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作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

第4回 薔薇のコサージュ
 いくら知識を身に付けたって、目の前のハードルは極めて高く思われた。初めて舞踏会、一体どうすればいいのかがさっぱり分からない。俺は困り果ててその場に棒立ちとなる。
「どうかなされましたか?」
 魅力的な女性の声。突然のことに驚いてはしまうが、それを察せられないように背筋をピンと伸ばし、平然を装う。
 落ち着いた風を見せながら、その声の方を振り返る。そこには一人の女性が立っており、深紅のドレスにその身を包んでいた。そのドレスは、上がコルセットであり、濃さの異なる糸で細やかな刺繍が施され、下はドレーピングのかけられた立体的なスカートであった。美しいシルエットをしている。
 彼女の髪の毛はブロンドのロングヘアーであり、軽くウェーブがかかって滑らかな曲線を描いている。蝋燭の光がその髪の毛を艶やかなに照らしている。その髪の上には、薔薇を模したコサージュがつけられており、深みのあるローズレッドが良く似合っている。
 顔には金色のヴェネチアンハーフマスクが付けられている。一枚の鉄板から余分な部分を切り抜いて作られたようなマスクであり、滑らかな細い線が幾重にも重なっているように見えた。目元には目の美しさを際立てる効果を狙ってか、ダイヤかガラスが散りばめられている。
 見れば見るほど、その美しさに惹きこまれてしまう。相手の魅力に息を飲んだのは、初めてのことだった。俺の感じる世界は彼女だけになっていき、周りの音は忘却の彼方に消えていく。奏でられた演奏は聞こえなくなり、俺の中で鼓動だけがゆっくりと脈打った。一音一音がはっきりと聞こえ、余韻を随分と長く引いていく。次の鼓動を打たないのではないかと思うほど、ゆっくりと長く心音が続く。
 詰まる所、俺はその場に凍りついたように固まっていた。そんな俺を怪訝に思ってか、彼女は軽く首を傾げて問いかける。
「本当に大丈夫ですか?」少々心配の意が含まれている。
 その言葉によって俺はようやく我に返り、「あっ、大丈夫です」と穏やかな口調で言った。
「そうですか。それは良かったです」彼女は顎を引き、口角を上げて笑みを浮かべる。「お立ちになって動かないものですから、少し心配してしまいました」マスクの奥の瞳が笑う。吸い込まれそうな美しい眼をしている。
「それは失礼いたしました。少々考え事をしてたもので」教えられた通り、丁寧に落ち着いた物言いをする。柔らかな笑みも忘れずに添えた。
 しかし、彼女は小さく笑みを零す。自分の格好に可笑しな点があるのだろうかと、俺はつい自分の姿を見直す。
「どこか変なところがありますか?」
「いえ」彼女は手を口元に添え、笑みを隠そうとする。けれど、その隙間からは変わらず笑みが見え隠れしている。「どこか他の方とは違う印象を受けたものですから」
「違う印象……ですか?」その言葉の意味するところが分からず、俺は顔を濁してしまう。
 俺の反応を見て、彼女の顔にも緊張が走った。あらぬ誤解を招かないようにか、手を前に出して否定するように振る。
「いえ、あまりお気になさらないでください。私個人の意見ですし、きっと単なる思い過ごしです」焦った様子で早口に語った。
 彼女の焦り様に滑稽さを覚え、自然と頬が緩んでいく。
「大丈夫ですよ。それだけ仰るなら、悪い意味ではないのでしょうし」
 俺の言葉を聞き、彼女は動きを止めて、安堵の溜息を小さく零した。焦ったり、安心したりと表情豊かな女性だな、と思う。
 そこで突然、別の声が割り込んできた。明るめの男の声だった。
「アリス!」
 声のした方を向いてみると、一人の男がちょうど彼女の元に歩み寄るところだ。光を宿したようなブロンドヘアーであり、顔には白のマスクを付け、服装は黒の燕尾服である。同い年ぐらいに見えたが、身長は俺よりも少し高く思えた。(ちなみに俺の身長は170センチ台後半だ)
 彼女の方を見ると知り合いのようであった。彼は彼女のそばに寄り、彼女の手を取ると、その甲に軽く唇をつけた。それは単なる挨拶なんだと理解しているが、どうにも割り切ることができない。心に暗い靄がかかり、ふつふつと何かが湧き起こっている気がした。
「ローランド、元気にしてた?」彼女が親しく話す。
「あぁ元気だよ。アリスは?」彼も親しく話す。
「私も元気よ」
 彼女は笑みを添えている。その親しい二人を前にし、仲の良いカップルを見ているような気分になる。いや、実際のその通りなのかもしれない。心の靄が濃さを増す。
 黙り込んでいる俺を不審に思ってか、彼が俺の方を見て、彼女に小声で訊ねる。
「彼は誰だい?」
「彼はさっき知り合った方よ。名前は……」そこまで言って、彼女はまだ俺の名前を聞いていなかったことに気付いた。俺の顔を見つめて、困ったような表情を浮かべる。
 俺は自分の想いを知られないように、穏やかな口調で平静を装いながら語る。
「マルクレイです。以後、お見知り置きを」
 そう言って俺は手を出して握手を要求する。彼はそれに応じ、握手を交わす。
「こちらこそ。ローランドです」
「では、私はこの辺で失礼させてもらいます」
 そして、俺は一礼をしてからその場を去る。どうにもあの場に長く居る気にはなれなかった。
 近くにあるテーブルに行くと、その上に置かれた食べ物を適当に食べる。食べていないと、やっていられない気分だった。

 仮面舞踏会とは、どれくらい長く行われるものなのだろうか? この空間の中には時計が全く見当たらないので、どれほどの時間が経っているのかが分からない。おそらく時間を忘れて楽しんでいただく、というような計らいなのだろう。
 開始から二時間ほど経ったような気がする頃、俺はひとり椅子に腰を掛けていた。それは壁際に並べられたものの一つで、同じ空間にあるとは言っても、どこか隔絶されている気がしてならなかった。
 目の前では何組ものペアが音楽に合わせて踊っている。お互いの眼を見つめ、思い出を刻みつけるようにステップを踏んでいる。
 必死になって色んな女性に声をかけてはみたが、どうにも続かなかった。どうしてもあの人が脳裏に浮かんでしまう。あの深紅のドレスを着た、アリスと呼ばれる女性が。彼女の姿が浮かぶと、目の前の女性はすぐにくすんでしまった。目の前の人も十二分に綺麗なのだが、彼女の前では色あせて見えたのだ。
 椅子に腰を下ろしたまま、手に持ったグラスを見つめる。そこには白ワインが注がれており、グラスを揺する度に蝋燭の光を映しこんで、微かな色の違いを見せている。そのグラスを唇に近づけ、白ワインを少し飲む。舌の上で転がすと独特の甘みが包み込み、呑み込んでもその甘みは口の中に残った。
 後を引く甘みを味わいつつも、肌では舞踏会の終わりの近づきを感じる。ピークを過ぎた舞踏会は、ゆったりとした曲調の音楽に包まれ始め、踊る人々の動きも派手さを失っていった。
 かく言う俺はその舞踏会に参加していない有り様であり、もう飲めないであろう白ワインを名残惜しそうに何度も口に運んでいた。一度飲む度に、舞踏会の終わりを感じ、自らがチャンスを生かせなかったことを認識し、その気持ちから逃げるようにまた白ワインを口に含む。その繰り返しだ。繰り返せば繰り返すほど、気持ちはどんよりと沈んでいく。
「また考え事ですか?」
 不意に言葉が届いた。落としていた視線を上げて、声の主が誰であるかを確認した。
 深紅の立体的なスカート。細やかな刺繍の施されたコルセット。ウェーブのかかったブロンドの髪の毛。薔薇を模したコサージュ。
 彼女だ。
 俺は驚きのあまり、勢いよく席から立ち上がる。その際白ワインがグラスから零れてしまいそうになるが、なんとか零れないように試みる。慌てふためく俺の姿を見て、彼女は微笑を浮かべた。
「マルクレイ様でしたよね?」
「えっ、あ、はい」白ワインが零れてないかグラスを確認しつつ言った。初めて彼女に会った時のような気の抜けた声を漏らしてしまった。
 俺は彼女を前にし、次に言う言葉なんて浮かばなくなる。頭の中が真っ白になってしまっているのだ。
 そんな状態で固まってしまっている俺に、彼女は小さく首を傾げて問いかける。
「どうかなされたんですが?」彼女はその先を言うか一瞬迷ったような表情を浮かべるが、言葉を続ける。「考え事と言うよりかは、どこか思い悩んでいるようでしたが……」
「いえ、お気になさらないでください。また、ただの考え事でしたから」
 彼女に心配をかけまいと、穏やかな口調で笑みを添えて言う。だが、彼女は浮かなそうな表情をしている。一瞬沈黙がその場を支配したが、彼女が何かを思いついたようで、口火を切った。
「そうだ」彼女は呟き、その手を俺に差し出した。「踊りましょう、マルクレイ様」
 唐突な提案に驚いてしまい、彼女の顔と手の間を何度も視線が行き来する。最終的に視線は彼女の顔を見つめることになり、彼女が本気であるのかを確認してしまう。
「わ、私となんかですか……?」
 そんな問いかけに対しても、彼女はにこやかな笑みで答える。
「マルクレイ様、ここは舞踏会ですよ?」怒ったように少し口を尖らせながら言う。「それに、レディの誘いを断るものではないですよ?」
 演技っぽく怒る彼女の様子に、俺は自然と笑みを零してしまう。気付けば先ほどまでの気持ちは消え去り、心には穏やかさが戻っていた。
「こちらこそお相手をお願いします」
 差し出された手を取り、細く柔らかな指を優しく掴んで、その甲に軽く口付けをする。そして、あることを思い出した。俺はまだ彼女の名前を知らなかったのだ。
「お名前を教えていただけますか?」
 俺の言葉を聞いて、彼女は自分が名乗っていなかったことを思い出し、驚きと気恥ずかしさの混ざったような表情を浮かべる。彼女は手を俺の手から離し、スカートの端をちょんと摘んで答える。
「アリスベルティーヌです。アリスと御呼びください」
 そして、彼女は膝を軽く曲げ、スカートを上に少し持ち上げるようにして、お辞儀をした。
 お辞儀を終えた彼女の前に、俺は穏やかな笑みを浮かべて手を差し出す。彼女は笑ってその手に応え、俺の手の上に自らの手を添えた。俺はその手を優しく包み込み、彼女を連れて中央へとゆっくり歩んでいった。

 演奏の終わりと共に、ダンス集団の中に入る。何組もが立つ中、自分たちの居場所を見つけて、そこに立つ。彼女と向かい合い、彼女の瞳を見つめる。青く澄んだ瞳が、仮面の向こうで俺を見つめている。彼女と視線が交錯し、魔法にかけられたように身体が緊張に縛り付けられる。目を合わせられなくなり、彼女の瞳から視線を逸らす。それから、ぎこちない動きながらもやっと右手を持ち上げ、彼女の腰の辺りに右手を回す。だが、まるで彼女が触ってはいけないもののように、その手はぎりぎり彼女に触れないように浮かせていた。
 そこで彼女がくすりと笑う。筋の綺麗に通った鼻から小さく息を漏らし、口元を緩ませる。彼女は爪先で立ち、その顔を俺の耳元に近づける。そして、囁いた。
「手の位置はもっと上ですよ、マルクレイ様」そう言って、彼女は俺の右手を確かに握り、それを肩甲骨の辺りまで上げた。
 彼女は踵を下ろしながら顔を引き、普通に立った時には俺の正面にその位置を戻した。身長差のために、彼女は上目遣いになりながら訊ねる。
「踊るのは初めてなのですか?」
 その言葉にギクリとしながらも、誤魔化すように苦笑いを浮かべて答えた。
「そんなことはありませんよ。……けど、少々苦手なもので」取って付けたように言った。
 彼女は見透かしたようにフフッと笑みを零し、「そういうことにしておきます」と意地悪そうに言った。そして、彼女は俺の左肩にその手をのせる。
 音楽隊の準備も整い、そろそろ演奏が始まりそうな雰囲気に包まれる。辺りは静まりかえり、自分の心臓だけが早鐘を鳴らしている。鼓動に合わせるように呼吸も早まっていくが決心をつけて、俺は左手を左横に出す。それを見て彼女もゆっくりと右手を上げ、俺の左掌にその手を添える。俺はその手を包み込み、彼女と手を繋いだ。
 彼女がまた背伸びをして、俺の耳元にその顔を近づけ、囁く。
「あまり固くならず、リラックスして下さい。マルクレイ様」
 彼女は顔を離すと、また柔らかな笑みを浮かべて俺を見つめる。
「リラックス」彼女は小さく呟いた。それは俺に向けられたものと言うよりは、まるで自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
 鼓動が体内で響き渡る中、演奏が始まる。テンポの良い淡々とした三拍子。淡白な三拍子が四小節つづき、主旋律が始まる。それに合わせて、足を動かし出した。緊張の抜けきらない足で、彼女の足を踏んだりしないように細心の注意を払う。一歩一歩を大切に刻み、ステップを踏んでいく。彼女の動きに合わせ、時にはターンを刻みながら。
 踊り出すと予想以上に彼女との距離が近づく。すぐそばの彼女を見つめ続けることができず、つい視線を逸らす。それに気付いた彼女は、演技とすぐに分かる調子で怒る。
「踊る時は相手の目を見る」
 メイド長のことを思い出すような言い方だ。俺は視線を彼女に戻し、その瞳を見ながら答える。
「申し訳ございません、アリスお嬢様」
 わざとらしく謙って言う。彼女はそんな俺の対応に合わせて、「それでよろしい」と上の立場から言うように言った。互いのことに、俺たちは自然と笑顔を浮かべる。
 俺の目に映るのは彼女だけであり、まるでこの場には俺と彼女しかいないのではないかという錯覚に浸る。この時間が永遠に続けばいいのに、なんて子供っぽいことをつい考えてしまう。
 だけど、始まりには終わりがつきものだ。幕引きの時間が迎えられようとしている。


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