小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

第7回 仮面の中の瞳
 日も沈み、空に暗幕がかかる。彼は胸元から懐中時計を取り出し、時刻を確かめる。いつから舞踏会が始まるのかは知らないが、彼が馬車の窓から何度も前方を確認する様から、焦りの色が見て取れた。現在、遅れぎみなのは一目瞭然だ。
 馬車は街並みを抜け、舗装されていない土の道に入っていく。山を登っているのか、道には少々の傾斜があるのが感じられる。暗い道を月明かりとランプを頼りに進み続ける。
 動いていた馬車がその動きを止める。何かと思い窓の外を見ると、離れたところに煌びやかな屋敷が立っているのが見える。馬車の周りは電燈に明るく照らされており、夜空には月が申し訳なさそうに浮かんでいる。
 俺たちはその屋敷の門前に止まっており、馬車馬を操る老人が門番と話をしているところだ。老人は懐から一枚の紙を取り出し、それを門番に渡す。門番はそれを確認すると、頭を下げ、その身を退く。そして、門が開かれ、馬はコツコツと敷地内へと歩く。
 山間に建てられたこの屋敷は広大な敷地を誇っており、屋敷へと続く道は長く続いている。広大な庭にもかかわらず、そこには手入れの行き届いた木々のシルエットが浮かび上がっており、夜であるためか敷地がどこまで広がっているかは分かりかねる。
 馬車はゆっくりと屋敷に近づいていき、最終的に屋敷の前へとその車体を滑り込ませる。止まってから少しして、馬車のドアが開かれる。それは老人の手によるものだった。
「ご主人様、少々遅れてしまい申し訳ございません」老人が帽子を脱いで胸に持ち、深々と頭を下げる。
「気にするな。直前で荷物が増えてしまったのだから仕方がない」
 男は穏やかな笑みを零しながら、流し目で俺を見る。なんだか悪い気がしてきたので、「すみませんでした」と小さく謝る。
「いえいえ、マルクレイ様は悪くありませんよ。私めの不手際でございますから」
 老人は穏やかな笑みを添えてそう言った。だが、自分が原因であるという自覚はあったので、罪悪感が込み上げ、俺は苦笑いを浮かべる。
 唐突に俺の側のドアが開かれる。見てみると黒服の男が立っている。おそらくこの屋敷の使用人なのだろう。
 俺はそのドアから降り、あの男は老人が開いたドアから降りる。そして、黒服の導きに従い、屋敷の入り口に向かう。
「ではまた、舞踏会が終える頃にお迎えに上がります」
 老人が俺たちの背に向けて言った。俺はチラと後ろを振り返ったが、あの男は振り返ることなく無言で手を上げ、了解の意を示した。そのままさっさと進んで行く彼の背を俺は追う。
 扉の前に着くと、それを見計らって黒服の使用人がその扉を開ける。重厚そうな木製扉が開かれると、かすかに音楽の調べが漏れ聞こえてくる。使用人は頭を下げ、無言で俺たちの行く先を手で指し示す。俺たちはその前を通り、屋敷の中へと歩を進めた。

 エントランスホールを抜けて、奥の扉が開かれる。目の前に大広間が現れると、そこには大勢の人々が居た。前回の舞踏会とは比にならないほどの規模と人の数だ。あまりの凄さについつい圧倒されてしまう。
 完全に雰囲気に飲まれてしまっている俺の脇を誰かが小突く。我に返って横に顔を向けると、あの男の顔にはすでに仮面がつけられていた。彼は何も言わず、その仮面を指さしている。その意味を理解し、俺はポケットに手をやり、仮面を取り出して装着する。今夜の舞踏会の規模に圧倒されていた俺だったが、これで自分もこの場の一員になったという感覚を得る。仮面をつけることで不思議と落ち着きを取り戻す。
 男は俺がつけたのを確認すると、俺の肩を軽く叩き、そのまま舞踏会の中へとひとり消えて行った。彼なりの応援なのだろうか。よく分からないまま、前回同様にポツンと独り残される。
 俺はその場に留まり、あたりの人々を見渡す。もちろん彼女の姿を探しているのだ。だが、さすがに仮面舞踏会で特定の人物を見つけるというのは困難を極めた。旧知の仲ならすぐ見分けられるかもしれないが、一度しか会ったことのない人では不可能というのが当然の結果だった。
 無計画に淡い期待を寄せていた俺は、現実的な壁にぶち当たり意気消沈する。溜め息をつき、瞳を濁らせる。華やかな仮面舞踏会には似合わない重い足取りでトボトボと歩き、近くの食卓に並べられた食べ物を適当に口にする。彼女に会いたくて来たためか、不思議と他の女性と話そうという気にはなれなかった。
 独りで舞踏会を眺める。ここに居る人々は皆この社交界になれているからか、はたまた家柄の関係があるからか、グループ形成は特定の人物のみで行われているように思えた。全く知らない人に話しかけるということは少ないようで、仮面をつけている意味があるかどうかは甚だ疑問だ。いや、こうやって人間観察している自分の方が、一体何をしに戻って来たのか疑問……か。意気揚々としていた自分が滑稽に思えてくる。
「はあ……」
 溜め息をつく。息を長く吐いた。一人でいるのにも飽きて、よく考えもせずに歩きだす。人を避け、間を抜け、ダンスを見る。ここに居ながらも、ここに居ないような気になる。単なる傍観者という立ち位置だ。干渉せずに眺めるだけ。
「はあ……」
 また溜め息。視線を落とす。華々しいダンスを見ていられなくなる。傍観者ですらいられない。視線を逸らし、身を翻す。ダンスする人たちに背を向け、その場を後にしようとする。
 今までと同じように人を避ける。避けた瞬間、フッとその人の匂いが鼻に絡まる。薔薇を思わせる、甘く上品で華やかな香り。彼女を思い起こさせた。
 反射的に、その人がどんな人か見たくなり振り返る。そして、視界でその姿を捉えた。
 見覚えのあるシルエット。髪にはピンクがかった薔薇のコサージュ。流れるようなパープルピンクのイブニングドレス。首元にはダイヤモンドと思われる、まばゆい光を放つネックレス。
「アリス……!?」息を吐くように呟いた。
 名前を呼ばれたからか、彼女がこちらに振り返る。一瞬、彼女の顔に訝しさが見られたが、俺が誰だか分かるとその表情を一変させる。口元を綻ばせ、穏やかな笑顔で話しかけてくる。
「マルクレイ様! お久しぶりです」彼女は快活な声を上げた。
 彼女の顔には、黒のヴェネチアンマスクがつけられている。蝶の羽の模様を思わせるような精細なディテールが美しい。
 彼女が話していた相手たちは、俺を見て怪訝そうな表情を浮かべる。おそらく俺が誰であるか分からず、集団から疎外されているような感覚を抱いているのだろう。だが、彼女にはそのことに気付いている様子はなく、俺を見て言葉を続ける。
「またお会いできて嬉しいです」彼女が笑みに乗せて言う。
「こちらこそ、お会いできて光栄です」言いながら彼女の手を取り、その甲に口付けをする。
 彼女は今まで話していた相手の方に向き直り、俺のことを紹介する。
「マルクレイ様です。前回の舞踏会で知り合いましたの」
「どうも、初めまして。マルクレイです」
 彼らの前に手を出し、握手を交わす。構成はなぜだか男ばかり三人だ。ライバルと考えるべきなのだろう。いや、それは少し調子に乗り過ぎというところか。とにかく、気持ちを察せられないように、表面的には笑顔を浮かべて握手した。
 最後の一人に握手をしようと手を出すと、その前に彼女が喋る。
「そう言えば、ローランドは初対面じゃなかったですよね」
「ああ、そうだな」彼女に向けて言ってから、俺の方に向き直る。「ローランドです。改めて、以後お見知り置きを」
 そう言って彼に先に手を出される。その振舞いには余裕のようなものを感じる。
「あ、ああ……。こちらこそ、よろしくお願いします」
 相手の手を握る。すると、手を少しばかり強く握られ、俺は顔をしかめそうになるが、意地で平静を装う。彼なりの宣戦布告ということだろう。考えることは皆同じ、ということかもしれない。
「そう言えば、以前会った時から話してみたいと思っていたことがあるんですよ。あっちに行って少しお話しませんか?」
 ローランドが俺に気さくに話しかけてくる。何か裏がある気がしてならないが、拒否するのは不評を買い、無駄に注目を集めてしまうのでその言葉に応じる。
「私は全然かまいませんよ」愛想笑いを添え、落ち着いた風に言う。
「では、行きましょうか」
 そう言うと、彼は軽く俺を押し、そのグループから出て行くよう急かす。そこでアリスが声をかけてくる。
「二人でどこ行くつもりなの? ローランド」
 その言葉に彼は動きを止め、アリスの方に笑顔を向けて言う。
「男同士で話したいこともあるんだよ」そして、俺の方に向き返り、「ですよね、マルクレイさん」と言ってくる。その妙に親しげな感じが鼻につく。
 けれども、俺はその不快感を顔には出さずに、穏やかな表情で「そうなんですよ」と彼女に言った。
 彼女が少し残念そうな表情を浮かべたように見えたが、単なる俺の思い過ごしだろう。恋は盲目と言うが、周囲が見えなくなるよりも、自分の都合の良いように見える方が、少し性質が悪い気がする。
 ローランドという男と共に、その場を後にする。たくさんの人々がいる大広間では、誰かに聞かれる心配があるからか、その空間から外に出て他の部屋に移る。
「良いんですか? 勝手に入ってしまっても?」
 彼の背を追いながら、問いかける。それを聞いたからか、彼は足を止める。
「良いんだよ。どうせここは俺の家だからな」
 そこには今までの丁寧な口調はなく、乱暴な感じに変わっていた。突然の変貌に返す言葉を失い、動揺を覚える。目を丸くして固まっている俺の方に、ローランドが振り返る。仮面の中の瞳が鋭く睨んでくる。そして、突如俺の胸ぐらをつかんできた。俺は事態を理解できず、困惑する。
 ローランドは俺に鋭利な視線を向けながら、強い語調で言葉を並べる。
「お前、一体何者なんだよ?」
 一瞬、心臓を掴まれたような気がした。気持ちは狼狽しているが、俺は平静を装おうと努める。
「な、何ですか、急に。俺はさっき名乗った通り、マルクレイですよ。マルクレイ。全く仰ってる意味が分からないんですが」
 先ほどまでの落ち着いた口調を忘れ、俺は早口に語る。俺が動じているのは火を見るよりも明らかだった。
 ローランドはそんな俺に舌打ちをし、胸ぐらを掴んでいた手の力を少し緩めたかと思うと、甘い考えを振り払うかのように俺を突き飛ばす。突然のことに、俺は「うわっ」と間抜けな声を小さく上げて尻もちをつく。
 いわれのない扱いを受け、動揺の次に苛立ちが湧き起こる。俺は顔を上げ、ローランドに向けて鋭い視線を投げかける。しかし、彼の瞳の中には俺以上に何かが滾っていた。その瞳に気圧され、文句の一つでも返してやろうと開きかけた口を無言で閉じる。
 ローランドは俺を見下ろしながら息を荒げていたが、時間をかけてその呼吸を落ち着かせて話し始める。
「お前のことを調べたんだよ」
 彼の言葉を聞いて少し目を見開く。仮面のおかげで彼は気付いていないだろうが。
「この舞踏会には招待状が必要だから、調べればすぐ分かったよ。こういうのに招待される家柄は限られているから、調べ易かったしな。それに、念のため父上に訊ねたら、マルクレイなんて名前は初耳だって言ってたよ」一通り喋ると、一息ついた。それから続きを話す。「何のために舞踏会に紛れ込んでるかなんてどうでもいいがな……。人の女に近づくんじゃねえよ」
「お前の女……?」
 俺の出した、とぼけたような声を聞くと、ローランドはまた舌打ちを漏らす。
「チッ……、アリスだよ。アリス」
 ローランドが語調強く言うと、その足を扉の方へと進める。床に座り込んでいる俺の脇を抜け、ひとり扉へと向かう。
「今回は警告だけで済ませてやる。だがな……」ローランドがノブに手をかけたままでこちらを振り返る。「今度彼女に近づいたら、俺は容赦しないからな」
 脅しとしては十分と思えるほどの殺気のようなものが込められている気がした。
 ローランドはその言葉を残し、俺の目の前から消える。俺はひとり部屋に残される。
「アリス……」張り詰めていた糸が切れ、俺は項垂れて一人呟いた。
 諦めが過ぎった先ほどとは今回は違った。先ほどは会えないかもしれないという状態から会うことができたのだから良かったが、今回はそうはいかない。ローランドの言った通りならば、アリスは彼の女、つまり二人は付き合っているということになる。金持ち同士、貴族同士の付き合いだ。俺に入りこめる余地なんてない。
 今回ばかりは、諦めを決心してしまう。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 3121