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作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

第8回 孤独なテラス
 ローランドが去ってから一、二分ほど、俺は放心状態のように床に座り込んでいた。おもむろに立ち上がり、遅れて俺も部屋を後にする。他の人々が舞踏会という煌びやかな空間を享受し共有している中、俺は陰鬱な心持ちでトボトボと歩いていく。奏でられる美しい音色も、今の俺には雑音にしか聞こえない。
 その場に居ることが耐えられなくなる。視線を動かし、逃げ場を探す。どこでも良いから、誰にも会わないような場所が欲しくなる。
 改めて見回してみると、本当に多くの人々が居ることが認識させられる。そんな中で、俺はある場所を見つけた。庭に繋がるガラス張りの扉が開かれており、その先にテラスが広がっているのだ。人気は無く、外の風にも当たることができる。この場ではこの上なく良い場所だと思われた。俺は足をそのテラスへと進ませる。

 テラスには大広間の光が漏れてはいるが、淡いその光だけでは照らすには十分ではなく、月明かりの明るさを目で感じた。それだけでも、あの空間から離れているという感覚をもたらし、心に平穏を訪れさせてくれる。仮面舞踏会のような身分不相応な場所ではなく、薄暗いあの場所に居るような安心感を与えてくれる。
 あとは終わるまで時間を潰すだけだな……。
 自虐的に溜め息をひとつ零す。テラスの手すりに腕を乗せて寄りかかる。
「マルクレイ様……?」
 突然背後から声がかけられる。一瞬身体をビクリと縮こませてから、ゆっくりと後ろに振り返る。大広間から漏れる淡い光の中、一人の女性が立っている。
「やっぱり。また考え事、ですか?」
 柔らかな笑みを口元に浮かべ、彼女は軽くからかうような口調で語った。もう彼女が誰かなんて今更言う必要もないかもしれないが、その人の正体はもちろん、アリスだ。
 彼女が足音を、カツン……カツン……、とゆっくり響かせながら近づいて来る。俺はもたれ掛っていた身体を起こし、彼女の方に向き直る。
「アリスさん……」息を吐くように言葉を出した。
 彼女は俺の横に立ち、優しい笑顔を浮かべる。電灯とは違って柔らかな月明かりが、彼女の笑窪に微かな影を差す。
「マルクレイ様は本当に考え事がお好きなんですね」
「いや、別にそういうわけでは」
 適当に笑みを作って、誤魔化そうと試みる。特に何か隠し立てしたいものがあるわけでもないのに。
 彼女は手すりにもたれ掛かり、右足の靴先を地面にあてる。お嬢様というよりは、一人の女の子という印象を受ける。
「マルクレイ様、こんな舞踏会に一体何の意味があるんでしょうね……?」彼女が遠い眼をしながら言った。
「えっ……」彼女の突然の発言に驚き、声を漏らす。「どういうことですか?」
 彼女は少し自嘲さの含まれたような笑みを零してから、俺の質問に答える。
「こんな舞踏会、しょせんは自慢大会みたいなものなんですよ。みんな、自分たちのステータスをこうやって見せ合って、いい気分に浸りたいだけなんです」彼女は悲しそうな口振りで言葉を並べていく。「仮面なんて付けていますけど、そんなの形だけですし。それに、好きでもない人と時間を過ごすのも、私はもう疲れちゃいました」
 彼女は視線を地に落とし、無理に作ったような笑顔を浮かべる。彼女の横で俺も手すりにもたれ掛り、話題を明るい方へと導く。
「つまり、私もアリスさんを疲れさせてしまった原因の一人ということですか」あからさまに、残念がっている口振りで言った。
 それを聞き、彼女の表情が変わる。彼女は俺の気分を害したと思ったらしく、その表情には焦りが浮かび上がる。彼女は視線を上げて、俺の方に向き、必死に弁解する。いつか見た光景を思い出す。
「ち、違います。そう意味で言ったんじゃありません。それに、マルクレイ様とお会いしたのはまだ二度目ではありませんか」
 彼女のコロコロと変わっていく表情に面白さを感じ、少々意地悪をしたくなる。
「まだ二度目ということは、次回以降は……ううっ」手で目を覆い、泣くふりをする。下手な演技と言うのも申し訳ないほどの出来だ。
「そういうことでもありませんってば! もう……マルクレイ様は意地悪な方です」彼女は拗ねてそっぽを向く。
 数秒置いて、このコントのようなやり取りを彼女と笑いあう。そして、彼女の笑顔を見つめて言う。
「やはり、アリスさんは笑顔を方がよく似合いますね」
 俺の言葉を聞くと彼女は口元を押さえ、恥ずかしそうに視線を逸らす。落ち着きを取り戻すと、彼女は視線を庭に向け、涼やかな表情で話す。
「こうやって楽しくお話をするのは久しぶりな気がします」
「そうやって言って頂けると、嬉しい限りです」俺も視線を庭に投じ、ふとあることを思い出し、話題を振る。「でも、アリスさんにはローランドさんが居るのではありませんか?」
 俺の発言に対し、彼女はキョトンとした表情を浮かべる。「ローランド……?」とまるで知らない言葉をかけられたような表情をしたが、すぐに何のことか思い出す。
「ああ、ローランド! でも、なんでローランドが出て来るのですか?」
 彼女は俺の言いたいことが分からないようで、不思議そうに首を傾げてこちらを見ている。
「ローランドさんはアリスさんの恋人とかじゃないんですか?」
 俺の言葉を聞くと、彼女は何故だか声を出して笑い出す。予想外な反応に俺は少し呆気に取られてしまう。
「全然違いますよ。ローランドはただの幼馴染です」
 彼女は視線を庭に向け、テラスの手すりに軽くもたれる。
「幼馴染?」俺は訊きかえす。
「ええ。私の家はローランドの家と古い間柄なので、小さい頃から遊ぶことがよくあっただけです。強いて言うのなら、優しいお兄様という感じです。恋愛感情とか、そういうのは全くありません」笑い方も収まりを見せ、落ち着きを見せる。「それに……」
 彼女はチラとこちらを見る。俺はなぜ彼女がこちらを向いたのか分からず、突然のことに驚きつつ「それに……?」と尻上がりに言う。彼女は俺と目が合うと、すぐに視線を庭の方に戻し、「いえ、別に……」と変に上擦った声を出した。彼女の反応に、一体どんな言葉をかければいいか分からず、俺は黙り込む。そのために沈黙が場を支配してしまう。何かを話しかけようと、重い口を開けようとするが、そこに横やりが入った。
「アリス。こんなところに居たのか」 彼女とほぼ同時に声のした方を向く。そこにはローランドが立っており、俺に一瞥を向けたが、すぐに彼女の方に視線を移し、彼女だけに話しかけ続ける。
「せっかくの舞踏会なんだから、踊らないか?」
 そう言ってローランドは彼女の前に手を差し出す。彼女は困ったような表情を浮かべ、俺と彼の間で視線を数回行き来させる。
「えっ……でも……」
 彼女の視線はローランドと俺の間を忙しく揺れ動く。随分と困惑しているようだ。
 彼女のそんな有り様に見かねたローランドが、彼女の手を掴む。
「ほら、行こう」
 そのまま彼は半ば強引に彼女の手を引いて行く。連れられるがまま彼女も中に戻ることになり、彼女は申し訳なさそうな表情で俺を見て、「すみません」と残して彼に連れて行かれた。
 彼女の姿が人の影に消えていくのを見届ける。だが、二人が踊る姿を直視することはできず、そのまま視線を庭の方に移し、手すりにもたれ掛かる。顔を上げていられなくなり、視線を地に落とし、自らの無力感を覚える。
 なぜ俺は何を言わずに彼女を見送ってしまったのか?
 なんで俺は彼女に謝らせてしまっているのか?
 どうして俺は何もしていないくせに無力感なんて感じているのか?
 自問ばかり。答えは無し。答えなんて無い。そんなの当然。
 なぜ? なんで? どうして?
 だって俺は、まだ何も自分からはしていないのだから。
 頭の中でさまざまな言葉が飛び交う。自らを責め、慰め、非難し、宥め、傷つけ、落ち着かせる。色んな想いが錯綜するばかりで、決心はまるでつきそうにない。俺は独りテラスで項垂れ、瞳を暗く淀ませる。


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