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作品名:Masquerade 〜マスカレード〜 作者:alone

最終回 本当の自分
 目の前が真っ暗だ。頭は霞がかかったようにはっきりとしていない。鈍い痛みだけに支配され、頭部はどこまでが自分の身体か分からなくなる。まるで夜という闇の中に溶け入ってしまったように、その境界があやふやになっている。
 どこかで話し声がする。その声は波紋を立て、俺の視界をゆらゆらと揺らす。もやもやとした何かが蠢き、視界の中を這いずり回る。一体何が見えているのか分からない。一体何があるのか分からない。
 頭が痛い。後頭部をじんわりと包み、中央へと浸透して頭痛へと変わっていく。顔にも痛みが残り、骨を重い激痛が伝っていく。じわじわと広がると、それも頭痛へと溶け込んでいく。
 鈍く続く頭痛も収まりをみせ始めると、視界に映る何かも消えていく。もやもやとした視野はただの暗幕へと変わっていく。そして、今更ながらに気付く。俺は目を開いてるんじゃなくて、ただ瞼の裏を見ていただけだったのだ、と。
 力を瞼に流し込み、じわりじわりと開いていく。ぴくぴくと瞼を震わせながらも、視界が開けていく。開いたところで、世界は薄暗いものではあるのだが、瞼の裏と違って月明かりの下に照らされている。
 ぼやけた視界が次第にはっきりとしていく。空には丸い月が輝き、その手前には――。
 彼女が居た。
 月明かりのもとで彼女の顔には影が差している。そこには仮面はもう付けられておらず、彼女は神妙な顔つきで俺を見つめ、目が合うと小さく微笑んだ。
 フッと鼻から息を吸うと、土のにおいに混じって甘い香りが入ってくる。薔薇だろうか? 詳しくは分からないが、花の香りだということは分かる。甘く、深みのある香り。気持ちに安らぎをもたらしてくれる。
「大丈夫ですか?」
 彼女がゆっくりと優しく言う。表情にはまだ暗い影が差している。
 俺は身体を起こす。頭にはまだ広く痛みが張り付いている。特に痛むところに手を当てて見てみるが、手には何も付いていない。どうやら血は出ていないようだ。確認を終えてから、言葉を返す。
「まだ痛むけど、大丈夫そうです」
 彼女に安心感を与えるため、俺は笑みを浮かべる。彼女は俺の言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。それから上げた彼女の顔は月明かりによって明るく照らされている。
「良かったです」彼女は安堵の溜め息にのせて言う。そして息を吸うと、凛とした調子で続ける。「本当にすみませんでした。ローランドには私から言っておきました。ローランドも彼なりに反省しているので、許してあげて下さい」
 そう言って彼女は深く頭を下げる。健気なその様に俺も気が引けてしまう。
「やめてくださいよ、そんなこと。頭を上げてください」
 俺は穏やかな口調で語った。それを聞いて彼女は一応頭を上げるが、まだ納得のいっていない表情を浮かべている。
「全然気にしてませんから、そんな風にしないで下さいよ」
 柔らかな笑みを添えて言ってはみたが、考えてみると、あれだけ殴られて気にしていないというのは、自分でも神経を疑ってしまうほどのおかしさだった。それこそ、神経を数本やってしまっているのではないか、と言う話になってしまう。無思慮にフォローの言葉を選んだしまったことを、少しばかり後悔する。
「そのように言って頂き、少し安心しました。でも、なんでローランドがあんなことをしたのか、気になっていますよね?」淡々とした調子で彼女は語る。
 彼女の言葉に対し、俺は無言でうなづく。
「実は、ローランドと私は許婚なんです。親同士が勝手に結婚を決めていたんです」彼女は俯き、ふたたび顔に影が差す。「さっきローランドに教えられました、そのことについて。自分たちが許婚なんだって……」
 彼女は暗い面持ちで黙り込む。
 俺は俺で、『許婚』という言葉について考える。そしてローランドの言葉を思い出した。「アリスは俺の女」。そういう意味だったのか、と理解する。恋人関係とかそう言うのではなく、家柄同士の繋がりがあったのだと理解した。
 彼女は感情の起伏に任せて、声の大きさを大小させながら話す。
「ローランドのことは嫌いじゃありません。嫌いじゃありませんが……、今の私には好きな人が出来ました」
「えっ……?」と声を漏らし、俺は目を見開く。
 彼女は顔を上げ、話を続けていく。
「以前私が、仮面なんて形だけになっている、と言ったのを覚えてますか? けれど、その人はその仮面の裏に何か重要なものを隠しているみたいでした。でも、それが何かは分からなかった」
 彼女がしっとりとした瞳で俺を見つめる。仮面のなくなったその顔をまじまじと見ると、美しさに見蕩れてしまう。俺の瞳に視線を注ぎながら、彼女は言葉を続けていく。
「けど、やっと分かった。彼が何を隠しているか。何を知られたくなかったのか」
 生唾を呑み込み、一呼吸取ってから訊ねる。
「それは……何ですか?」
 俺の問いかけに対し、彼女はフフッと笑みを零す。口元を柔らかく綻ばせ、目尻を下げている。
「自分自身ですよ、マルクレイ様」彼女はゆっくりと味わうように答えた。続けて、彼女は俺の仮面に手を添え、それを外しながら顔を近づけて囁くように言う。「私は……、本当のアナタが知りたい」
 彼女は言い終えた口を閉ざし、そのまま顔を近づけてくる。そして、くちびるが重なり合った。
 温かく柔らかな感触が広がる。痛みなんてもう、何も感じなかった。ただただ安らかな気分だった。



 その後、俺がどうなったかと言うと、どうでもない簡単な話だ。
 俺は彼女とキスを交わしはしたが、それだけである。キスを終えて二人で舞踏会に戻ろう、という所で、問題が起こったのだ。
 俺がアリスを連れ出したことで、彼女に近しい関係の人々が騒ぎだし、俺が誰であるかがやり玉に上がった。そして言うまでもなく、俺が貴族やそういう類でないことがあばかれてしまった。俺は舞踏会に戻るわけにもいかず、そのまま庭に隠れる羽目になった。
 後でゲルトラウスに聞いた話では、ローランドは俺を守ろうといろいろ口添えをしてくれたそうだが、その甲斐は無かったらしい。そして、そこにアリス本人が戻ってきた。全員が安堵の声を上げる中、俺のことだけが問題となる。アリスに、何をされたのか等の質問がされたが、彼女は何も無かったと答え続けた。俺には何も悪いことはされなかった、と彼女は答え続けたのだが、それは焼け石に水だった。誰も聞く耳を持たず、俺が悪だと叫び続けたという。
 しかし、俺が見つからなかったために、事態はしょうがなく収束し、舞踏会は早々と終わりを迎えた。その帰りの馬車に乗り込み、ゲルトラウスと共に俺は屋敷へと戻った。そして、身ぐるみはがされ、いつかのような終わりを迎えたのだ。
 そして現在に至る。俺は変わらず労働階級として生きていた。けれど、以前と違って心持ちは軽かった。それがなぜだかは分からないが、彼女との出会いが少なからず関係している気がする。彼女や、その他の人々との関わりが、今に良い影響をもたらしてくれているとつい考えてしまう。
 でも、いくら気持ちが充実しようとも、金銭的余裕なんて生まれたりはしない。安月給で雇われて、その身を削って生きていく日々だ。
 そんな日常を送っているある日。朝起きて、軽く腹ごしらえをして家を出ようというとき、唐突にノックが家に響く。
 コンコン。
 乾いた音が響いた。こんな朝早くに一体誰だろうと思いながら、ドアを開くと、そこにはある女性の姿があった。ゴミ溜めのように薄汚れたこの場所には、全く似つかわしくない服装をした彼女を見て、俺は驚きのあまり言葉を失ってしまう。
 彼女はにこやかな笑みを浮かべて話す。
「マルクレイ様、お迎えに上がりました」
 そう言ってアリスは、俺に手を差し伸べた。俺は目の前で起こっていることが理解できず、目をぱちくりさせる。
 見かねた彼女は俺の手を取り、外に連れ出す。そのまま俺を手を引いて、通りの方へと向かっていく。これではあの時と真逆だ。今度は彼女が俺を手を引き、どこかへ連れて行こうとする。
 俺はあのときの彼女同様、抵抗することなく無言でその背に付いて行く。
 歩くたびに彼女の髪が揺れ、甘い香りが辺りに漂う。悪臭の立ち込める場所であるはずなのに、不思議とその香りだけに嗅覚が集中している。
 通りに出ると、一台の馬車が待たされていた。彼女は躊躇することなく馬車に乗り込み、俺にも乗るように手を差し出す。その手を取り、俺も馬車に乗る。
 馬車の戸を閉めると、馬車はゆっくりと動き始めた。それに合わせて、彼女も口を開く。
「この度は、急に押しかけてしまって申し訳ありません。どうして私が来たのかも分からない事でしょう」
 淡々と語る彼女に対し、俺は無言で頷く。現状に関しては全く理解が追い付いていない。
「実は、マルクレイ様の一件から、色々なことが起こりました。まずは、ローランドが許婚を止めるようにご両親に申し出て、私とローランドの許婚は反故となりました」
「えっ……そうなんですか?」
「はい。ローランドのご両親からも正式に申し出があり、お父様とお母様は渋々ですが承諾しました」
 あのローランドが許婚を辞退したというのには驚きを隠せなかった。あれほどアリスのことで熱くなっていたため、あまりにも意外過ぎた。
「それで、次のお話に移りますが――」彼女が俺の方に向き直る。「クラウディスティン様からマルクレイ様のことは全て教えていただきました」
 クラウディスティン……?
 聞き覚えのない言葉に一瞬動揺を覚えるが、なんとか思い出す。
 ゲルトラウス・デ・クラウディスティン! あの男か!
「あの人から全部聞いたんですか?」
「はい。全部教えていただきました。マルクレイ様が本当は何者で、どういう目的で舞踏会に参加していたのかも」
 俺がどんな目的で参加していたかも知られたことには後ろめたさを感じてしまい、俺は視線を彼女から逸らしてしまう。
「でも、そんなことはどうでも良いんです」
 彼女は明るい口調で言い切る。その言い切りの良さについ俺は視線を戻す。彼女は言葉を続けた。
「クラウディスティン様は仰ってました。マルクレイ様の想いは本物だと」
 彼女は俺をじっと見つめ、ゆっくりと口を動かす。
「私もあの夜に言った言葉には、嘘偽りは御座いません。だから――」
 彼女が一呼吸取る。その間が非常に長く感じられる。馬車の車輪がカラカラとテンポ良く音を立て、セッションを奏でるかのように心臓が鼓動を打ち鳴らす。俺は固唾を飲み、彼女の言葉の先を待つ。
「だから……、私と結婚してくださいませんか?」
 彼女は恥ずかしそうに俯き加減にそう言った。
 俺は一瞬呼吸を忘れてしまう。が、すぐに息を吸い、心に決めていた答えを述べる。
「はい」、と。


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