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作品名:必要とあらば悪魔も正義に加担する 作者:alone

第7回 初任務 肆
 両手でグリップを握り、右手の人差し指を引き金にかける。正確に狙いを定めるわけではなく、銃口を相手に向けている程度の構えを取った。
 しかし、所詮は素人の真似事である。取り出す速さは遅いもので、グリップに手をかけてから構えるまで時間がかかり過ぎてしまっていた。目の前の男はすでに右手に拳銃を握り、その銃口をこちらに向けている。
「銃を持ってるってことは、ただのガキじゃねえよなぁ?」男は不気味は笑みを浮かべる。「一体誰に依頼されたんだ?」
 刺すような殺気のこもった低い声が訊いてくる。恐怖のあまり、背中を何かがゾワゾワと這い上がっていくように感じる。口には生唾が溢れかえるばかりで、何の言葉も見つからない。一度唾を飲みこみ、喉仏を上下させる。
 バンッ!
 男が急に発砲した。その音を聞いた瞬間、俺は跳び上がりそうなほど身体をビクッと動かした。
 男の撃った弾は俺の足元にめり込み、薄い煙を上げている。男はまだ硝煙の昇る銃口を改めて俺に向ける。今度はその表情から笑みが消え、真剣な面持ちになる。
「もう一度訊く。誰に雇われた」
 そんなに訊かれたところで俺に答えられるものなんてありはしない。今の俺にできる選択は、二つに一つ。
 ――何もせず殺されるか、相手を殺して生き残るか。
 考えるまでもないことだ。どっちを選ぶかなんて、決まってる。何もせずに死にたくなんてない。
 しかし男は、俺の考えを嘲笑うかのように言う。
「下っ端のくせに馬鹿なことは考えない方が身のためだぞ。お前の手つきを見てれば分かる。銃の扱いなんて、てんで素人だからな」
 何もかも見透かされている。でも、退くなんて出来ない。引き金を引くしかないんだ。
 相手は俺が何も知らないことを知ったら、すぐに手を下すだろう。俺なんかより場馴れしているホウセンカがやられたほどだ。よっぽどの腕前に違いない。
 これほどの状況において、俺が取れる作戦なんて一つしかない。先手必勝。先に撃つんだ。
「おいおい、お前やる気みたいだな。せっかく忠告してやってるってのに、そんなに死に急ぐことはないだろ」
 男は小さくフッと笑みを漏らして、右手の銃をしっかりと俺に向ける。
「おい、安全装置がかかったままだぞ」
「えっ!?」
 俺は間抜けな声を上げて、つい銃を確認してしまう。しかし、安全装置なんてしっかりと外れていた。
 騙されたと気付いた瞬間、俺は死を覚悟する。絶望に縁どられた瞳を男に向けると、男がにんまりと残酷な笑みを浮かべているのが見て取れた。
 もう……終わりだ……。
 ターンッ!
 どこか遠くで音が聞こえた。一体何が起こったか分からず、俺は一瞬戸惑いを覚える。
 しかし、すぐに事態を把握した。
 男は右手から銃を落とし、その場に膝をつく。左手で右肩を押さえ、その表情は苦悶に歪められている。
 見てみると、窓にはめられたガラスには小さく丸い穴が開いており、ヒビがかすかに走っていた。つまり、男は右肩を狙撃されたのだ。ヒマワリの手によって。
 男は苦悶に歪めた表情のまま、俺を睨みつけてくる。サングラス越しでも、その瞳に憤怒の炎が滾っているのは分かった。
 次の瞬間、男はだらしなく垂れた右腕の肩を掴んでいた左手を、落ちた銃へと向ける。その掌は鮮血により真っ赤に染め上げられていた。
 何が何でも俺を殺すつもりのようだ。
 男の動きを見て痛感する。殺されるという恐怖心がふたたび身近になり、俺の中に別の考えを植え付ける。
 殺らなきゃ、殺られる。
 その考えに支配され、息を吸うように、心臓を動かすように、俺の手は無意識に動き出す。死にたくない一心で、俺は引き金にかけた人差し指を引く。
 バンッ!
 乾いた音が全身を突き抜ける。
 一方で、俺が放った弾丸は男の頭部を突き抜ける。男は苦悶の表情から一転し、その顔を絶望で彩り、そのまま床に倒れ込んだ。
 俺の体内では銃声が反響し続ける。それは消え入ることなく、深く長く響き続ける。
 俺は銃を握る手を見た。何の変哲もないはずの手が、今は血に染まって見える気がする。先ほど見た男の手と同じぐらい、真っ赤に染まって。
 俺は人を殺したんだ。
 目の前に倒れる男を見つめ、また自分の手に視線を戻す。肌色の手から、血が垂れ落ちる。
 俺は人を殺しちまったんだ。
 罪悪感やら何やらが一気に押し寄せてくる。世界の全てが敵になったような、絶望的な孤独を味わっているような気分になる。そして、これが殺し屋という世界なんだとも実感した。痛感した。
 俺はもう後戻りできない。
 普通と言われる日常に続く道が崩れていく音が聞こえる。目の前に続く唯一の道には、幾重にも死体が積み重ねられ、留まることなく深紅の血が流れ続けている。
 これが……殺し屋……。
 その場から動いていないはずなのに、どこか遠いところに居るような気分になった。すると、唐突に誰かが俺の肩を掴む。
 俺は驚きのあまり、ビクッと肩を弾ませて後ろをすぐに振り返る。しかし、そこに立っていた者を見ることは出来なかった。
 目の前には冷たく深い穴が口を広げていた。それが銃口であると気付いた瞬間に、乾いた音が耳に届く。
 パンッ!
 聞こえた途端、俺の目の前はその銃口から広がった闇に包まれた。全てが真っ黒に染まっていき、俺の意識は溶けて消えていく。



「…………。……お……。…………きろ」
 どこか遠くで声が聞こえる。その声は次第に大きくなり、俺の方に近づいて来る。
「起きろ!」
 すぐ傍に聞こえ、俺は目を見開いた。そのまま倒れていた身体を起こし、辺りをゆっくりと見渡す。そこは来たときに乗ったバンの中だった。
 頭にかかった靄を晴らそうと、俺は口を開く。
「俺は……生きてるのか……?」
「ああ、なんとかな」
 落ち着いた穏やかな声が答える。ルピナスさんだ。神妙な面持ちで俺の方を見ている。
 俺は生きているんだということを実感するまで、しばらく黙り込んでしまう。自らの手を見つめたりして、じっと固まっている。
 車内には重い空気が立ち込めていた。それもそのはずだ。ホウセンカが死んだのだから。仲間が死んで、悲しくないはずなんかない。
 だが、そこで誰かが笑い声を上げる。
「……ぷっハハハハハ」
 堪えきれず噴き出したという感じだ。こんな時にそんな笑い声を上げられるなんて全く信じられない。
 俺はそいつの神経を疑いながら、誰であるかを確かめようとする。けれど、先にルピナスさんが喋った。
「おいおい、笑うなよー」その口調は真剣というより、いたずらをする子供のようだ。「雰囲気ぶち壊しじゃないか。お前は本当に黙ってられねえんだな」
 ルピナスさんは呆れた溜め息を零す。一方、声を向けられた本人が座席の向こうから顔を出した。背もたれの影になっていて今まで全然気づかなかったが、それはホウセンカだった。
「そんなのしょうがないじゃん。まさか失神するとは思わないしさ」そう言って、ホウセンカは俺の方に顔を向ける。「お前は何が起こってんのか分かってねえんだろ。ほら、これ見ろ」
 そう言ってホウセンカは一枚の紙を取り出した。そこに書かれていたのは――ドッキリ大成功!
「え?」俺は気の抜けた声を漏らす。「えええっ?!」
 俺のリアクションを見て、またバンの中に笑い声が響く。見渡してみると、ホウセンカはもちろん、ルピナスさんやツワブキさん、ヒマワリさんも笑っている。丞に至っては「お前、ダサすぎだろ」と笑いながら俺の肩を小突いてきやがる。
 喋りたがりのホウセンカがまた口を開く。
「今回のは全部ドッキリだったわけ。ド素人をすぐに任務に連れて行くわけないだろ? でも、まさか失神するとはな。お前の後ろに立って音だけの銃撃ったの俺だったんだけどさ、お前倒れちまうもんだから、さすがに笑いを越えて、俺ひいちまったよ」
 ホウセンカはケラケラと楽しそうに笑い声を立てながら言ってきた。
 俺は穴があったら入りたいという気分を痛感する。しかし、そこでもっと重大なことを思い出した。
「で、でも俺、人殺しちまったんじゃねーの?」俺は舌足らずな感じで訊く。
「あぁ、それは気にすんなよ。どうせ死刑囚だからさ」
 ホウセンカは軽い感じで答えた。しかし、死刑囚とかそんなのは関係なく、俺は殺しを犯してしまったんだと知ると、目を見開いて言葉を失う。
「なーんてな!」ホウセンカは俺の肩を掴んで言う。「お前は誰も殺しちゃいねーから、安心しろって。ほら、出て来いよ」
 ホウセンカが前の座席の方にそう言葉をかけた。すると、助手席に見覚えのあるスキンヘッドがあり、こちらに振り返る。まさしく俺が殺してしまった男だった。
「今回は随分楽しませてもらったぞ」
 彼は思い出し笑いを含みながらそう言った。今度はルピナスさんが話す。
「彼もうちの組織の奴でな。名前はジンチョウゲだ」
 その紹介を聞き、ジンチョウゲさんは俺の方に手を出し、「よろしくな」と言ってきた。俺もその手を取り、握手を軽く交わした。
「でも俺、銃撃っちゃったのに、大丈夫だったんですか?」
「安心しろ。俺は能力のおかげで、死なない身体だからな」
「え?!」
 そんな能力まであるのかと驚いてしまう。その隙を見て、ホウセンカが口を挟んでくる。
「正確に言うと、誰にも殺されないっていう能力なんだぜ。でも、こんな怖い見た目してんのに、そのマイナスせいで虫一匹殺せないだよ。おかしすぎるよな?」
「うっせーぞ、ホウセンカ」ジンチョウゲさんはホウセンカの方に一喝を入れてから、俺の方を見る。「俺の能力を説明すると、何ものにも殺されないが、俺は何ものも殺せないんだ」
「そうそう。だから蚊に刺されてても、蚊を叩けないんだぜ」またホウセンカが茶々を入れる。
「だから、黙ってろつってんだろ」
 そう言ってジンチョウゲさんはホウセンカの頭に拳骨を食らわした。ホウセンカは頭を押さえて、「イッテ―な! 何しやがんだ」と声を荒げている。
 そのまま二人は言い合いを始めたが、放っておいてルピナスさんがこちらに話しかけてくる。
「まあ、今回のは新入りの歓迎会みたいなもんだから。みんな同じ道を通って来たんだよ」
「ああ、俺も最初にやられたからな」丞が会話に加わる。「でも、さすがに失神はしなかったわ。どんだけビビってんだよ」
 丞は俺を馬鹿にしながら、また腕で肩を押してくる。だが、丞に言われるのだけは癪に思い、「うっせーなー」と言いながらその手を払った。
 自分の失態が組織内に広がるのを恥ずかしく思い、俺はルピナスさんに釘を刺す。
「お願いですから、今回のことはあんまり言い触らさないで下さいよ」
「ああ、構わんぞ」ルピナスさんはすぐに答えた。
「本当に、お願いしますよ!」俺はさらにしっかりと釘を刺す。
「ああ、安心しろ。絶対に約束は破らん。絶対に『言い触らす』なんてしないからな」
 ルピナスさんはある部分だけをやたらと強調した。その違和感に嫌な予感がする。その気持ちを晴らそうと恐る恐る訊ねる。
「どういう意味ですか……?」
 俺の質問を聞き、ルピナスさんの真面目そうな顔がみるみる笑い顔へと崩れていく。
 ルピナスさんは笑いながら答えた。
「言い触らしはしない。が、見せまくったりはするだろうな」
 ルピナスさんは笑いを堪えきれなくなり、言葉が続かなくなる。そこで、丞が今度は話し出す。
「本当に途中にあったカメラがターゲットのもんだとでも思ってたのか?」
 その言葉を聞いた瞬間に、俺は「まさか……」という感じの表情を浮かべる。絶望の底へと突き落とされたような気分に陥る。
「全部録画してあるんだよ。お前がビビってるところも、最後の失神するところもな」丞はそう言って大声で笑う。
 聞いた瞬間に俺の頭は真っ白になる。口にしたのは、ただ一言。
「ええぇえええぇえぇええぇええぇええ!?」
 また気が遠くなりそうだった。


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