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作品名:必要とあらば悪魔も正義に加担する 作者:alone

第9回 死神と呼ばれる男 弐
「道をあけてくれないか?」
 彼は静かに落ち着いた口調でそう語る。その表情には感情と呼べるようなものはなく、ただ無関心そうに無表情のままである。
 一方の俺は彼の言葉を聞き、やっと身体の緊張を少し解き、後ろに下がって脇に寄る。そして、あいた道をサクラさんはゆっくりと進んでいく。その手には散弾銃がぶら下がっており、歩くたびに左右に小さく揺れている。
 俺もサクラさんの後に続き、廊下を進んでいく。先ほどまで感じていた静寂の重みは今では消え去り、目の前の道はどこにでもあるような道に成り下がっている。まるで静寂までもがサクラさんを恐れ、その身を退いていったかのようだ。
 廊下を歩き切り、エレベーターを呼ぶ。エレベーターが到着するとサクラさんが先に乗り、俺が後から乗り込む。先に乗った彼は奥の手すりに手をのせ、壁に背をもたれかけている。俺はそんな彼の前に背を向けて立つ。
 彼は何もしゃべらない。ただただつまらなそうに視線を上に向けている。しかし、一方の俺は気が気でなかった。背後にサクラさんが居ると言うだけで、その圧迫感に息を詰まらせそうになる。全身の神経が背中に集まったような、異常な感覚に捕らわれる。背中にじんわりと油汗がにじみ出る。
 今までこのエレベーターをこれほど遅いと思ったことはなかった。何度回数表示を見ても、その表示はさほど変わり映えしない。どこか壊れているんじゃないかと疑ってしまうほどだ。いや、あのディスプレイ画面とエレベーター自体のどちらかは絶対に壊れているに違いない。絶対にそうだ。じゃなきゃこんなのおかしすぎるだろ。
 今にもパニックを起こしてしまいそうな心境のところに、やっとエレベーターの扉が開いた。そこは乗り物の置かれている階で、前回の任務(ドッキリ)の際にも来た階だ。俺は逃げるようにそそくさとエレベーターを降りると、前回同様にバンのあった方へと向かう。後ろにサクラさんが付いて来ているのは見なくても背中で感じられた。殺気や視線を感じるわけではないが、全身が何か警告を発しているような気がした。
 さまざまな車の並ぶ中、前回と似たようなバンの前にルピナスさんの姿を見つける。俺はそこに駆け寄った。
「おお、無事だったか。よかった、よかった」ルピナスさんは快活な声を上げる。
「ルピナスさん! 一体どういう意味ですか」俺はルピナスさんの縁起でもない言葉に声を荒げる。
「ハハッ、すまんすまん」
 ルピナスさんは笑って誤魔化す。だが、サクラさんが来たのを見ると、その笑みも薄く緊張に覆われる。
「おお、サクラ。久しぶりだな。元気にしていたか?」
 サクラさんはそんなルピナスさんの言葉に返事を返すことなく、無言でバンに乗り込んでいった。その様をルピナスさんは見つめて呟く。
「相変わらずだな」そして俺の方に向き直って言う。「まあ、とにかく行くか。どうせ今日はほとんど付き添いということになるだろうがな」
「はい」と一応返事を返したが、ルピナスさんの言っている意味はよく理解できなかった。

 バンの中には設置されたパソコンや映像を見つめる職員が二名いた。その二名に合わせて俺たち三人と運転手が一名の計六名がバンに乗って進んでいく。
 バンは揺れることなくするすると進み、目的地に到着した。今回も中くらいの大きさのビルが目的地なのだが、それは前回とは違い、きれいに白のペンキが塗られている。どの階の窓ガラスもきれいに残っており、磨いてまであるようだった。一階の入り口には曇りのないガラス製の自動ドアが設置されており、その前には一人の男が立って辺りを見張っている。
 道路を少し進み、ビルの向かいの路肩に停車する。
「よし、到着だな」
 ルピナスさんがそう呟く。それを聞いてかどうかは分からないが、サクラさんは立ち上がり、散弾銃を片手に降りようとする。
「おいおいサクラ、待ってくれよ」
 ルピナスさんは苦笑いを浮かべてサクラさんの前に立つ。サクラさんは面倒くさそうにその歩みを止めた。
「さっさと片付けてくる」
 静かな声でサクラさんはそう言った。そして、ルピナスさんを軽く押しのけ、一人でバンを降りていく。俺とルピナスさんもサクラさんの後を追って、バンを降りる。
 サクラさんは車の有無に関係なく道路を横切っていた。走っていた自動車は急ブレーキをかけ、罵声の代わりにクラクションを浴びせかける。だが、サクラさんは一瞥もくれることなく、そのまま突き進んでいった。
 道路を横切り一直線に向かってくるサクラさんを見て、見張りの男がその顔に警戒の色を浮かべる。彼は持ち場を離れ、向かってくるサクラさんの方に歩み寄った。彼の前にサクラさんが着くと、彼はその口を開く。
「おい。アンタ、なにか用か? ここがどこか分かって来てんだろうな?」
 そう言って彼は顎でビルの前に掛けられているものを指す。そこには○○組と書かれており、どうやら表向きでも普通にヤクザをやっているようだ。彼はガンを飛ばしてサクラさんを睨みつけている。
 しかし、一方のサクラさんはまったく動じた様子はないどころか、次の瞬間驚くべき行動に出た。
 サクラさんは右手に軽く持っていた散弾銃をしっかりと手に握り、その銃口を目の前の男の顎の下に滑り込ませる。そして何の躊躇もなく、その引き金を引いた。
 ドンッという重く鈍い音があたりに響く。その音はまるで地鳴りのように周辺を軽く揺らしたと感じてしまうほどのものだった。
 銃を撃たれた男の方は内部から爆発したかのように、その頭を吹き飛ばしていた。細切れにされた脳みその欠片を飛び散らし、耳や鼻からは血液とも髄液とも言えないものがだらだらと流れ落ちている。
 唐突な衝撃に俺は我が目を疑ってしまうが、サクラさんの方は何もなかったかのように散弾銃を男から離し、そのままビルの中へと向かう。男の死体は地面に倒れ込み、ダラダラと血だけを流している。
「サクラのやつ、本当に後先考えねえな……」
 ルピナスさんは憎そうにそう呟くとバンの中に戻り、中のスタッフに声をかける。
「おい、計画の方はどのくらい進んでいる?」
 すると、中にいた職員がルピナスさんの方に向いて答えた。
「現在、周辺地域の封鎖は90%まで完了しています。およそ2分後に完全封鎖できると思います」
「よし、分かった。あとは任せたぞ」
 そう言い残してルピナスさんはバンから降りる。そのままの勢いで俺の肩を叩き、「サクラを追うぞ」と言って道路を渡っていった。気付けば路上には乗ってきたバンしかなく、一台も車は走っていない。それどころか歩道にも人の姿すら見受けられなかった。どうやらこれが完全封鎖というもののようだ。俺は何もない道路を横切り、サクラさんの後を追ってビルに入っていく。

 自動ドアが開き、ビルの中に足を踏み入れる。すると、そこには大理石と思しき床の上にいくつかの死体が点々としている。まさに死屍累々という有り様だ。あまりの残虐さに俺は言葉を失ってしまう。
 死体はみなショットガンで撃ち抜かれており、皮膚はズタズタに切り裂かれ、肉を抉られて肉片をあたりに散らしている。
 そんな死体たちの先にサクラさんを見つける。その顔は何事もなかったように無表情であり、淡々とショットガンに弾を補充している。
 出会った瞬間に死をもたらすその存在は、まさに死神と言えるかもしれない。相手自体も悪人ばかりなのだろう。殺されて当然だとも言えるのかもしれない。
 けれど、本当にそれでいいのだろうか?
 その仕事に関わっていたから、殺される。どこまで関わっていたなどに関係なく、容赦のない裁きが下される。まるで〇×ゲームのように、はっきりと二つに分けられて裁きが加えられる。そこに△なんてなく、ましてや□なんてありはしない。
 生か、死か。そこにはその二つしかない。そして――それを裁量する天秤は限りなく死に傾いている。
 しかし、やっぱりそれはおかしいと思う。間違っていると思う。
 そんな思いに駆られ、俺は口を開く。声を荒げる、サクラさんに向けて。
「サクラさん! なんでそんなにも簡単に人を殺すことが出来るんですか?」
 サクラさんは銃に弾を装填しているが、その手を止めた。顔を少しこちらに向け、俺の顔を見る。
「どういう意味だい?」
 落ち着き払った静かな声。何人もの人々を殺したあとに出せる声だとは思えない。それこそ、もし死神が実在すると言うのなら、サクラさんのような冷たく冷めた声をしているのかもしれない。
 胸の奥に恐怖の種が生まれたのを感じつつも、俺はサクラさんに言葉を返す。
「悪人だって生きているんですよ?! そりゃあ、情けをかけろなんて言うつもりはありませんが、命ってこんなにも簡単に奪われて良いものじゃないはずですよ。命ってもっと重いものじゃないんですか?」
 俺は声を張って熱弁をふるった。サクラさんは静かに聞いてはいたが、俺が言い終えたのを確認すると弾の補充をやめ、来たときのようにショットガンを片手に軽く持つ。そして、俺の方に身体ごと向け、俺と正面で向き合う。
「命の重み……。それはどういう意味だい?」
 サクラの言葉は静かに俺の胸に切り込んでくる。予想外な言葉に俺は答えに困る。
「えっ……。そ、そのままの意味ですよ。命は重いものだっていう……」
「だから、その重みとやらが何なのかについて訊いているんだよ」
 静けさが少しひき、サクラさんは軽く荒々しい声ですぐに言葉を投じてきた。そのちょっとした変化を気迫として感じ、俺は縮こまってしまう。
「えっ……」
 手足を引っ込め、首も引っ込めた亀をいたぶるかのように、サクラさんは小さくなってしまっている俺に言葉を畳み掛けてくる。
「その重みは量りに乗せたら量れるのかい?」
「……いやっ」
「じゃあ計算式にでも当てはめたら求まるのか?」サクラさんは荒々しさを増していく。
「…………いえっ」
「なら葬式で流された涙をかき集めてその重さを量れば分かるのか?!」サクラさんは怒りを全面に出して怒鳴る。
「………………わかりません」
 かすかに震えた声で俺はそう答える。
 辺りにはサクラさんの怒号が響いていたが、それも収まりを見せるとサクラさんの荒い呼吸だけが聞こえる。その呼吸も時間とともに落ち着いていき、平静時のものへと戻っていった。
「あっそ」サクラさんはまた静かな声でそう言う。そしてその身を翻し、一人で二階に通じる階段の方へと向かう。「くだらないことで時間を無駄にしないでくれるかな」
 サクラさんは背を向けたままで言うと、階段を上っていった。
 残された俺は恐怖心などでその場に固まってしまっている。そんな俺の肩を、隣で聞いていたルピナスさんが掴んだ。
「大丈夫か?」ルピナスさんが穏やかな口調で訊ねる。
「あっ、はい。一応……」俺は力ない返事を返す。「ルピナスさん……」
「ん? なんだ?」
「俺は間違っているんでしょうか……?」
 俺の問いかけに対し、ルピナスさんは神経質そうに頭を掻きながら答える。
「ん〜……どうだろうな。正しいか間違っているか、と訊かれても答えようはないな。俺たちの存在自体が正しいか定かじゃないしな。……まあ、そんなことを言っちまったら元も子もないか」
「…………」俺は顔を俯けて黙り込んでしまう。
「すまん、すまん。ややこしくなっちまうな」ルピナスさんは苦笑いを浮かべている。「まあ、今回のことに関してのみ言うのなら、お前に非があるだろうな」
「俺にですか?」俺は顔を上げてルピナスさんを見る。
「ああ。お前には従っているルールがないからな」
「ルール?」
 ルピナスさんはその場にはもう居ないはずのサクラを見つめるように、視線を階段の方に向ける。
「サクラにはサクラのルールがある。自分で決めたルールがな。それは奴の中では法であり、また戒めでもある。そして、サクラはそのルールに従って殺しをしているんだ。でも――」ルピナスさんは俺の方に視線を戻した。「お前にはまだそれがない。自分で定めたルールがな。それでサクラに意見するのは、反論も用意していないのに批判しているのと同じだ。誰がそんなものに耳を傾ける?」
「…………」
 まったくその通りだ。俺には返せる言葉なんてない。
「お前がさっき言っていたことは一面的には正しいだろう。道徳的とか人道的とか言えるものだ。……だがな、しょせんは薄っぺらい偽善に過ぎない。そこには何の深みもないんだ。世間一般的に言われた通説を掲げたって、誰の心にも響きやしない。それこそ、お前の言葉には『重み』がないんだよ」
「……その通りですね」
 今にも消えそうな弱弱しい声を零す。この世界に慣れたとか言っていた自分が馬鹿らしく思える。いや、本当に馬鹿だったんだ。俺はこの世界の何も分かっちゃいなかった。殺し屋組織に加わって調子に乗って、銃を撃てて勝手に図に乗っていただけだったんだ。
 この世界をもっと知りたい。サクラみたいになりたいってわけじゃないけど、自分の中に明確なルールを作りたい。善と悪を分けるなんて大層なものは要らないから、殺す、殺さないを判断できるルールが欲しい。その判断に絶対的な自信を持てる、ルールが欲しい。
「ルピナスさん!」俺は彼の方に声を上げる。「サクラさんのことを教えてくれませんか?」
「サクラのこと?」ルピナスさんは驚いたような表情を浮かべている。
「サクラさんのルールが出来上がった経緯を知りたいんです。教えてくれませんか?」
「ん〜……」ルピナスさんは少し悩んだ様子を見せたが判断を下す。「よし、良いだろう。だが、まずはサクラに追いつかないとな。話はそれからだ」
「分かりました」
 そう言って俺たちは階段を上がっていった。


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