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作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

第9回 後悔の昔話
 優雅に奏でられるワルツが、俺の心にざわつきを覚えさせる。視線の先にある庭も薄暗いものだが、月明かりに照らされているだけ、俺の気持ちよりかは幾分かマシだろう。今の俺には照らしてくれる希望の光すらない。
 一人うじうじと嘆いている俺の背中に声がかけられる。今までの流れから彼女の声だと言いたいところだが、今回は太く低い男性のものだ。
「彼女がお前の狙っている娘か」
 完全に他人事という調子であり、棒読みのようにも聞こえた。その耳触りの悪い声色に少々顔をしかめながら振り返る。振り向いた視線の先には、ゲルトラウスが居り、両ポケットに手を収め、堂々とした感じで立っている。
 ポケットから片手を出し、顎に手を添えて撫でながら言う。
「確か彼女は、リガペリエ家の娘さんじゃなかったかな? 名前は……そう、アリスベルティーヌ」
 俺しか居ないのだが、誰に向けているか分からない独り言のような調子で淡々と言葉を並べていく。言いながら一歩、また一歩と俺の傍に歩を進め、最終的に俺の横に立つ。そして、手すりにもたれ掛かって庭を眺め、そのままでまた喋り出す。
「お前は、彼女が好きなのか?」
 ずいぶんと直球な質問だ。あまりにも真っ直ぐだったので、俺は面食らってしまう。だが、息をひとつ吐いて落ち着きを取り戻し、同じように俺も手すりに腕を乗せて寄りかかる。
「はい、そうですね」
 飄々とした感じで言ったようにも聞こえるが、どちらかと言えば投げやりなものに聞こえるだろう。諦めの気持ちがあるからか、気付けばそんな口調になってしまっていた。
 しかし、そんな口調にも関わらず、彼は顔色ひとつ変えず、会話を続ける。
「そうか……。なら、なんでこんな所に一人残っているんだ?」
「え?」素っ頓狂な声を上げて、彼の顔を見る。けれど、彼は庭の一点を見つめ続けている。
「よし、ひとつ昔話を聞かせてやろう」
 突然のことに理解が追い付かず、返す言葉が見つからない。無言は承諾の証と受け取ったのか、彼はそのまま昔話とやらを勝手に始める。


 昔々ある所に一人の少年がおりました。子供は親を選べない、と言いますが、彼は幸運にも貴族の家に生まれ、恵まれた生活を送ることが出来ました。
 けれどもある日、彼の親と同じ貴族の家族が彼の家を訪れることになりました。それは特に珍しいという事でもなく、時々あることだったので、彼にとっては特別興味のあるということではありませんでした。しかし、挨拶をしないというわけにもいかないので、彼らの元へと向かいます。
 彼は形式的な挨拶をさっさと済ませて、自分の生活にはやく戻りたいと考えていました。けれども、彼は彼らの来訪をエントランスで迎えると、その考えを改めました。いや、そんな考え自体が消えて無くなってしまったのです。
 彼は、彼らの中に居た一人の少女に一目惚れしてしまったのでした。
 彼は彼女と仲良くなりたいと思いましたが、どうにも勇気が振り絞ることが出来ません。幾度となく彼女に話しかけようと行ってはみますが、遠くから眺めるだけに終わり、どうしても話しかけられませんでした。そのまま時間だけが過ぎていき、彼らも彼の家を去ってしまいます。
 そして、時間は流れ、ただの少年だった彼も、立派な青年へと成長しました。
 そんな頃、彼は参加したある舞踏会で、一人の女性に見蕩れてしまいます。実は、その女性があの時の少女だったのでした。
 彼はあの日のことを後悔していたため、すぐに話しかけて仲を深めようかと思いましたが、彼女の傍にはずっと一人の男が居ます。自分と同年代ぐらいで、彼女と親しそうに話しています。
 一体誰なんだ、と彼は気になり調べたところ、その男は彼女の許婚だと分かりました。それを知った瞬間、彼は自分の入る隙はないと勝手に思い、その身を退きました。
 しかし、後悔の念は彼をずっと縛り付け、彼はつい彼女の影を探し求めてしまいました。そして、老いた今でも彼女の影を結婚相手に求めてしまうため、彼は未だに独り身のままです。
 あの日、もし仮に臆することなく突き進んでいたらどうなっていたか、と未だに後悔している彼は、同じ過ちをしようとしている目の前の青年に、自らの過去を話し聞かせるのでした。


 淡々と彼は語り、そして終えた。彼はどこか遠くを見つめ、口を噤んでしまう。
「それって、つまり……」
 俺は彼が最後に言った言葉の意味するところが気になり、問いかける。彼はフッと小さく鼻息を漏らすと、一度視線を地面に向けてから、顔を上げて言う。
「ああ。お前が思っている通り、これは私のことだ」
「でも……、なんで俺なんかに?」
 彼は俺に一瞥をくれてから話を続ける。
「さっき言っただろ。私と同じ過ちを繰り返してほしくないだけだ」
 俺は何も声を返さず、黙り込む。そのためか、彼は言葉を続ける。
「私は、未だにあの日のことを後悔している。なんで後先を考えず、我意を通して突き進まなかったのか、とね」彼は俺の方に向き直り、俺の眼を見て話す。「お前はまだ若いんだ。当たって砕けろとは言わないが、行動をしなくては、何も得られないぞ」
 言い終えると、彼は俺の肩をポンポンと叩き、背を向けて大広間へと消えて行く。少し寂しげなその背中が、彼の今までの苦悩を物語っているようだった。人の中に紛れ、背中は小さく消えていく。
 俺はしばらくテラスで燻っていた。彼の言葉が胸のなかで余韻を引きながら響いている。後悔、過ち、行動。
 ふと俺は手を自らのポケットに運ぶ。中に入れると、そこからあるものを取り出し、見つめる。それはアリスにあの時もらった、白いハンカチーフ。実は、返すべきか迷った挙句、持ってはいようと思って持ってきたのだった。だが、そのハンカチーフは今では真っ白ではない。俺の血が付き、そこには赤が異彩を放ってしまっている。洗おうとも考えたのだが、俺が住んでいるような範囲では綺麗な水さえも入手できなかった。だから、もし舞踏会に行ける場合には、メイドの人達にでも洗ってもらえないかとも考えたのだが、それも無理だった。彼女たちに渡してはみたが、もう染みついているために無理だろうと言われた。それでも頼み込んで洗ってもらったのだが、案の定、結果は予想通りだったのだ。
 血の付いたハンカチーフを見つめ、彼女を想う。自分の気持ちを確かめるために、彼女とのことを思い起こす。会話をした時、ダンスをした時、ハンカチーフをくれた時……。
 そして、ついに意を決する。俺は薄暗さの漂うテラスを後にし、煌びやかな大広間へとその身を向かわせる。

 大広間では、ダンスは一時中断というところらしく、皆それぞれに集まって談笑を楽しんでいる。そんな中で、俺は彼女の姿を探す。
 ピンクがかった薔薇のコサージュ。
 パープルピンクのイブニングドレス。
 ダイヤモンドのネックレス。
 血眼になって人を掻き分ける。必死に視線を動かし続ける。焦りがあるわけではないが、気持ちの高ぶりが自然と俺を足早にさせていく。小走りのような形で、俺は人の間を抜けていく。
 そして、遂に彼女の姿を見つけた。俺の方には背中を向けて立ってはいるが、そのシルエットは彼女であるとすぐに分かった。脇にはローランドの姿も見受けられるが、そんなの何の関係もない。いや、視界の端には捉えていたのだろうが、あの時の俺には見えてすらいなかったのかもしれない。俺は彼女だけを見つめ、手を伸ばして彼女の腕を掴む。
 彼女は突然のことに「きゃっ」と声を上げて身体をビクッと震わせ、こちらを振り向く。その瞳は恐怖で彩られていたが、俺の姿を確認すると戸惑いの色へと変わっていく。
「二人きりで、話がしたい。一緒に来てくれ、アリス」彼女を見つめ、真剣な口調でそう述べた。
 彼女の返事を待つことなく、俺はそのまま彼女の腕を引く。自分の身に多数の視線があつまるのは肌に感じるが、一切気にかけない。少々強引ながらも人々を押しのけ、歩き続ける。後ろからは俺に向けられたであろう謗りが聞こえてくる。耳に覚えのある声だ。おそらくローランドの声だろう。でも、そんなものどうでも良かった。俺は彼女の腕を引き、止まることなく進んで行く。
 人混みを掻き分け、やっとのことでもともと居たテラスに辿り着く。けれど、そこではまだ多くの人目に付くため、どうにも集中して彼女と向き合えないだろうと思い至る。ふと視線を向けると、テラスの脇には庭へと下りていくための階段が設置されているのに気付く。俺はその階段を下り、庭へと抜ける。庭を歩き続け、屋敷の明かりも届かなくなっていく。辺りには木々の淡いシルエットが浮かんでいるだけで、人っ子ひとり見当たらない。星と月だけが柔らかく照らしている。
 早足になっていた歩みを遅め、立ち止まる。彼女は強く引っ張られていたのに、文句の一つも言わない。静かに黙っている。俺は彼女の腕を離し、彼女の方に振り向く。
 彼女は俺が掴んでいた所を軽くさすりながら、俺のことを見つめる。その瞳には相変わらず困惑の色が見られる。けれども、何も言わず、俺が話し出すのを待っていてくれているようだ。俺は舌で唇を湿らし、緊張から出た唾を飲みこみ、彼女の瞳を見つめる。


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