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作品名:必要とあらば悪魔も正義に加担する 作者:alone

第8回 死神と呼ばれる男
 あの初任務もどきのドッキリから二週間が流れた。あのとき取られた映像は編集され、新入りである俺の紹介映像として組織の中に流された。おかげで一時的だった佐藤(仮名)という呼び名はなくなり、今では「失神」とかそういう類の呼ばれ方をしている。それは組織の中に俺も受け入れられたということなのだろうが、どうにも納得がいっていない自分が少なからず居た。まあ反発をすればするほど相手が面白がるものなので、俺はなくなく妥協し、割り切ることにした。
 さらに二週間もあれば、俺もこの組織に慣れることもできた。予想以上に広かったこの組織の施設も主要なものは大体覚えたし、銃の扱いだって慣れてきた。近距離戦闘などの格闘術に関しては鍛錬不足なためにまだまだ未熟ではあるが、銃の腕前はなかなかなものだと自負できる。まあ、使えるのは拳銃だけなんだが。
 加えて、改めてこの組織には多くの人々が所属しているのが実感させられた。仕事は殺しに限られたものではなく、どちらかと言えばそれ以外の方が多い印象を受ける。どんなことを管理しているのかは知るところではないが事務業を務める人々も居るし、何かを研究している研究員もいくらか居る。はっきり言ってしまえば、殺し屋の方が少数派と言っても過言ではないかもしれないほどだ。そのため、この組織内で殺し屋側の人間に会うことは意外に少ない。射撃場や道場で見かけることは時々あったのだが、その集中力に圧倒されてどうにも声をかけづらく、関係の広がりはあまり見せていない。もちろん、気楽に声をかけてしまえば良いじゃないかと思うかもしれないが、ある話を聞いてからそれすらもできなくなってしまった。
 サクラには気をつけろ。
 丞もホウセンカもルピナスさんもツワブキさんも、みんながみんな声を揃えてそう言う。それこそ客を装う偽客という意味のサクラには気をつけるべきではあろうが、ここでの意味はもちろん違う。
 コードネーム、サクラ。組織内で最も恐れられた存在。その人についてみな一様に口を揃える――サクラは死神だ、と。



 いつもと同じように組織につながる隠し扉へと向かう。まだコードネームを与えられていない俺は正式なアクセス権も持っていないため、丞とともに組織内へとつながるエレベーターに乗った。
 ちなみに、コードネームが与えられるのは能力などが認められた場合なので、それまでは俺における丞のような目付け役が付くことになっている。つまり、コードネームを与えられるまでは一人で組織に入ることすら出来ないのだ。まあ俺の場合は丞が親友であるから、これといって苦と思うことはない。
 エレベーターは流れるように滑り落ちていき、目的の階に到着する。扉が開かれると久しぶりにそこにはルピナスさんが立っていた。
「今日はお前たちに任務を持ってきた。つまり、失神くんには初めての任務ということになる。まあ、詳しい話は作戦室で話す。一緒に来てくれるか?」
「了解しました」
 俺ら二人はそう返事をし、ルピナスさんの後に続いた。以前使ったのと同じ作戦室に入る。しかし中は真っ暗で、まだ誰も来ている様子はなかった。ルピナスさんが電気を点け、真っ暗な空間にぼわっと白い円卓が照らし出される。
「適当に席にかけてくれ」
 ルピナスさんはそう言いながら奥の席に向かい、そこに腰を下ろした。俺たちも手前の席をてきとうに選び、そこに座り込む。
「では、今回の任務の概要について説明する。今回のターゲットは、お前たちと少々関係のある者たちだ。というのも、以前ルドベキアのもとに殺し屋を差し向けてきた連中だからな。そして、それが原因で失神くんも俺たちの仲間入りを果たしたというわけだしな。まあ、あのときは下っ端中の下っ端だったから何の問題もなかったのだが、最近そいつらの俺たちに対する敵対行動が顕著になってきている。先日も任務中にうちの者が襲われたりした。そのため、今回は彼らの殲滅を行う」
 慣れたと言ってもさすがに今回は俺も言葉を失う。確か前に依頼で商売敵を殺すよう依頼されても受けたりしないと言っていたはずなんだが、自分たちの場合はどうやら例外のようだ。これではまるでマフィアの抗争としか思えないが、同じ裏稼業同士だから似るのは当然なのかもしれない。
 金額がある一定ラインを越えると現実味を持たなくなるように、殲滅なんて依頼になんの実感も持てていない俺を差し置き、丞が疑問をぶつける。
「けれど殲滅をするわりには他に誰もいないのはどうしてですか?」
「ああ、そのことか。そのことについては今から話そう。まず今回のチーム構成だが、俺とルドベキア、失神くん…………そして、サクラだ」
「えぇ?!」丞が声を上げる。「サクラさんが来るんですか?」
 その口調は信じられないという感じだ。まるで身内の死を聞かされ、本当かどうかを訊き返しているような感じだった。
「ああ、今回はサクラが適任だと判断が下された。……それで話を戻すが、今回はルドベキアに大体の計画を立ててもらったうえで、俺と失神くん、そしてサクラで奴らのもとに潜入する。まあ、一応潜入なんて言っているが、サクラの性格を考慮すれば、おそらく突撃という言葉の方が適しているかもしれないがな」ルピナスさんは苦笑いを零す。「では、説明はこのぐらいで終わりにする」
 終わりを告げられたところで、今の俺には届いていなかった。殲滅という現実味のない話を聞かされていたところに、まさか誰もが恐れるサクラという人間とともに任務をするとは思ってもみなかったからだ。さらには一緒に現場に行くなんて、恐いにもほどがある。想像力ばかりが加速して、勝手に恐怖心が煽られていく。
 茫然自失という有り様になっていた俺の肩を不意に誰かがつかむ。一瞬ビクッと身体を震わせてから俺は振り返った。そこにはルピナスさんが立っている。
「お前にはちょっとしたつかいを頼みたい」
「一体なんですか?」俺は席を立ち、ルピナスさんに向き合う。
「お前にはサクラを迎えに行ってきてもらいたい」
「えっ?!」一瞬きき間違いではないかと疑ってしまう。「サクラさんってやばい人じゃないんですか?」
「まあそうなんだが、下手なことをしなければ大丈夫だろう。ほら、これが鍵だ」そう言ってルピナスさんは俺の手の上に銀色の鍵をおく。「サクラは一番下の階に居る。どの部屋かは行けば分かるだろう。じゃあ頼んだぞ」
 言い終えるとルピナスさんは丞の方へと向かい、計画についての話を始めた。俺は視線を手の平に戻す。そこには鍵が乗り、ひんやりとした感触を広げている。溜め息をひとつ漏らし、恐怖心の混じる想いを呑み込んで出口へと向かった。

 エレベーターに乗り、言われた通り一番下の階のボタンを押す。扉が閉まり、地の底へと静かに滑り落ちていく。
 速さが遅くなり、遂にはエレベーターが停まる。チンッという軽快な音を響かせて扉が開くと、静寂が流れ込んでくる。それはエレベーター内の空気と混じり合い、すべてを静寂に呑み込んでいく。
 俺は数歩進んでエレベーターを降りる。すると、まるでこの場の空気に耐えられなくなったようにエレベーターはその扉をすぐ閉め、逃げるように上がっていった。俺はひとり残される。
 そこはまるで海底のような雰囲気を漂わせていた。分解された生き物の死骸のかすが底に積もっているように、そこには静寂が重く深く積もっている。生気はまったくなく、死だけが漂い包んでいる感じを受ける。一歩足を踏み出すと、その衝撃で積もったものが舞い上がり、辺りに漂い浮かぶ。そして、自らの重みで沈みゆき、また床に静かに着地し動かない。そこには静かに死が積もっている。
 響きの鈍い足音を鳴らし、俺は前に進む。その階はエレベーターの前から一本の廊下が真っ直ぐ続いているだけであり、海底にわずかに注ぐ日の光のような淡い明かりを電球が落としている。廊下の両脇には鉄格子が等間隔で並べられており、その向こうをさらに広い間隔で壁が分け隔てている。見ての通りそれはすべて監獄なのだが、その鉄格子の向こうに囚われている者は誰一人として居ない。濃い闇だけが居座り、静かに息を殺している。
 俺は鉄格子の間を進んでいく。ただ真っ直ぐ前に。そして、廊下の終わりに辿り着く。
 そこには一つの扉がある。コンクリートむき出しの冷ややかな扉。ちょうど目線辺りの高さには小さな長方形が切り抜かれており、そこにも鉄格子が何本かはめられている。
 俺は手に鍵を握り、その扉の鍵穴に差し込む。鍵はするりと中に入り、回すと簡単にその身を動かした。カチャンッという乾いた音が小さく響き、静寂を乱す。しかしすぐに静けさが降り立ち、空気は静かに沈んでいく。
 扉を手前に引く。最初は少し力が必要だったが、ある程度開くと簡単にその身を俺に委ねた。扉が完全に開かれる。
 部屋の中にも静寂が積もっている。天井からは一個の電球が吊るされており、それ以外に照らすものは何もない。部屋の端には小さな本棚が置かれ、光の及ばぬ影の中にその身を沈めている。そして、吊るされた電球の真下にはロッキングチェアが置かれ、そこに座り込む男性が一人いた。木綿の白のロングTシャツを着て、ベージュのチノパンを履いている。背もたれに深くもたれ、その手には文庫本が開かれていた。こちらには背が向けられており、その顔を窺い知ることはできない。
 死んでいるのではないかと思うほど、彼はまったく動かない。その身を静寂に沈め、その一部と化しているようだ。しかし、実際には生きている人間であるから動かないはずはなく、彼は文庫本のページをひとつ捲った。ペラッという軽薄なはずの音が、あたりに鋭く響く。鋭利な刃のように、静寂を切り裂いた。
「もう時間かい?」
 囁くような声が不意に問いかけてくる。その声は積もった静寂の表面を撫でるように進み、俺の耳に届いた。あまりに静かな声に俺は一瞬聞き流してしまいそうになってしまうが答える。
「………………あっ、はい」
 それほど大きな声で言った覚えはないが、俺の声は部屋の中に反響する。俺は取り返しのつかないことをしてしまったような後悔を感じ、全身に緊張を走らせる。
 パタンッ。
 文庫本を閉じる音があたりに響く。俺はその音に身を固めてしまう。
 彼は閉じた文庫本を持ち、椅子から立ち上がる。ゆっくりと影に隠れた本棚の方へ進み、そこに文庫本をしまい込む。そして、その本棚の後ろから何かを取り出した。その何かが暗い影の中から明かりの下に出されると、その正体を知った。それは散弾銃やショットガンと呼ばれる銃器だった。
 片手に銃を持った彼は、そのままゆっくりと俺の立つ扉の方へと向かってくる。そして、ついには俺の目の前に立つ。
 俺は恐怖のあまりに動けず、その場に留まっている。目の見開き、心臓が飛び出しそうなほど脈打っていた。恐る恐る俺は視線を彼の顔の方へと移し、その顔を見る。彼は世間的に優男と言われるような顔つきをしている。ただ、その瞳は冷ややかなもので、無関心そうに俺に向けられていた。


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