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作品名:必要とあらば悪魔も正義に加担する 作者:alone

第10回 死神と呼ばれる男 参
 二階に着いてみると、やはりそこにも死体が転がっている。どうやら待ち伏せをしていたらしく、その死体たちは並んで寝ていた。しかし、みな何処かしらに大きな風穴を開け、床に突っ伏してまったく動かない。
 ダンッ。
 廊下中に重く鈍い音が響く。それは拳銃の軽い音と違い、芯から抉り取ろうとするような重みを含んでいる。
 音を頼りに廊下に出てみると、その先にはサクラの姿がある。今の一発が当たった敵が、サクラさんより少し先でちょうど倒れ込んだ。その口からは肺に残った空気が零れるように低い呻き声が漏れ、次第に消えていく。
「サクラさんは本当に一人で大丈夫なんですね……」
 一人ですべて始末していくサクラさんに感嘆とも言える声を俺は漏らした。その俺の言葉に対してルピナスさんは浮かない表情をしたが、すぐにいつもの感じに戻して喋る。
「じゃあ歩きながら話すことにしよう。サクラの過去について」
 ルピナスさんはそう言って率先して歩いていく。俺はそれを追って隣に並び、ルピナスさんの話に耳を傾けた。
 ルピナスさんはゆっくりと話し出す。



 当時、サクラは大学生だった。その淡白な性格ゆえに友人には恵まれておらず、大学でも一人で読書をして過ごすことが多かったそうだ。キャンパス内のベンチに腰掛け、文庫本を淡々と読んでいたことが日常だったらしい。
 そんな中、一人の女性がサクラの目の前に現れた。彼女の名前は、大山さくら(オオヤマ――)。彼女との出会いがサクラを変えたんだ。
 彼女は明るく快活な性格で、サクラとは真逆に他人に対しては興味深々という女性だった。その性格もあってか、彼女はベンチで読書をしているサクラに話しかけていった。最初は「なんの本読んでるの?」程度のことだったが、その話題はどんどんと広がっていった。一方で、サクラも最初は良く思っていなかったが、徐々に自らの心を開いていった。
 そして、二人は出会いから数ヶ月して付き合うようになった。
 それからは彼女の性格が影響してか、サクラは少しずつ感情豊かな性格へと変わっていったそうだ。よく笑うようになったし、赤の他人に対しても優しく接するようになった。彼女との出会いが、サクラを良い方へと変えていってたんだ。
 だがある日、事件は起こった。
 その日は、春を迎えて気温が上がってきていた中で久々に肌寒い日だった。休日だっていうのに朝からしとしとと雨が降っており、空は春らしくなく鈍色に沈んでいた。
 二人はその日にデートの約束をしており、一緒に買い物に出かけていた。場所は、最近できた複合商業施設。さまざまな種類の店が出店しており、一日いても飽きそうにないところだった。しかし、完成して間もないために人の数が尋常じゃなかった。
 もともと人が多いところが苦手なサクラは彼女のために我慢して買い物に付き合っていたが、長い付き合いである彼女には見破られ、昼過ぎには帰ることになった。どこの店も混んでいるために、外でランチを食べようとそこを後にしようとする。
 しかし、そこで彼女がトイレに行きたくなったそうで、彼女は中に戻ることにした。サクラも「付いて行こうか?」と言ったのだが、彼女は「人混みは苦手なんだからいいよ。ここで待ってて」と言い、サクラを外に残して一人で中へと戻っていった。
 十数分経ち、サクラはおかしいと思って彼女の携帯に電話をかけた。すると、彼女いわく女子トイレは相当混雑しているらしく、まだ少しかかりそうとのことだった。電話を切り、サクラはまた待ちに徹した。
 だが、そこで辺りに衝撃が走った。周囲を爆音が包んだのだ。
 その音は施設の上層階から聞こえてきて、サクラは反射的に上を見上げた。すると、施設の壁から炎が噴き出しているのが見て取れた。どうやら爆発があったらしい。サクラは何かしらの事故があったのではないかと思い、彼女のことを心配した。彼女が怪我でもしないか心配だった。
 しかし、事態は悪夢のような展開を見せた。
 続けざまに施設から炎が吹き出し、轟音がサクラの耳に届いた。それは事故なんてものではなく、まさしく爆破といえるものだった。正確に柱を狙っているようで、爆発音が終わった後は崩壊への足音があたりに響き出す。
 サクラは危険だと感じ、必死に施設内に向けて彼女の名前を呼んだ。しかし、中からは大勢の人々が押し寄せており、彼らの悲鳴などに掻き消されてしまう。でもそんなことに関係なく、サクラは叫び続けた。喉が枯れようがお構いなしに、彼女の名前を呼び続けた。
 鈍い嫌な音が聞こえてくる。ふっ、とサクラは上を見上げると、一気に建物が崩れ落ちていった。内側になだれ込むように、建物の側壁が吸い込まれていく。そして、目の前の一階の出口から一気に粉塵が吹き出し、そのまま出口から数メートルを残して瓦礫に呑み込まれてしまう。
 一瞬悲鳴が響いたが、不思議とあたりは静まり返った。目の前の現実を現実として受けとめられないという表情を浮かべ、皆はその場に固まっていた。そして、サクラもその一人だった。
 サクラは絶望に満たされ、その場に膝をつく。最後の望みをかけて、ポケットから携帯を取り出して彼女に電話をかけた。
 プルルルルル……プルルルルル……。
 出てくれ、とサクラは祈り続ける。
 プルルルルル……プルルルルル……。
 出てくれ! 出てくれ!
 プルルルルル……プルルル。「お客様のおかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません」
 女性の声が淡々とそう伝えた。しかし、サクラはそんなのが信じられなかった。さっきまで通じていたはずの電話が、かからないなんておかしいと思ったからだ。
 だからサクラは何度も電話をかけた。何度も、何度も。しかし、その答えは毎回変わることはなかった。サクラは頭の中が真っ白になり、携帯をぽとりと地面に落とした。

 それから数時間後、錯綜していた情報もまとまっていき、事態の把握が進んでいった。
 爆破は巧妙に計画されたもので、周辺地域への被害は粉塵など以外には一切なかった。そのためか、最悪なことに死亡者は負傷者を上回っており、負傷者が数百人に対して、死亡者は数千人に及んでいた。つまり、建物内に残っていた者はほぼ全員が死んだことになる。
 サクラはごく僅かな可能性を信じていたが、虚しくも彼女の死亡が確認されてしまった。サクラは絶望の底に沈んでしまう。
 そんな中、サクラの携帯が鳴った。サクラは力なく電話を取り、その液晶を見つめる。だが、そこに表示されていたのは見知らぬ番号だった。サクラは一応でてみる。
「もしもし。こちらは〇〇産婦人科病院ですが、<サクラの本名> さんでしょうか?」電話応対に慣れた中年ぐらいの女性の声が聞こえてくる。
「……はい」サクラは弱弱しく答える。
「大山さくらさんの携帯におかけしたのですが通じませんでしたので、その場合はこちらにかけるように希望されておりましたから、かけさせていただきました。今日の定期健診の件で変更をお伝えしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「定期健診……?」サクラは一体なんのことか分からなかった。
「いえ、心配することではありません。ただの妊娠の検査ですから」
「……妊娠?」サクラはまったくの初耳だった。
「ご存じないのですか? 大山さくらさんは妊娠五か月なんですよ?」
 その言葉を境に、サクラはもう何も耳に届かなくなった。手からするりと携帯が抜け落ち、床に落ちた。
 サクラは最愛の人を失い、そして、同時に子供も失ったのだ。

 数日経ち、その爆破の首謀者が明らかとなった。それは国際的に過激派として知られるテロ組織で、あの日はあの商業施設を訪れることになっていた要人一名を殺すために、あのような事態を起こしたそうだ。それは政府に対する脅しも込めたものだったらしい。
 当時の俺はまだ組織に入ってから数年しか経っておらず、管理職なんてものには就いていなかった。
 そんな時に政府の要望により、ある依頼が舞い込む。それは過激派テロ組織の日本支部を壊滅させるというものだった。過激派ということもあり、我々は計画に計画を重ね、完璧な戦略を練っていった。
 そして、その計画を実行する時がきた。我々はテロ組織にばれないように慎重に事を進めていき、あたり一帯を完全に封鎖した。表も裏も多数のメンバーで固め、一気に突入した。
 しかし、そこには敵の姿などなかった。計画がばれて逃げられたわけではない。正確に言えば敵の姿はあったのだ。だが、生存者はどこにもいなかった。
 中には敵の死体ばかりが転がっており、壁や床には血肉が飛び散っていた。あまりの惨状に俺たちはぜんいん言葉を失ってしまった。しかし、その場に留まっているわけにはいかず、すぐに目的を変更し、敵の殲滅ではなく生存者を探すこととなった。
 我々は一階ごとにくまなく捜索をしたが、誰一人として生存者はいなかった。あるのは死体ばかりだった。
 そうして我々は遂に最上階に辿り着いた。そこにも死体は転がっていたが、そこでやっと生存者を発見した。この支部の長を務める者が使っていたであろう広い部屋の奥にある立派な机の上に一人の男が座っていた。彼は血の匂いが立ち込める部屋の中で、平然とした様子で文庫本を読んでいた。
 そう。そこに居たのが、サクラだった。
 サクラは無表情で文庫本を読み続けている。本を持つ手は血まみれで真っ赤に染まっており、文庫本も赤色に染め上げていた。
 その様に俺は背筋を凍らせ、本気で恐ろしいと思った。同じ人間であることが信じられなかった。
 俺は恐怖に突き動かされ、銃を構える。そのままサクラの方へと歩み寄って喚いた。
「お前は何者だ!」
 俺は銃口を突きつけた。けれど、サクラは動じることなく文庫本を読み続けた。
 俺は不気味に思い、銃でサクラの持つ文庫本を叩き落とした。落ちて開いたままになった文庫本を見ると、それは中までも真っ赤に染まっており、文字なんて読めたもんじゃなかった。まるで血だまりに浸けたような状態だった。
 一方のサクラは文庫本を叩き落とされても、そのままで固まっていた。全くの反応を見せないサクラを俺は不審に思ったが、その印象はより一層深まる。
 突如、サクラは涙を流し始めたのだ。静かにさめざめと涙を落とす。そして、小さな声で呟き出す。
「さくら……さくら……さくら……さくら……」
 サクラは「さくら」という言葉を何度も何度もくり返した。その声は徐々に大きくなっていき、遂には叫ぶようになっていった。
「さくら! さくらあああああ!」
 サクラはぼろぼろと涙を零しながら、「さくら」と叫び続けた。
 我々はサクラを精神的錯乱状態と判断して、数人で抑え込んで捕らえた。そのまま事情を聴取するためにサクラを組織へと連行した。
 組織では俺が事情聴取をするように指示されて、サクラのもとに向かって話を聞いた。サクラの話によると、サクラはあのテロ組織がサクラの恋人と子供を奪ったために、その復讐としてそこを襲撃したそうだ。その中で主犯と思われる人物を見つけたため、そいつになぜ彼らを殺したのか問い質したら、彼はこう答えた。
「理由なんてねーよ。そこに居合わせたのが悪いんだろ」
 男は彼女らの死を侮辱するように笑い、サクラに唾を吐きかけた。おそらくそれは死を覚悟した敵の最後のあがきだったのかもしれない。
 だが、それは火に油を注ぐどころか、サクラのすべてを変えた。サクラの中で何かが崩れてしまったのだ。
 そうしてサクラは狂気に身を任せ、狂ったように殺しまくったのだ。テロ組織の全員を。
 そんなことが一般人に出来るなんて信じられず、我々はサクラが能力者である可能性を疑ったのだったが、その結果は思わぬものだった。それによるとサクラは能力者ではないが、一般人とも違うとのことだったのだ。簡単に言ってしまえば、サクラは異常者と呼ばれる存在と思われた。
 だが、そんなことは関係なく、組織上層部はサクラのその破壊的な力を欲した。言うならば異常というその能力を。そのため、サクラはこの組織に加わることとなった。
 それから、サクラは悪人を殺し続けた。そのことを当時の俺もまともなことだと思えず、なんでそんなことが出来るのか訊ねたことがある。すると、サクラは答えた。
「理由なんてない。その場に居合わせるのが悪いんだ」
 あまりにも無表情なその顔に、また俺は戦慄を覚えた。しかも、その答えがサクラの恋人と子供を奪った奴と同じということにも驚きを隠せなかった。
 でも、俺なりにも考えた。サクラは本当に狂っちまったからそんなことが出来ているのか、とね。そして一つの結論に至った。
 もしかするとサクラは絶対的な悪になろうとしているのかもしれない。誰からも憎まれる存在になろうとしているのかもしれない。
 この世で起こる殺しに良いものも悪いものもありはしない。もし自分の家族が殺されて、それが世間的に良いことだったなんて言われても受け入れられないはずだ。良いことだから、と割り切るなんて出来るはずがない。
 だから、サクラは殺しを犯すものとして、すべての人から恨まれる存在になろうとしているのかもしれない。サクラが絶対的な悪になってしまえば、サクラが殺した者の遺族はなんの躊躇もなく恨むことが出来る。彼らは何の迷いを抱くことなく、サクラを呪うことが出来るんだ。彼らの想いは行き場を失うことなく、すべてサクラに向けることが出来るんだよ。
 サクラがどんなルールを決めているかは聞いたことはないが、俺が推測するにそれは、遺された者の憎悪をすべて受けとめる、というものかもしれない。だから、サクラは安易に人を殺しているのではなく、殺したことにより発生するものに対して覚悟を決めて手を下しているんだ。



 ルピナスさんはサクラさんの過去に合わせて自分の考えも述べた。それを聞き、俺もサクラさんはそんな風に考えているのかもしれないと思い出す。
 だが、そうは思っていない人もいた。まさかのサクラさん自身だ。
 サクラさんもルピナスさんの話を聞いていたようで、それを態度で証明した。サクラさんはショットガンを構え、その銃口をルピナスさんの腹に向ける。
「アンタでも今回ばかりはお喋りが過ぎるよ」
 そう言って何の躊躇もなく、サクラさんはショットガンの引き金を引いた。
ダンッ!
 すぐそばで鈍い地鳴りのような音が響く。その瞬間にルピナスさんの腹部に大きな穴が開けられる。腹の肉は抉られ、ルピナスさんの背後の床に血肉が飛び散る。
「サクラ……」
 ルピナスさんは呻くような声を漏らして、その場に膝をついた。


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