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作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

第6回 夢見る明日
 あの一日だけが例外的なもので、俺は元の生活に戻る。職は失っていたが、工場周辺で待っているとすぐに新しい仕事を見つけられた。給料は前より安く、一方で労働時間は伸びた。でも、そんなことはどうでも良い。働ければそれで良かった。働くしか無かった。
 朝早く起きて、職場に行く。職場に着いて、単純作業を繰り返す。繰り返して、給料を貰う。貰って、食べ物を買う。買って、食べて、寝て、朝早く起きて、……また職場に行く。
 今日を生きて、生き抜いて、明日を迎えて、また今日を生きていく。そんな日々だ。変わりない。変わるはずない。
 そう思っていた、はずだった。でも、今の俺は違っていた。
 今日を生きて、生き抜いて、明日を夢見て、明日を迎えて、また今日を生きていく。そう、俺は明日を夢見るようになった。今日のことしか考え、明日なんて考える余裕のなかった俺が、明日に希望を抱いているんだ。
 明日になら、労働条件が改善される。明日になら、腹いっぱいに物を食べられる。明日になら、貧乏ではなくなる。色々な希望が世の中にあるかもしれないが、俺のはこういう類じゃなかった。
 明日、もしかしたら、彼女に会えるかもしれない。
 馬鹿らしい、と言われるかもしれない。けれど、俺はそんな「馬鹿げた」ことを抱いて、明日が来るのを期待しているんだ。
 また見かけるかもしれない。また会えるかもしれない。また、話せるかもしれない。
 本当の自分を知られたくないけど、彼女とはまた話をしたかった。

――明日はきっと来る。

 変わらず俺たちには無縁な言葉だ。待ってるだけじゃ明日なんて手に入らない。そう、手に入らないんだ。
 待っていたら自然と転がり込んでくるのは、金持ちだけ。俺たち貧乏人は、そうはいかない。いくら待ったって、来たりはしない。
 自らの手で掴み取るしかないんだ。

 あの日から一ヵ月ほど経った頃、俺はまたあの場所に居た。ゲルトラウス・デ・クラウディスティンの屋敷の門前に、だ。そしてまた、巨躯の門番と対峙している所である。
「ゲルトラウスさんに会わせて下さい」
「帰れ、坊主」彼は短く言い放つ。
「坊主じゃない。俺はもう17歳だぞ!」俺は語尾を荒げた。
「なら……小僧、とっとと帰りやがれ」
 門番は面倒くさそうに手をひらひらと動かし、のそのそと門番所へと帰って行く。
「ま、待ってくれよ」俺は門番の前に立ち、その歩みを妨げる。「頼むから、連絡だけでも取ってくれよ」
「メンドくせぇガキだな。お前なんか相手にされるはずないだろが」彼は眉間にしわを寄せつつ、声を荒げた。
「そんなの訊いてくれなきゃ分からないだろ」
 俺は食い下がることなく、言い返す。身長の高い門番を、見上げる形で見つめながら。
 少しの沈黙が続いたが、そこで門番は呆れのこもった溜め息を漏らし、頭を垂らす。
「分かった、分かった。訊くだけだからな」
 そう言って門番は俺の肩に手を置き、横に軽く押した。それにより俺は道を開けることになり、門番は門番所に戻る。そして、彼は電話を取り、連絡をつけてくれる。
 数分の後、電話がかかって来て、主人の意が門番に伝えられる。門番は電話を元の場所に戻し、門番所から出てくる。彼はまた溜め息をひとつ零してから、話し出した。
「入っていいそうだ」納得がいかないような、不満があるような口調で彼は言った。
「ほ、本当ですか?!」つい俺は訊きかえす。
「嘘ついてどうすんだ」と言いながら、門番は門の南京錠に鍵をさす。ガチャンッ、という重い音を鳴らして錠は外れ、門が開かれる。「ご主人様も物好きなものだ……」
 苦いものを食べているような表情を浮かべながら、門番はそう呟いた。そんな彼の前を俺は感謝しながら通り抜け、そのまま屋敷へと駆けていった。

 屋敷前に着くと、前回同様にメイドが姿を現す。同じ流れを踏んで、俺はあの男のいる部屋に通された。部屋に入り、メイドが扉を閉める。空気が震え、よりいっそう張り詰める。
「一体なんの用だ」彼は机に向かったまま抑揚なく言った。
「もう一度チャンスが頂きたくて来ました」
「チャンス……?」彼は顔を上げ、怪訝そうに俺を見る。「それはつまり、もう一度舞踏会に出たいということか?」
「……はい」彼の眼を見ながら、はっきりと答える。
 しばしの沈黙を置いて、彼はふたたび口を開く。
「面白い」男はにやりと口角を上げて言った。そして、席から立ち上がり、俺の方へと歩きながら言葉を続ける。「お前の度胸に免じて、もう一度チャンスをやろう。だが、今回限りだ。成功の見込みのない奴に何度もチャンスをやるほど、私は優しい人間ではないし、これはノーリスクというわけではないからな。お前の正体がバレれば、私の権威にも傷がつくし、お前自身も無事で済む保証などない。それでも、やるんだな?」
 俺の前に立ち、彼は俺の意思を再度確認する。それに対し、俺はしっかりと眼を据えて答える。
「もちろんです」
 俺の返事を聞き、彼はまた唇の端を上げる。
「良かろう」と言って、彼は手を数回鳴らした。パンパンという乾いた音が響くと、その後に扉が開かれ、メイドが現れる。呼び出しに対してあまりにも登場が早い。扉の前に待機し、聞き耳でも立てていたのだろうか。その顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「御呼びでしょうか、ご主人様」
「こいつをまたまともにしてくれ」彼は俺を指差しながら言った。
 メイドは「畏まりました」と頭を下げ、俺を部屋の外へと連れていく。彼女はどこか楽しげで、その足取りは軽かった。俺は首を傾げつつ、その後に付いて行く。だが、立ち去ろうとする俺の背に、彼はまた声をかけた。
「そう言えば、お前は今日を狙って来たのか?」
 俺は足を止め、彼の方に振り返るが、その質問の真意が分からず訊きかえす。
「……どういう意味ですか?」
「分からないのなら、別に構わん。ただ……」
「ただ?」
「運は持っているということだ。幸いにも、仮面舞踏会は今夜だからな」
「えっ!?」狙ったわけでは無かったので、そのことを知り、驚かされる。
「本当に知らなかったようだな。まあ、そんなことはもうどうでもいい。ほら、さっさと行け。お前には無駄に出来るような時間の余裕はないはずだからな」
 彼は掃うように手を動かす。そして、俺は追い出されるように部屋を立ち去る。
 俺が去り、扉が閉ざされる。一人残された彼は、身を翻して机に戻りながら独り言を呟く。
「本当に親に似るものだな……。ジークによく似て、諦めの悪い小僧だ」
 しみじみと昔を懐かしむように彼はそう呟き、フフッ、と小さく笑った。

 日が沈み始め、空が赤らんでいく。
 俺は準備を終え、紳士の出で立ちとなる。メイドに連れられエントランスに出ると、すでにそこにはあの男の姿があった。俺の姿を見るなり、すぐに言葉をかけてくる。
「早くしろ。もう車を待たせているんだからな」と言って、彼は懐の懐中時計で時間を確認した。
「ここであるわけじゃないんですか?」俺はキョトンとしながら訊ねる。
「この前は偶然そうだっただけだ。ほら、急げ。すでに時間はギリギリだ」
 彼は手で俺を招いて急かしてから、俺が来るのを待つことなく先に外に出る。その後を追い、俺も続いて正面扉を抜ける。すると、そこには一台の馬車があり、二頭の馬と繋がれている。馬は毛並みがよく、凛々しい立ち姿をしている。そして、その手綱を握るのは老いた男性で、俺たちを見ると帽子を脱ぎ、その白髪頭を下げた。
「時間が押している。急ぎ目で頼むぞ」彼はその老人に向けて言う。老人の方はしゃがれた声で、ゆっくりと落ち着いた調子で「かしこまりました、ご主人様」と返した。
 俺が乗り込み、馬車の戸が閉まる。その音を耳にした老人は手綱を馬に軽く叩きつけ、馬を歩かせ始める。動き出しに少し揺れたが、馬車は滑らかに動きだす。門扉を抜け、道路に出ると、馬たちの速度が上がり、馬車もその動きを早め、目的地へと向かった。


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