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作品名:後ろの正面だあれ 作者:alone

第12回 頭の夢

        …―◆―…

 東斎さんの言葉が終わり、辺りは静けさに包まれる。静寂が闊歩する中、東斎さんは閉じた口をふたたび開いた。
「大丈夫でございます? 顔色が優れないようにお見受けするのですが」
 いつもの如く、東斎さんは私を気遣い、心配した声を上げた。私は彼の言葉を耳にし、身体中に染み渡った気怠さを再認識する。
「だい……じょうぶ……です」
 喉の辺りで詰まった言葉をなんとか口から押し出す。それだけでも全身に冷や汗が滲み、心臓は鼓動を早めた。身体がひどく重い。視界は徐々に闇に侵食されていき、意識も闇に啄まれてしまっているように薄れていってしまう。
「だい……じょう……」
 私は朦朧とする意識からうわ言を繰り返す。自分でも今何をしているのか分からなかった。視界の中では黒と白の小さな丸が素早く明滅し始める。徐々にその丸だけに視界は支配されていき、目の前に居たはずの東斎さんは視界から消えた。
 誰かに肩を掴まれたような気がする。もう上も下も分からない。私は今立っているの? それとも横になっているの?
 私の立っている場所がまるで形のない液体にすり替わってしまったかのように、立っているという感覚をことごとく受け流している。
「だい…………」
 私の口から言葉が零れ落ちた。視界は黒く染まり、意識は闇に埋もれていった。真っ暗な黒い世界を私は落ちていく。何もない世界。落ちているのかさえも怪しく思えてしまう。けれど、現実から遠のいていく感覚が、私に落ちているのだと告げているような気がした。
 すべてが黒になる。また夢が始まる。


 肌寒い場所。埃っぽいような黴臭さが鼻に入りこんでくる。どこか遠くからはしとしとという単調な雨音が聞こえてきた。どこかの家みたいだ。上からは雨が小さく屋根を叩く音がする。
 私は立っていた。裸足である足の裏には、冷たい土の感触がしていた。私はいろいろな感覚を取り戻していきながら、自分という存在を思い出していった。
 私は知らぬ間に下ろしていた瞼を開く。真っ暗な瞼の裏から目の前の光景へと見るものが変わる。今までの暗さに慣れていたためか、目の前の暗さにもすぐに慣れることができた。そこは思った通り、どこかの家だった。
 私は薄暗さの立ち込める静かな家の中を見渡した。家の中は時が止まってしまっているかのように、異様な静けさに満たされていた。そこには生の存在が感じられず、すべてが死に絶えてしまっているかのような絶望感が漂っている。囲炉裏の火は完全に冷め切り、炭はただの灰と化してしまっていた。
 ガタンッ! 突如、大きな音が静寂を破った。私は音がした方に反射的に視線を投じた。そこには、白い布団の塊のようなものが転がっていた。よくよく見てみると、部屋の中にはその他にも同じようなものが二つ見て取れた。すべてで三つ。しかし、それぞれ大きさは異なっていた。小さいものに中くらい、そして今倒れたのが大きいものだった。
 私は冷たい土間から足を上げ、囲炉裏の横を抜けて大きな白い塊の傍に近づいた。それはとても不思議なものだった。ただの白い布が巻かれたものかと思ったら、布の上から赤い紐がぐるぐると巻きつけられていた。それも絞るような形で巻きつけられており、赤い紐の部分から先の布は丸い形を作り上げていた。それはまるで、てるてるぼうずのように見えた。
 私がなんだろう? と訝しんで見ていると、目の前の大きな白い布の塊が小さく動いた。その動きを見て、私は首筋に冷や水でも垂らされたかのように両肩を跳ね上げた。
 もしかして……これは人なの……?
 その考えを後押しするかのように、不審な音が私の耳を舐めた。最初は隙間風かとでも思ったけど、冷たげな隙間風とは違い、その音には温度を感じた。まるで荒い息遣いのよう――。
 私は視線をふたたび倒れている白い塊に向けた。赤い紐に縛られて丸く形づくっている部分が微かに動いていた。耳に障る音に合わせて、膨らんだり凹んだりしていた。
 人の呼吸だ。気付いた瞬間、先ほどまでの静けさが嘘だったように、私の耳は呼吸音だけに意識を注いでいた。周りすべてのものが息づいているかと錯覚してしまうほど、息遣いが大きく聞こえてくる。煽られるように私の心臓の動きは早まっていき、胸の中には嫌悪感が膨らみ圧迫する。喉の根元から何かが這い上がってくるような感覚を覚え、私は手で口を覆った。けれど、込み上げてくる感覚ばかりで何も逆流してくるものはなかった。そのすっきりとしない感じが、また私の嫌悪感を逆撫でした。気分が悪い。
 助けなきゃ……。
 嫌悪感に満たされた中から一瞬、冷静さが掻き分けて現れた。その考えが不意に出てくると、嫌悪感は潮が引くように消えていき、助けなくては、という義務感と焦燥感が押し寄せてきた。
 私は膝をつき、目の前の布に手を伸ばす。ぐるぐると巻かれた赤い紐に触れ、解こうと軽く引っ張ってみた。途端、チリンッ、という冷涼な金属音が響いた。今までの音とは違う耳当たりの音に驚き、私は手を引いた。恐るおそるゆっくりと手を伸ばし、赤い紐の辺りを探る。すると、赤い紐に混じって金色の鈴が付けられていた。なんでそんなものが付けられているのかはまったく分からなかった。
 止めていた手を再び動かし始めて、私は紐を解こうとし始める。けれど、それはまたしても別の音に妨げられた。
 ガシャンッ、と金属の擦れ合うような音。それは私の背後から突然現れた。
 私は心臓を掴まれてしまったかのように、驚きのあまりに固まってしまった。不意に訪れる圧迫感。私は背後に異様な圧力を感じた。それが発する気配はとても鋭利で、まるで私を刺し殺さんとしているかのようだった。
 ガシャンッ、ガシャンッ。無機質そのものである金属音が響く。
 私は曲げていた膝をじわじわと伸ばし、立ち上がっていく。背後の気配は圧力を増していき、まるで崖の際に立っているときのように底なしの絶望感が私の背後に広がっていた。チクチクと異様な気配が私の肌を刺す。
 鈍い金属音が絶えず響き続ける。私は今にも呼吸が止まりそうになりながらも恐るおそる後ろを振り向いた。薄暗さの中に、黒い塊が見えた。明かりがないためにそれが一体何なのかは分からなかった。
 刹那、白い閃光が窓から差し込んだ。ほぼ同時に轟音を私の耳を貫いたが、目の前の衝撃に勝るものではなかった。一瞬の光ながらも、私の眼に黒い影の正体が焼き付けられた。
 目の前に立っていたのは三体の武者だった。皆がみな全身を甲冑に身を包み、その手には抜き身の刀が握られていた。刀の刀身は雷の光を反射し、不穏な輝きを見せた。けれど、それらのこと以上に衝撃を与えたのは、三体の武者には頭がなかったことだった。
 私は武者たちの姿を見て、息を飲んだ。一気に静寂の世界に飲みこまれ、全身が心臓そのものになってしまったかと錯覚してしまうほど大きく鼓動する。息ができない。衝撃のあまりに私は呼吸の仕方を忘れてしまった。恐怖のあまりに身体が震えだす。武者には頭がないというのに、あるはずのない瞳で睨まれているような気がした。
 武者たちは再び歩きだし、私の方に近づき始めた。私は震える足に何度も、動け、と心の中で叫んだ。けれど、足は動き出すどころか竦み切ってしまい、一気に力が抜け落ちていった。私の身体を支えられなくなり、足は膝を折ってしまう。私は床に軽く尻餅をつくような形で座り込んだ。瞳は恐怖に縁どられながらも、視線を武者たちの姿から外すことができず、私は近づいて来る武者たちを見つめていることしかできなかった。
 武者たちが歩く金属音がすぐ目の前で止まった。三体の武者はそれぞれ別々の方に進み、私の目の前に立っている武者とは他の武者たちは各々、転がっている別の白い布の塊の方に向かっていた。しかし、私は他の武者たちを見るどころか、目の前の武者から視線を背くことすらできなかった。武者には眼がないというのに、その武者は私を見下ろしている気がした。視線が私を串刺しにし、そのまま床に縫い付けているかのように、私の身体は身動きひとつ取れず、小動物のように震えていることしかできなかった。
 武者は刀を構えた。小さな金属音が死刑宣告のように響き渡り、武者は刀を振り上げる。
 殺される……!! と私は思った。冷たい恐怖感が身体の内側から這い出してきて、私を絶望に満たした。
 振り上げられた刃が一瞬、怪しく光った。刹那、空気を切り裂く音。私は目を手で覆い、恐怖を吐き出すように叫んだ。
「いやああああああああああ」
 ダンッ、という鈍い大きな音。部屋はその音を最後に静寂に包まれた。私は恐怖に身体を慄かせていたが、不思議と痛みひとつ感じなかった。その事実に気付き、おかしいと思って私は覆っていた手を外した。
 振り下ろされた刀身は、私のすぐ横で怪しげに光っていた。刃の先をわずかに震える瞳で追うと、私ではなく、私の背後にあった白い布の塊に沈んでいた。一瞬、安堵感がぽっと湧き起こったが、それはすぐに死という現実に掻き消された。
 先ほどまで微かに動いていた白い布は完全に静まり返っていた。それどころか、武者の刀はちょうど赤い紐の辺りに振り下ろされており、てるてるぼうずの頭と身体に当たる部分を両断していた。赤い紐の部分がその赤みを増していった。白い布は赤い紐の辺りから赤に侵食されていく。
 床につけていた手の指先に何かが触れた。温もりのあるドロッとしたもの。私は手を床から外して見た。その手は赤く染まっていた。その赤さが薄暗い空間の中でも色濃く見えた。
 血……!? と私は思った。慌てて私は視線を赤い紐の方に戻した。すると、先ほどまで真っ白だった布が、今では赤黒く染まりつつあった。自分が助かったという考えは消え失せ、人の死を目にして気が動転する。
 しかし、一方の武者たちは無感情に動き始めた。布に包まれた死体から刀を外し、何事もなかったかのように握り直した。そしてまた刀を振り上げた。
 私は死体から顔を上げ、武者の方を見た。武者はその身体を完全に私の方に向けていた。
 えっ……、と私は間の抜けた声を心の中で上げた。急に涙腺が熱くなり、一筋の滴が頬を伝った。
 その瞬間、武者は刀を振り落した。私の顔めがけて。
 真っ暗な闇の中に、刀身が放つ白い閃光だけが残像を残した。


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