存知でございましょうか。咄には生き死にがあるということを。つまり、この場合で言えば、生きた怪談と死んだ怪談があるということでございます。しかし、死んだ怪談と言いましても、別段、咄として語るに足りない屑咄というわけではございません。この場合の生き死にというのは、咄の持つ力の話にございます。と言いますのも、生きた咄と呼ばれる類の咄は語ってしまいますと、よからぬものを引き寄せてしまうのでございます。そのため、生きた咄は気安く語ってはいけません。語ってしまいますと、例えば生きた怪談の場合、その怪談の根となる怪異を呼びつけてしまうのでございます。ですから、我々咄人は、生きた咄を死なせなければならないのでございます。
 ですが、この咄を死なせる作業は一筋縄ではいきません。死なせると言いましても、咄自体を死なせているわけではありませんので。それこそ、咄を死なせてしまった暁には、先ほど申したように屑咄に成り下がってしまいます故。では、この死なせるとは如何様にするか、という話になりますが、それは人と同様に心臓を止めてしまうのでございます」
「心臓……? 話に心臓があるのですか?」
「はい。もちろん、話にも心臓がございます。分かりやすくお伝えするために、わたしが専門とする怪談咄を例に取りますと、その心臓というのは咄の根を担う怪異にございます。例えば、有名な御咄である山姥(やまうば)であれば、山姥が咄の心臓にあたるというわけでございます。それで話は戻りますが、どのようにしてその心臓を止めるかでございますが、それは、心臓である怪異を咄自体と切り離し、封印してしまうのでございます。封印と申しましても、時と場合によっては滅したりする場合もあるのですが、多くの場合は封印し、咄を語った際に二度と呼び起こされないようにするのでございます。
 では、如何様にして怪異の封印をするのか、というお話になります。我々咄人には、陰陽師のような神通力もなければ、将軍様のような武力もございません。あるのは語りだけにございます。ですから、わたしどもは『語る』ことによって怪異を封印するのでございます。
 話は唐突に変わってしまいますが、鈴音さんは人身御供(ひとみごくう)というものをご存知でございましょうか。歴史を辿れば古代の頃よりなされていると聞き及んでおります。簡単に言えば、生贄。人間を神へと生贄にすることにございます。しかし、わたしがこれからお話しいたしますのは、神の怒りを鎮めるための生贄などの類ではございません。もっと分かりやすくお伝えするのなら生贄という言葉では少々足りませんでしたね。わたしが言わんとするものは『人柱』にございます。そして、これからお話しするのはどう怪異を封印するか、というものなのですが、それが人身御供、または人柱、と関わってくるのでございます。
 古い時代より生贄に選ばれるのは女子が多いのはご存知でしょうか。これは神に仕える身である巫女を生贄として捧げることが多かったことや、男神の結婚相手として捧げることが多かったことに関わっているのやもしれませんが、わたしの知る限りではございません。しかし、男に比べて、女は出産などに耐える強い生命力を持っていることは確かなようでございます。アヤカシが若い娘の生き胆を狙ったりするのはこのことが原因なのかもしれません。
 話は戻りますが、今までお話ししたように、人身御供や人柱には古来より女子が用いられたことが関係してか、わたしども咄人の封印にも女子が関わってきます」
「それって……」
「申し訳ありませんが、咄の落ちを先に話してしまっては興が冷めるというもの。咄の腰を折らずに、ご清聴を願えますか」
「も、申し訳ありません……」
「では、咄を続けさせて頂きます。
 人の身体というものは五体で出来ていると言われております。五体とは、すなわち五つの部分。しかし、その部分が何であるかは諸説あり、頭、両手、両足の五体という者も居れば、筋、血脈、肌肉、骨、皮の五体だという者もおりますが、わたくしども咄人の封印に関わる五体とは、頭、首、胸、手、足の五つにございます。そして、その五体を押さえることにより、我々はその者も身体全体を掌握し、そこに封印をするのでございます。
 では、どのようにその五体を押さえるかではございますが、そこで我々が生業としている『語り』が出てくるのでございます。
 咄人は、咄を封印する対象である人柱にその生きた咄を語ることにより、人柱の心に咄を刻み、さらには身体にも刻みつけていくのでございます。人の身体は五体で構成されておりますから、封印できる咄の怪異も五体。五つの咄を語ってしまいますと、人柱自体の身体の方も限界を迎え、それ以上の怪異は受け付けることは出来ないのでございます。ですから、咄を五つすべて語り終えると、我々はその人柱を封印する作業に移るのでございます。
 封印する作業と申しましても、ここまで来てしまえば随分と簡単なものです。我々がすることはただ一つ。人柱に終の印を刻みつけることでございます」
「ついのしるし……?」
「ええ。それは、咄の心臓である怪異がその身体に新たに住まうということで、古くなる心臓を取りだすことでございます。それも、生きたまま行わなければなりません」
「生きたまま心臓を……?!」と言い、鈴音は手で口を覆った。
「そうして、心臓を抜き取ることにより最後の刻み付けが終わり、人柱の肉体は怪異のものとなると同時に、そこに封印することが成功するのでございます。
 では、最後にどのようにして人はこの人柱になるかということでございますが、今話した咄を言い聞かせることなのでございました。ですから、この咄を聞いてしまったあなたが、次の人柱になるやもしれません。
 これにて、咄は終わりとさせていただきます」
 東斎は語り終わると、再び瞼を閉じて何度か深呼吸を繰り返した。再び瞼を開けると、その口も開き、鈴音に訊ねる。
「この咄はいかがだったでしょうか?」
「え……えっ?! い、今ので私は人柱になってしまうんですか?!」
 鈴音は唐突に突きつけられた事実に動揺を隠せなくなっていた。しかし、一方の東斎は落ち着いた様子で鈴音を宥める。
「落ち着いてください。これはただの話でございます。そんな力などは最初からないのですよ。つまり、単なる法螺話。聞いた人を怖がらせるためだけにでっち上げられた話にすぎないのでございます」
「な、なんだー……。そうだったんですか。東斎さんの口から聞いていると本当のお話のようにしか聞こえなかったので、信じ切ってしまいましたよ」
「いえいえ、ただの法螺話に過ぎません。けれど、そう言っていただけるとは、語りを職としている身としては嬉しい限りにございます。しかし、練習相手とはいえ長く時間を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ。私も面白いお話を聞かせて頂けて楽しかったです」
「またいつぞやにこの辺りに来た折には、再びこちらに寄っても構わないでしょうか?」
「ええ、どうぞどうぞ。このような茶屋でよければ、歓迎させていただきます」
「本日はどうもありがとうございました。どうぞ、団子の代金でございます」
「頂戴いたします」
 そして、東斎は鈴音に茶の代金を払うと、重そうな荷物を抱えて歩き去っていった。鈴音は、世の中には色々な職業があるんだななどと思いつつ、東斎の背を見送り、茶屋に下がっていった。



 翌朝、鈴音は目を覚ますと、布団からのそりと起き上がった。
「あー、よく寝た……」
 鈴音は欠伸を一つとり、目元に溢れた涙を拭った。寝惚け眼から徐々に目が慣れ、辺りの景色が鮮明になっていた。すると――――。
「え? ここ、どこ?」
 彼女は自分の眼を疑った。なぜならそこが見覚えのない場所だったからだ。そこは八畳一間の部屋で、四方が障子に囲まれていた。部屋にはほとんどものがなく、彼女が寝ている布団一式以外はがらんとしていて殺風景であった。
「なに? どうなってるの?」
 彼女は布団から飛び出ると、障子の一つを思い切り開けた。ダンッ、という音を立てて障子が柱にぶつかると、目の前には日光が注ぎ落ちる風景が広がっていた。
 彼女の居た部屋の周りを囲むように縁側がぐるりと続いており、それより外の場所には小さな庭が広がっていた。空から温かな日の光が注ぎ込み、どこか遠くで鳥が楽しそうに囀っているのが聞こえる。
 彼女は裸足のまま外の地面に飛び出した。首筋に温かな温もりを感じ、彼女は空を見上げて見ると、そこには丸く切り取られた空があった。それは彼女の居る場所を囲んでいる竹林によるものだった。
 竹林は彼女の居た小屋と庭を囲むように丸く並んでおり、それも不気味なほどくっきりと庭と竹林の境界を露わにしていた。まるでそこに見えない境界線でも引かれているのか、竹林は一切庭の中に侵入しようとしていない。
 彼女は自分の居る場所を明らかにしようと、竹林の方に近付いてみる。だが、竹林のすぐそばに立った瞬間、背中を悪寒が駆け抜けた。日光が差し込み、寒いどころか温かいというのに、腕には鳥肌が浮かび上がり、身体が小さく震えた。
「なにこれ……。気持ち悪い……」
 彼女は竹林の奥に宿る闇を見ながら呟いた。胸の奥がむかむかとし始め、吐き気のようなものが込み上げてくる。彼女は一刻でも早くここを離れた方が良い気がし、竹林に向けた足を小屋へと引き返した。縁側に腰を下ろし、庭を眺めながら考える。
 なんでこんなところに居るの……?
 思い出そうとすると、彼女の頭は変に痛みだした。まるで何かが頭の中に巣食ってしまい、その何かが記憶を食い潰していっているかのようであった。
 ああ……何も思い出せない……。
「何か……思い出せないのかな……。えーっと……う〜ん…………。そうだ」
 一つだけ思い出せた。それは、私の名前。私の名前は――――――。
「かごめ」


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