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作品名:必要とあらば悪魔も正義に加担する 作者:alone

第1回 衝撃の告白
 喉渇いたな……、なんて考える前に俺の手はグラスへと伸びていた。炭酸飲料と氷の入ったグラスは汗をかき、表面には大粒の水滴が張り付いている。水滴は重力に従ってグラスの表面を伝い、トレイに敷かれたトレイシートに大きな染みを作っていた。
 グラスを持ち上げ、口へと運ぶ。グラスを傾けて炭酸飲料を口に含むと、シュワシュワと炭酸が口の中で弾ける。ひんやりと冷えた炭酸飲料を飲みこむと、喉を流れていくのが手に取るように感じられ、胃に落ちた辺りで発散するようにその感覚は消えていった。
 じっくりと味わっている俺の肩を、誰かが急に掴む。
「枢(カナメ)、ごめん! 急用ができたから俺帰るわ」
 コイツの名前は、武笠 丞一朗(タケガサ ジョウイチロウ)。いつも丞(ジョー)と呼んでいる。肯定的に言えば、幼馴染。否定的に言えば、腐れ縁。小さい頃からいつも一緒だった。何をするにも。学校だって、遊びだって、塾だって。そして、今年同じ高校に進学して、複数あるというのにクラスまでも一緒と来た。
 聞き様によっては俺がコイツと一緒に居るのが嫌みたいに聞こえるかもしれないが、そんなことはない。やっぱり親友ってやつは良いものだ。気の置けない関係は簡単に作れるものではないからな。
 俺はグラスを持ったまま返事をする。
「マジかよ。急だな」
「ああ」丞は言いながら慌てた様子で荷物をまとめる。テーブルに出していたものを投げ込むように鞄に詰め、荷物が出来るとそれを背負う。「ホントごめんな!」
 丞が手を上げ、俺も応じて手を上げる。だが突然、俺の背後から喚き声が届く。
「待ちやがれ!」
 怒号とも言える声に、俺は声がした方にグラスを持ったまま振り返る。
 次の瞬間、ファストフード店内に乾いた音が響く。テレビや映画ではよく耳にするが、現実生活ではお目にかかれない……じゃなくて、お耳にかかれない音。
 その音が響いた瞬間、俺の持っていたグラスは弾け飛ぶ。俺の手の中には、持っていたグラスの口の辺りだけが残り、残りは全て粉々に砕け散った。炭酸飲料は空を飛び、氷とともに壁にぶちまかれる。壁には大小さまざまな染みが付き、たらたらと垂れていく。
 俺はただただ固まっていた。事態を理解できない、というよりその理解自体が始まらない。頭の中は真っ白になっており、呼吸さえも忘れてしまう。
「チッ……場所を考えろよ」丞が苦々しそうに呟く。「枢! お前も来た方が良い!」
 そう言って丞は、固まっている俺の腕を掴む。俺は我に返り、持っていたグラスの口を離す。グラスの口は無音で落ちていき、パリンッという虚しい音を響かせた。
 そのまま丞に手を引かれ、俺は階段をかけ下りる。訳も分からないままに丞に付いて行くしかなかった。
 この日、この時を境に、俺の人生は狂い出す。いや、廻り出したのか? どちらかはまだハッキリとは分からない。けれど、運命の歯車とやらが動き始めたのには間違いなかった。


 時は少し遡り、学校の放課後。学校を終え、ともに帰宅部である丞と帰り路を行く。
「暇だねー」語尾を上げ気味に丞が呟く。
「暇だねー」丞より少し声を下げて反復し、俺も同意する。
 ふと丞が腕時計を確認して呟く。
「今の速さだと、駅に着くのは4時12分だな。でも、走ると4時3分に着けて、4時5分発の電車に間に合う」
 丞は具体的な数値を交え、淡々と語る。だが、それはいつものことだ。これが丞なのだ。俺は適当に聞き流しつつ言葉を返す。
「ホントよく覚えてんな」薄笑いを浮かべつつ言った。「それで、どうすんの? 走んの?」
「んなわけないだろ。メンドくさい」
 即答だった。
 丞は自分で勝手にいろいろと言い並べたくせに、そんなことを実行する気はさらさら無かった。
 昔からそうだ。丞は計画立てるのはうまいというのに、それを行動に移そうとはしない。中学のときだって、夏休みの宿題を各ページの分量を考えた上で所要時間を導きだし、完璧と呼べるプランを作り上げていたというのに、最終的には夏休みのラスト三日間で答えを写して終わらせていた。おそらく最初のプランを実行していたのならば、何の苦労もなく、気付けば終わっていたという理想の終え方だったろうに。
 俺は小さく笑い声を漏らしつつ、「だよなー」と返す。そのまま二人そろって、たらたらと駅に向けて歩き続けた。

 駅に到着。腕時計を見れば、しっかりと針は4時12分を指している。丞の予想的中というわけだ。だからと言って特に何かあるわけではなく、普通に談笑を続けて電車を待つ。
 4時20分。電車が来る。俺たちはそれに乗り込み、これからどうするかを話し合う。
 ちなみに、文字通りの幼馴染なだけあって家は近所であるため、下りる駅も同じである。その駅に向けて、暇な放課後をどうするか話す。
「ん〜どこ行こっか?」俺が先に話を振る。
「ゲーセンは?」
「昨日も行ったじゃん」
「あっ、そっか」丞が抜けた声を漏らす。「んじゃあ、カラオケは?」
「あ〜……」俺は声を上げつつ顔を顰めていく。「そういう気分じゃないかな」
「気分って……」丞が呆れた顔をする。「なら自分で決めろよ」
 丞は今まで答えていた自分が馬鹿らしく思えたのか、溜め息をひとつ零して車外に視線を向ける。
「それじゃあ、普通に駄弁るのは?」
「それって元も子もなくないか?」丞はこちらを向くことなく、呆れた口調で言った。「ま、別にいいけどね」
「なら決定と言うことで」
 話し合いと呼べるものかは定かではないが無事に終え、目的地が決まる。
 しばらくして電車は降車駅に静かに滑り込んでいく。停車時に軽く揺れ、空気を吹き出す音を鳴らしながら扉が開いた。
 電車を下り、改札を抜け、駅前のファストフード店に入る。ちらほら学生の姿も見受けられる中、レジに向かい、ドリンクとサイドメニューを頼んだ。
 注文を終えて会計という時に丞が声を漏らす。
「やべ、財布忘れた」
「はあ? そんなんでよくゲーセンだ、カラオケだ、って言ってたな」
 今度は俺が呆れた声を上げる。そして、溜め息を漏らしつつも丞の分も支払いをする。
「ごちになりまーす」丞が快活な声を出す。
「誰が奢るか! ちゃんと返せよ!」
 受け取ったレシートを珍しく財布にしまい込み、丞に貸した金の証明とする。横では「ごめんごめん」と言いながら丞は笑っていた。無かったことにする気が満々に見受けられる。
 注文したものが出来上がり、トレイに乗せられて渡される。二個のグラスにはそれぞれ別の飲み物が注がれ、それらに挟まれる形でポテトが置かれている。
 トレイを持って階段を上がる。二階席にはすでに何人かの客が居り、その中で俺たちは階段から近い端の窓際席を陣取る。
 席に座り軽く談笑をする。飽きたら、丞が持ってきていた雑誌を読んだり、ケータイを弄ったりした。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
 丞はそう告げて席を立つ。俺は「おう」と短く言って見送った。その時の俺は全く気付いていなかったが、丞がトイレに行くと、それを追うように一人の男もトイレに入っていった。
 そして、丞がトイレから帰ってくると、あの事件が起こったのだった。


 時は戻り、俺たちはファストフード店を飛び出す。後ろを振り向いてみると、一人の男が俺たちを追ってくるのが見えた。その男は黒のスーツに身を包み、サングラスをかけていた。人相を確認するとすぐに前方に視線を戻し、走ることに専念する。
 丞は不思議と慣れた様子で、息を乱すことなく、その上どこか明確な目的地があるような足取りで走っていた。丞の考えがどういうものなのかは俺の知るところではないが、今の俺には丞の後を追うことしか出来ず、その背を追うのに必死になっていた。
 丞は意図的かどうかは分からないが、駅前の人通りの多いところを、人混みを掻き分けつつ進んで行く。木を隠すなら森の中と言うし、それは名案だと俺も最初は思ったが、すぐに進み辛さから追いつかれる可能性を危惧して焦り出す。しかし、それは単なる取り越し苦労で、後ろを見てみれば追っ手の男も進むのに苦労している様子だった。視線をぎらつかせ、俺たちを見失わないように必死の形相をしている。
 人混みを抜けると、中小の昔ながらのビルが乱立している場所へと逃げ込んでいく。ここはビルのサイズが中小であるために土地も細分化されており、人ひとりが通れる程度の道が網の目のように広がっている。逃げ込んでしまえば、いかに道に詳しくても追い付くのは不可能だろう。
 ナイス、丞!
 俺は心の中で賞賛の声を上げる。これなら安心だと思い、丞の背中を見て付いて行く。
 だが、その考えはすぐに打ち砕かれた。追っ手は一人ではなかったのだ。
 前方に突如、スーツ姿にサングラスの男が現れ、危うく挟み撃ちにされそうになる。運よく横道があったので、そこに逃げ込んだ。ゴミなどが散乱する日当たりの悪い道を、ゴミを蹴散らしながら進み続ける。
 きっと逃げ切れる。俺の抱いていた甘い考えは、無残に崩れていく。男たちから逃げられる道が偶然あるはずなんて無かったのだ。すべては彼らの掌の上だった。逃げているつもりだったが、実は逃げ場のない場所へと追い込まれていたのだ。
 俺たちの目の前に壁が立ちはだかり、そこで道は途切れてしまう。
「終わった……」俺はこの世の終わりに直面したような表情を浮かべ、声を漏らした。
 しかし、丞は至って平然としており、近くの壁を触っている。逃げ場がないという現状で一体何をしているんだと思い、俺は「何バカなことしてんだよ!」とつい声を荒げる。
 けれど丞は冷静そのもので、俺に向けて人差し指を立て、「しっ。静かに」と言ってくる。俺は呆れてものも言えない。
 荒い足音が壁に反響し、耳に届く。徐々にそれは大きくなり、その音の主が姿を現した。目の前には三人のスーツ姿の男が立っており、作戦通りに事が運んだと語るように、にんまりと口元を緩ませる。無言で手を胸元に運んで静かに取り出すと、その手には拳銃がそれぞれ握られていた。
 終わった、と心の中で思う。もう声を出す余裕さえも持っていなかった。傍らで壁を弄っている丞にはもう気を向けることもなく、目の前の絶望だけに視線を投じていた。
 だが、そこで突如丞が口を開く。
「アンタたちはさ、おかしいって思わないの?」
 丞は挑発的な口調で語りかけた。事態の悪化を招くその発言に、俺は小声で「何言ってんだよ、バカ」と丞に言う。
 一方の男たちは、緩ませていた口元を締め、小さく内輪でざわつく。少しして手前に立つ男が言葉を返してきた。
「どういう意味だ」
 少し警戒の含まれた口調だった。それに対して、丞は笑って答える。
「アンタたちは俺たちを追い込んだと思っているかもしれないけど、実際は逆だってことだよ」丞の口ぶりは余裕そのものだった。
「そんな嘘に騙されたりはしない」
 男は怯えを消し去るためのように、声を荒げてすぐに言葉を返してきた。俺には丞が出まかせを言っているようにしか聞こえず、心の中では男に同意してしまう。
 しかし、今日の俺の考えは悉く打ち崩される運命なのか、一瞬にして目の前の状況は一変した。
 突如、奥に立っていた男が倒れ、その陰から一人の男が現れる。突然の出来事に動揺しつつも残った二人の男はすぐに拳銃を構えたが、引き金を引く前に、発砲音がどこからか響いてくる。乾いた音が二度響くと、男たちはそれぞれ呻き声を上げて手を抑えた。その手にはもう拳銃は掴まれておらず、それらは地面に転がってしまっていた。
 俺は目の前で起こっていることが、本当に現実であると信じられない。悪い夢なんじゃないかと疑ってしまう。目を白黒させながら丞の方に向いて訊ねる。
「こ、これって……お前も関係してんの?」
 調律の出来ていないピアノのように調子はずれな声でそう言った。それに対し、丞はいつも通りの調子で答える。
「そうだよ」
 当然だろ、と言った口調にますます混乱を来してしまう。俺は何度も瞬きしつつ丞の方を見つめ続ける。何も言わずに見ている俺を疑問に思ったのか、丞は言葉を加える。
「あれ、言ってなかったっけ?」
 丞は少し目を見開き、首を傾げつつ言っていく。そして、その次の言葉を聞いた瞬間、俺は自分の耳を疑った。
「俺、殺し屋やってんだよ」


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