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作品名:時空流離譚 作者:ススム

第9回 射辛心 テーマ【ギャンブル】
「ですから部長、先程ご説明した方法ですと従来よりも作業の効率化が図れて……」
「あ、ああ。分かった分かったよ」
 まだ俺の話は途中だというのに部長は苦笑しながら口を挟んできた。
「その件はこっちで検討して来週までに答えを出しておくから……」
「来週?」
「まあ今週中にな。だからお前もたまには早く帰って家族サービスでもしてやれ。な」
 そう言って部長は早々と帰り支度を始めると俺を急かすように職場の電気を消灯した。
 俺は仕方なく残っている仕事を抱えて職場を出た。


 俺の勤め先は世間でいうホワイト企業というやつなのだろう。
 就業時間も規則もきっちりとしているし給料面でも申し分ない。職場の人間関係にも不満はなかった。今日だって上司は家族のある俺を気遣ってくれた。 
 その家族との関係も良好だ。良妻賢母な妻と今年で小学生になるかわいい長男。文句のつけようがあるはずがない。
 勝ち組。バラ色の人生。そんな言葉を先日の同窓会で多く投げかけられた。
 ただ何だろう。俺は周りが言うほどに今の自分の人生がいいものに思われなかった。
 この幸福な人生は俺にとってはドラマの中の脚本のようで現実味を与えなかった。
 禍福は糾える縄の如し――だろうが。俺の中のその縄ってやつは一体いつになったら福から禍に捩じれるんだ。
 人生とはもっと理不尽なものではなかったのか? 苦労して挫折して妥協して、それでも救われないような地獄こそが人生のはずだ。
 他の人たちがこんなにも苦しんでいる世界で、俺だけが幸せを一人占めしているような気がする。
 幸福が産み出す罪悪感に俺は今にも押しつぶされそうになっていた。幸せという魔物から逃げ出してしまいたかった。
 持ち返ってきた仕事だって本当は無理して着手する必要のないところを開拓しただけなのだ。
 無理矢理に作り出したこんな仕事も、しかしどうやら成功して職場はさらによいものとなりそうである。
 ああ、何か悪いことが起きてくれないか。あわよくば死にたい。最近はこんなことばかり考える。
 不治の病になったりしないか? 雷様が落ちてきてくれないだろうか? 
 サイレンを見聞きするたび妙な期待感に心躍ってしまう。もう相当やばいところまできているのかもしれない。
 満たされない破滅願望こそが俺に与えられた唯一の不幸だとでもいうのだろうか。明るい未来に目の前が真っ暗になりかけた。
 そのとき、ふと足元に何かが当たった感覚があった。目を向けてみるとそこにあったのはパチンコ玉だった。
 道路を一本挟んだ向こう側にそれなりに大きなパチンコ屋がある。そこのものだろう。
 そういえばパチンコに限らずいわゆる賭け事というものをしたことがこれまでに一度もなかった。
 思えばこれこそが不幸の珠玉ではないか。どうして今まで思い付かなかったのか。
 パチンコ屋なぞまさに破滅に魅入られ絶望感に飼い慣らされた者たちが住む魔窟だ。
 俺は早速とばかりに煌々と光り輝く魔窟に飛び込もうとした。
 ところが、慌てて走り出したせいか疎かになった手元からパチンコ玉が転がり落ちる。
 パチンコ玉は道路側とは反対の方へ。俺は反射的にそれを追った。
 レールに沿うように真っ直ぐに転がり続けるパチンコ玉。途端にそれは不規則に跳ねボチャン――と汚水の溜まった側溝に落ちた。
「あっ!」
 俺も玉に続いて片足を突っ込む。ズボンはぐちゃぐちゃのドロドロ。待てよ、そういえばもう一つの方はクリーニングに出していたんじゃなかったか?
 何たる不幸だ。ついてない! ついてないぞ!!
「あはは、ははははははははは!!」
 待ち焦がれた不幸の到来に俺は思わず声を上げて笑う。
 それから揺れる水面に浮かぶパチンコ玉を拾い上げた。こいつは大事にしなければ。
 また落としたりしないようにと財布に入れようとした――次の瞬間。
 大型トラックが向かいのパチンコ屋に突っ込み大破からの爆発炎上。
 俺は己の幸運を呪いながら、明るくなった空にパチンコ玉を蹴り上げた。


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