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作品名:必要とあらば悪魔も正義に加担する 作者:alone

第12回 死神と呼ばれる男 伍
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 作戦は至ってシンプルで簡単なものだ。
 まずは計画実行のための準備。四階で倒れている死体のもとに行き、手を合わせて謝ってからその血だまりに靴を浸す。靴底にしっかりと血が染み渡ったら、そのままで階段の方へと歩き、一階へと下りていった。一階のある部屋まで歩いていくと、そこで靴は見つからないように隠して靴下で動くようにする。靴でもなく裸足でもなく靴下になった理由は、靴下がクッションの役割をして消音性を発揮してくれるからだ。作戦のうえで、その消音性は必要となってくる。
 血の靴跡を一階までつけると、その靴跡を乱さないように気を付けながら四階に戻る。近くにある死体のそばに行き、そして作戦の実行に移る。
 一度深呼吸をしてから、俺は壁をおもいっきり殴った。ドンッという鈍い音が響く。俺はすぐに死体のそばに行き、その死体を少し引き摺る。なんでこんなことをしているかというと、正直言えば自分でも分からない。ただ理解不能なことをしていれば相手もその理由を解明しようするため、少しでも時間稼ぎになるかと思ったからやっているだけのことだ。ちなみにここで物音を鳴らして待機しているのにはちゃんとわけがある。もちろん物音を立てて逃げてもいいのだが、部屋の場所が中央ということもあって敵がどちらに向かうかが分からないからだ。人は無意識的に左を選びがちだともいうがしょせんは統計的な結果なので、危ない賭けには出るわけにはいかない。だからあえて自分の姿を見せるのだ。そうすれば相手はこちらの方を意識してしまう。
 それに、自分の姿を見せることで相手が子供だということを刷り込むことができる。しかし、それだけではいけない。子供一人が相手では出てくる人間は一人から二人程度だろう。だからそこで道具を使う。
 部屋からは一人の男が出てきて、俺を確認する。その瞬間に俺は拳銃を取り出して発砲した。
 バンッ、バンッ、バンッ――と、三発。
 男は血相を変えて部屋に飛び込んだ。俺はそれを見てから階段に向かった。
 こうすることで相手には銃を持っていることが伝わる。これで相手の中でも多数の頭に危険だという認識が作られた。簡単にたとえ話で言えば、仮に赤ん坊がおもちゃを振り回していても気に掛けるのは母親程度だろうが、もしそれがおもちゃではなくガラスコップなどになってしまえば急に周りの人も加わって投げたりしないようにするのに似ている。同じ人物であっても持ち物によって相手の認識は変わっていくのだ。
 加えて、それはもうひとつ良い結果を俺にもたらす。今回の作戦において重要なのは時間を稼ぐことだ。その重要性については後で話すことにして、そのもうひとつの結果とは、彼らの危険だという認識がもたらす警戒である。銃なんて使わなければ部屋から出てくる人数は少ないだろうし、何の躊躇もなく部屋を飛び出して俺を追ってくるだろう。しかし、俺が銃を持っていると分かっていれば、逃げているかどうかに構わず、まず部屋を出る際に警戒して慎重になる。そのうえ、銃を持ったやつが居るとなれば、サクラさんとの関係性を疑って捕まえようとし、確実に捕まえるために大勢出てくることだろう。
 そして、予想通りに男たちが少し警戒しつつも部屋から出てくる。その人数は八人。確実に俺を捕まえるつもりのようだ。
 しかし、当の俺はどこで何をしているかというと、現在、三階を走っているところだ。なんで走っているのかって? もちろん反対側の階段に移るためだ。ここで重要なのが先ほど言った時間だ。少しずつ時間を稼いでいたおかげで、俺は廊下を走り抜けることができる。
 さらに、そこには靴下も助力してくれている。靴下なんか走りにくいだけだろと思うかもしれないが、靴下が一番足音を消してくれる。早く走れるのは摩擦力の大きい靴や裸足なのは当然のことだが、静かに速く走るのならこの選択肢しかなかったのだ。
 まあ、とにかく俺は廊下を走り抜け、反対側の階段に着く。
 ここから力を発揮してくれるのは最初に残した足跡だ。何もない状態では行く先に悩んでしまうのが人というもの。なら進む道を用意してやればいい。だから、わざと靴跡を残して、彼らに進むべき道を用意してやった。それは森の中にある獣道のようなもので、ついつい辿りたくなってしまう。
 おかげで彼らは一階まで行ってくれ、戻ってくるまでの時間稼ぎもできるという寸法だ。それに一階にいてくれれば俺の発砲音に気付きにくいだろうから、一階を選んでもいた。
 というわけで無事に作戦は成功し、俺はサクラさんがつかまっている部屋の前まで気付かれることなく行けた。音などから情報を得て、タイミングを窺う。そして、これだと言えるタイミングを見つけて、俺は一気に飛び出した。
 サクラさんを救うために、銃を発砲して一人の男の利き腕を撃ち抜く。すぐに狙いは真ん中にいる男に向けて「動くな!」と喚く。男はゆっくりと両手を見せ、降参というような格好となる。
 俺は銃口をそいつに向けたままサクラさんの横に行く。右手で銃を持ったまま左手でサクラさんの手を縛るガムテープを剥いだ。何重にも重ねられていたが、ベリベリと剥ぎ取ろうとする。
 だがその瞬間、脇にいた男が動いた。俺が右腕を撃った男だ。
 彼は、右腕の傷口を押さえていた左手を懐に忍ばせ、そこから拳銃を取り出したのだ。俺は視界の端にその動きを捉え、咄嗟に回避行動を取る。男は取り出した勢いそのままに銃を構えて撃つ。
 バンッ!
 銃弾は俺の頬をかすめ、壁へと突っ込んでいく。俺の頬は切れ、細く血が垂れる。
 回避行動から体勢を立て直すために俺は床に前回りを一度した。その拍子にサクラさんの椅子を押し、サクラさんは椅子ごと床に倒れる。だが、気に留める余裕などなく、俺はすぐに起き上がり、銃口を男の方に向ける。
 しかし、落ち着いて狙いを定めている相手の方が有利だ。しかも、もう一人のボスらしき男も銃を取り出し、俺に向ける。
「さあ、銃を捨ててもらおうか?」
 ボスが形勢逆転と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて言う。
 二つの銃口に睨まれた俺はなすすべがない。仮に俺に銃が撃てるとしても一発限りだろう。しかし、一発で二人を打ち殺す手段はない。一人を撃ってもう一人へと狙いを変えている間に、撃ち抜かれることだろう。
 ここは大人しく銃を捨てるしかない。俺は構えを緩め、引き金から指を外し、両掌を相手に見せる。
「銃を捨てろ」
 脇に立つ男が言う。俺が撃ったためか、その声は息遣いが荒くて少し上擦って聞こえる。俺はその指示に従い、銃をゆっくりと床に置いた。そして、その銃を相手の方に向けて軽く蹴る。
 それを見て、相手二人は一瞬気が緩んだ。だが、その一瞬が命取りとなった。
 床に倒れていたサクラさんが身体を転がし、仰向けの形となった。その手にはなんとあのショットガンが構えられている。
 その様子を見た瞬間、二人の男の顔色が変わった。恐怖一色に染まり、そして、それが彼らの死に顔となってしまった。
 ダンッ! ダンッ!
 サクラさんは容赦なく発砲し、二人の男から命を奪い取った。
 これは偶然がもたらしたものだった。俺が腕を撃った男が発砲した際、サクラさんの手を縛るガムテープはほぼ剥がれていた。それは俺が椅子を押し倒した際に完全に剥がれ、サクラさんは両手が自由になった状態で床に倒れ込んだ。そして、そのサクラさんの先には、男たちがサクラさんから奪ったショットガンが転がっていたというわけだ。どうやら彼らはサクラを縛り上げたことで油断し、サクラさんのショットガンをボスの前にある机に立て掛けていたようだった。十人で取り囲んでいるときには、こんな風に逃げられるなんて考えもしなかったのだろう。
 そして、その油断のすべてが集まり、この事態を引き起こしていた。サクラさんは自らの銃を得て、男二人は殺された。
 サクラさんは二人の死を見届け、安堵とも徒労感ともとれる溜め息を零す。
「ふぅ……、足のガムテープを剥いでくれる?」
 サクラは変わりない落ち着いた声で言い、俺の方に足を向けて浮かせる。俺はそれに応えて、そのガムテープを剥ぎ取った。
 足がやっと自由になったサクラさんは立ち上がり、なまった体を慣らすように軽く伸びをする。
「さっきは……助かった……」
 人見知りをする子供が恥ずかしそうに言うように、サクラさんはぼそりと言った。感謝されるとなんだか気恥ずかしくなり、照れ笑いを浮かべながら答える。
「いや、別に俺は何もしてませんよ」
「…………それもそうだな」
 サクラさんはあっさり同意する。あまりの素っ気なさに俺は「えっ」と驚きの声を上げてしまう。だが、サクラさんは気にも留めることなく、さっさと部屋から出て行こうとする。
「あっ、待ってくださいよ」
 俺はそう言って慌てて拳銃を拾い上げ、サクラの後を追う。サクラさんは相変わらず気に掛ける様子はなく、一人でとっとと部屋を出ていった。
 しかし、そこでサクラさんは突然足を止める。ドアから出てすぐのところだったため、俺は軽くつんのめるが、なんとか踏みとめて部屋の中に留まる。どうしたんですか、と訊ねようと口を開こうとしたところ、それを遮るものがあった。
 サクラさんが急にショットガンを構え、目の前に撃とうとしたのだ。だが、それよりも先にバンッという乾いた音が廊下に轟く。
 サクラさんは苦悶で表情をわずかに歪め、手からショットガンを落とす。ガシャン、という大きな音が廊下に響き渡る。サクラは右手を押さえ、そこからはポタポタと血が滴り落ちた。
「なんでお前が普通に歩いてるんだ?」心臓を刺すような冷たさのある声がサクラさんに問いただす。「お前は縛られてたはずだろ?」
 その冷酷な声色に、俺は息を飲む。背筋を何かが走り、金縛りにあったかのようにその場に固まった。
 廊下には銃を持った男が近づいてくる乾いた靴音と、サクラさんの乱れた息遣いが響く。歩きながら男は喋る。
「おい、中にも居るんだろ? さっさと出てきたらどうだ」
 言葉の切っ先の向きが俺へと変わる。先ほど喋っていたのを聞かれたようだ。しかし言われた通りに動くつもりにはなれない。ここで出てしまえばサクラさん共々消されるのがオチだ。二人が助かる道はない。
「おい! さっさとしろ!」男が語調強く喚いた。
 俺は身体を小さく震わせたが、のこのこと出ていくつもりにはなれない。そんな時、サクラさんがこちらをチラリと見た。その視線と俺は目が合う。
 何かを伝えようとするその瞳を見て、俺の身体は自然に動き出した。右手に銃を握り、部屋のドアから飛び出す。一方、サクラさんは俺が動き出すより数コンマ前に身を屈め、使える左手をショットガンへと伸ばした。
 その動きを見て、すぐに男も反応を示す。銃口をサクラさんが取ろうとしているショットガンの方に向け、サクラさんの伸ばした左手を制止させようと一発撃った。
 だが、そのおかげで男は部屋から飛び出した俺に対する反応が遅れる。
 俺は部屋を飛び出し、前屈みになっているサクラさんの背中越しに銃を構える。狙いを男に定め、引き金にかけた指に力を込める。
 驚愕から男の眼は大きく開かれる。必死な形相で握っている拳銃の向きを俺へと変えようとする。しかし、それは間に合わない。
 バンッ!
 乾いた音とともに、衝撃が俺の身体を走る。放たれた銃弾は吸い込まれるように男の身体に命中し、内臓を切り裂く。
 男は糸の切られた糸あやつり人形のように支えを失い、体勢を崩す。倒れまいと出した足には力を入れきることができずに、ガクッと膝を折るとそのまま床に倒れ込んだ。握られていた銃が床に投げ出され、シュルシュルと音を立てて床の表面を撫でる。転がる銃が止まると沈黙が訪れ、男は倒れたまま床に鮮血を広めた。
 俺は呼吸を軽く整えてから、サクラさんのそばに寄る。サクラさんの方は廊下に座り込み、自らの服の袖を千切り、それで右手の傷を縛っていた。怪我は、指がもげたなどの重傷ではないにしろ、その血の量を見ると軽傷とも言い難いものだった。だが、弱音の一つどころか何も言うことなく黙々と作業的にこなし、普通に立ちあがってショットガンを左手で拾い上げる。そして俺の方に振り返り一瞥をくれたが、何も言うことなく階段へと歩いていった。
 歩き去るサクラさんの背中を見つめる。
 俺の中からは、サクラさんへの恐怖感とかそういう類のものはすべて払拭されており、ただただ敬服していた。自分より多くの人間を殺せるからとかではなく、単純で複雑な、言葉で説明できない不思議な感情が湧き起こっていたのだ。それはどんなにたくさんの言葉を用いても言い表せられないし、どんなに多くの言葉を交えても手に入れられないだろう。けど、さっきサクラさんと視線を交えたとき、ほんの一瞬の出来事だったけど、サクラさんと通じ合った気がしたし、本当のサクラさんを垣間見た気がした。それがもたらしたものであることは確かだろう。
 俺は廊下の先に消えるサクラさんの背中を小走りに追いかける。


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