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作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

第2回 疑似餌
 泣き疲れ、いつの間にか寝てしまっていた。窓の隙間からは日が差し込み、小鳥のさえずりも微かに聞こえてくる。
 改めて父さんを見る。寝たまま死んだのか、綺麗な死に顔をしている。その穏やかそうな顔つきを見ると、悲しみよりも安心感が湧き起こった。貧しさで苦痛に歪んだような表情をしていないのは、なんだか救われたような気がした。
 父さんは俺に苦労をかけてすまなかったと手紙に書いていたが、それは俺の台詞だ。父親ひとり養えないような親不孝者で、本当に申し訳なかった。
 父の亡骸を放置するなんて出来ないし、路上に捨てるなんてもちろんする気もない。だが、葬式をしてやれるようなお金の余裕もない。
 父親の死体を抱きかかえ、背負う。そのまま家を出て、貧困街の共同墓地へと連れていった。
 共同墓地にはいくつもの死体が集められ、毎夜火葬されている。正確に言えば、火葬なんて大層なものではなく、焼却処分という言葉の方が近い。集められた死体の山に、火が焚きつけられるだけなのだから。
 共同墓地の傍まで死体を持っていき、地面に寝かせ、その衣服を脱がせる。脱がせておかなければ、誰かに引っぺがされる恐れがあるからだ。父さんがそんなぞんざいな扱いを受けるのは耐えられない。丁寧に脱がせていき、死体を裸にすると、共同墓地の火葬場に寝かせる。まだ朝だが、すでに数体の死体が並んでいた。
 父親に心の中で最後の別れを告げ、俺は火葬場を後にした。
 時間は分からないが、おそらく労働時間はもう始まっているだろう。だいぶ日も昇っているのでそうだと思われた。しょうがなく、一度家に帰る。
 扉を開け、家に入る。そこには空になった布団。
 ああ……もう帰りを待ってくれている人は居ないんだ。
 沈む気持ちに合わせて、視線を落とした。すると、あの手紙を視界に捉える。手紙を手に取って、また見返す。
 ゲルトラウス・デ・クラウディスティン……。ヴェレンツェ通りの先……。
 傍らで固くなっているパンを掴み、家を飛び出した。目的地は、もちろんヴェレンツェ通りのその先。

 ヴェレンツェ通りは活気に溢れていた。広々とした道路があり、その横には歩道との区別がつくようにか、等間隔で木が植えられている。路上には何台もの馬車が行き来しており、路の中央には街灯も備え付けられていた。
 歩道には無数の人々が行き来しており、その人々を見下ろすように五、六階建ての建物が並んび、様々な店が軒を連ねていた。
 その人々の中を、パンで腹ごしらえをしながら進んで行く。あまりにみすぼらしい恰好に、道行く人は怪訝そうに俺を見る。中には、その食ってるパンは盗んできたものなんだろ、というような目で見るような人も居る。
 場違い感をその身で感じながらも、俺はヴェレンツェ通りを抜けていった。無数にいた人々は少なくなるが、一方でその品格は向上したように見える。今までのが庶民なら、今度は上流階級といった感じだった。
 建物もお店の類はなくなり、住宅へと変わっていく。それも集合住宅なんてものじゃなく、立派な一軒家だ。それも、庶民には手が出せそうにもない、豪邸といった方が近いようなものだ。
 その中で、俺は一際立派な家を探す。一軒一軒見ていき、見落としたのかと考え出した頃、それは目の前に現れた。
 そこは、今までに見た一軒家サイズの庭を有しており、その庭の先に三、四階建てはあろうお屋敷が建っていた。庭を横切り屋敷へと続く道には、彫刻や噴水が設置されている。庭には剪定の行き届いた木々が並んでおり、中央を走る道を境に美しいシンメトリーを備えていた。
 立派なその様に言葉を失っていると、それを門番が遮る。彼は俺のすぐ目の前に立った。二メートル近くはあおうその巨体で前に立たれると、視界はその身体に覆われ、圧迫感だけを覚える。
「なにか用か、坊主」
 低くドスの利いた声だ。平常心なんて保てなくなる。けれど、逃げ出すわけにもいかない。怯えを抑え、言葉を返す。
「こ、ここは――」手紙を見て名前を確認する。「ゲルトラウス・デ・クラウディスティン、さんのお宅ですか?」少々棒読み感が出てしまう。
「そうだが」
 門番は短く言い放つ。あえて言っていないが、その後には「だからどうした?」という言葉でも続くのだろう。彼にとって大事なのは用件の有無であり、用の無い者に相手をする気などさらさらない様子だ。俺の返答次第ではすぐにでも追っ払ってやるという気迫が俺を突き刺してくる。
「えっと、ゲルトラウスさんにお会いしたいのですが……」
 言ってはみるが、門番の眼は冷ややかなものだった。俺を上から下まで見た挙句、一度鼻で笑う。
「お前のような奴がご主人様にお会いできるわけがないだろ」と門番は冷笑を浮かべながら言う。
 だが、ここで食い下がるわけにはいかない。意地でも続ける。
「ジークフリート・ヴァスクブルグ(父親の名前)の息子が来たと伝えていただければ、分かると思います」退く気を見せずに言う。
 その気に押されてかは定かではないが、門番は「そこで待ってろ」と言い残し、門扉の隣に設けられた門番所に戻って行った。彼は門番所の中で電話をかけている。おそらくだが屋敷との連絡を取っているようだ。一度切り、のんびりと門番は待っている。俺のことなんてまるで気にかけていないようだ。
 数分経ち、門番が再び電話を取った。少し話してから切り、彼は門番所から出てくる。
「ご主人様がお会いしてくれるそうだ」
 それだけ告げると、門番は門扉に付けられた頑丈そうな南京錠に鍵を挿しこみ、開ける。
「さあ入れ。真っ直ぐ屋敷に向かうんだ」
 門番が投げやりな感じでそう告げると、言われた通りに門を抜ける。俺が入るのを確認すると、門番はまた南京錠をかける。
「ほら、ご主人様を待たせるんじゃねえ」門番が、足を止めていた俺を急かす。
「は、はい」と言い、俺は小走りに屋敷へと向かった。

 庭は一面が青々とした芝に覆われ、屋敷へと続く道には表面が滑らかな石が並べられており、平らに加工されている。その道の脇には等間隔で木々が一本ずつ並べられ、その間を埋めるように真っ白な彫刻が並べられている。その間を抜けて、俺は屋敷へと向かっていく。
 屋敷に近づくと、目の前に大きな噴水が現れた。噴水では、見たことがないほど透き通った水が絶えず吹き出し、なみなみと注がれていた。道はその噴水を囲むように円を描いており、俺もその道を辿って噴水の周りを歩いていく。
 そして、遂に屋敷の前に辿り着いた。先ほど門番に真ん前に立たれた時のような、圧迫感を感じる。遠目に見ていた時は気付かなかったが、こうやって近くで見ると、細やかに刻まれた装飾の数々が目に入る。柱ひとつ取っても、そこには彫刻が施され、天使と思われる姿が見受けられる。
 屋敷に目を奪われていると、正面の扉が開かれる。
 大きな焦げ茶色の二枚扉の片方が開かれると、そこには一人のメイドが立っていた。俺を見ると頭を下げ、それから「こちらへ」と言い、中に入るように手で示す。それに従い、俺は屋敷の中へと足を踏み入れた。
 そこは豪華絢爛そのものだった。天井には煌めいているシャンデリアがぶら下がり、床には細部まで描かれている絨毯が敷かれている。美しい装飾を施された家具が並べられ、綺麗な生花が飾られている。まるでこの空間にある空気さえもが高級品であり、有料ではないかと錯覚してしまうほどだった。
 俺は驚きのあまり口を閉じることさえも忘れ、ひとり呆けてしまう。
 そんな俺に気を向けることなく、メイドは移動していた。エントランスであるここの左側に向かい、そこにあるドアをノックしている。
「ご主人様、お連れ致しました」
「分かった。入れろ」
 返事を確認すると、メイドはドアノブを回してドアを開ける。開けたところで俺の方に向き、「どうぞお入りください」と丁寧に言い並べる。
 その時になって俺はようやく我に返り、指示されるがままにその中へと進んで行った。俺が入ると、メイドは一礼をしてから静かに戸を閉める。静かに閉めたのに、不思議とその空間に、ガチャリ、という音が響き渡ったように感じた。どこか張りつめたような雰囲気がある。
 正面には机があり、そこには一人の男が座っている。おそらく彼が、ゲルトラウス・デ・クラウディスティンという男なのだろう。椅子に腰を据えたまま顔を上げ、その口を開く。
「お前がジークフリート(父さん)の息子か?」
 低いがよく通る声だった。耳から入ると、身体の中で響き渡り、余韻を残す。
 その声のみならず、張り詰めた雰囲気にも少々気圧されながら、なんとか返事をする。
「は……はい」
「どうりで汚い恰好をしているわけだな」まじまじと俺の身体を頭から爪先まで見ながら言う。「それで、用件はなんだ?」
 とっとと面倒なことは済ませてしまいたいという調子だ。訊くだけ訊いて、彼は視線を机上に戻す。遠回しに話をしてもしょうがないと思い、用件を言う。
「父と約束をしたとお聞きしたのですが……」はっきりゆっくりと言っていく。
「ジークフリートと? どういった約束だ?」遠い昔を回想するように、彼は左上に目をつり上げる。
「父が、遺言であなたを頼るようにと言ってました」俺は分が悪いような気になりながら言った。馬鹿正直に遺言を信じてここまで来たが、本当にうまくいくのか今更ながら疑問が湧いてくる。
「遺言?」彼は唐突に歯応えが異質なものを食べた時のように、眉間に皺をよせ、唇を突き出す。「ジークフリートの奴、死んじまったのか?」驚きの含まれた言い様だ。
「はい。昨夜に」
 彼は自分に言い聞かせるように、「そうかそうか」と繰り返し呟いていた。だが、突然の笑いだし、椅子から立ち上がる。その拍子に椅子は後ろに押し飛ばされ、もう少しで倒れそうになったが持ちこたえた。
 彼は話しながらこちらに歩いてくる。
「あいつ、やっと死んだのか! とんだ死に損ない野郎だとは思っていたが、遂に逝ったとはな!」彼は嘲りながら言い並べる。「それで、お前はあいつの遺言を信じて私のもとに来たのか?」
 「ぞんなの嘘だよな? 冗談だと言えよ」というような彼の心の声が聞こえそうだった。明らかに馬鹿にされており、その通りだと認めるのは心底嫌だったが、俺にできる返事はこれしかないと思う。
「……はい」
 彼はまたも嘲笑を浮かべる。
「親が親なら、子も子だな。あんな口約束を信じているとは」一頻り嘲笑うと、笑いも引いていき、元の調子に戻って言う。「では、そろそろお帰り願おうかな?」
 それだけ言うと、彼は机の方にその身を向け、戻っていく。椅子に腰を下ろすと、机に置かれた箱から葉巻を一本取り出し、その端を切る。もう俺は興味の外という感じだった。
「わざわざお時間を取っていただき、ありがとうございました」厭味ったらしく、一音一音をハキハキと並べた。だが、これぐらいしか自分にできないと気付くと、惨めさが込み上げる。
 彼に背を向け、ドアの方に歩を進める。屈辱による怒りで、足音がはっきりと響く。
「いや、ちょっと待て」
不意に背中に声をかけられた。つい足を止め、振り返る。
「面白いことを思いついたぞ」彼は口から葉巻の煙を上げながら言う。「お前は釣りをするか?」
 妙な質問にその真意が理解できず、「はい?」と返してしまう。
「釣りには疑似餌ってものがある。疑似餌は分かるか?」言い終えると、彼はまた葉巻を咥えて一服する。
「ぎじえ……?」
「本物ではない、似ているだけの偽物の餌のことだ」彼は葉巻を咥えたまま答える。「その疑似餌に、お前を使うんだ」
 咥えていた葉巻を手に取り、その先で俺を指した。俺は意味が分からずに、「へ?」と間の抜けた声を漏らして、開いた口を閉じることを忘れていた。

 彼の話はこうだ。
 実は今夜、彼のこの屋敷で仮面舞踏会が開催されるそうで、そこには多くの富豪が集まる。成金も居れば、貴族も居り、中には名家のお嬢様も居る。そこで俺の出番だ。彼は俺を紳士に仕立てあげ、俺を「餌」にして「釣り」に興じるのだ。つまり、俺を使って名家のお嬢様を捕まえようとしているということだ。だが、捕まえられただけで彼に得があるわけではない。そこで、俺の得分の話になる。
 もし俺が名家のお嬢様を射止め、彼女が彼のお眼鏡に適えば、彼は俺をこの家の養子にしてくれるのだ。つまり、この家の財が得られるというのだ。彼の話によると、どこかの家の二男、三男を養子にして自分の財産を喰われるぐらいなら、俺に財産を渡した方がマシとのことだが、その基準がどこにあるかはよく分からなかった。俺のような貧乏人には考え及ばないことがあるのだろうと、その点については考えることを止める。
 いい話には裏があるとは言うが、今の俺には失うようなものはもう何も無かったし、断るにはあまりにも惜しすぎる話だ。名家のお嬢様を射止めれば、逆玉の輿なうえに、彼の資産も手に入れられるのだ。まさに一石二鳥。断る理由なんてどこにもない。
 俺の返す答えは一つしかない。
「やらせて下さい」
 考えるまでもなく、口が勝手に動いた。
 彼は俺の返事を聞くと口角を微かに上げ、机の上に置かれたベルを手に取った。


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