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作品名:時空流離譚 作者:ススム

第8回 菓道部 テーマ【お茶】
「結構なお点前で」
 あたしの隣の子がさんざん聞きあきたセリフを言った。
 次はあたしの番だった。でもあたしはうんざりしていてガマンの限界だった。
 あたしがこの高校に入学しずっと憧れていた茶道部に入って今日で二ヶ月。
 ここの着物のきれいさと和菓子のおいしさはあたしの期待以上のものだった。でもこの液体の苦さ不味さも想像を絶していた。
 いやいやいや、もうこんなもの飲みたくない。なんでこんな見た目も味もサイアクのものを飲まなきゃいけないの!?
 器だってムダにでかくて重たいし。半分も入ってないじゃない。いやこれでも多すぎるんだけど。
 それにこのアワ! わざわざカシャカシャかき混ぜてどうしてこんなことするの。だれかのヨダレでも入ってるみたいでキモチ悪いだけだし。
「萌花(もか)さん?」
 いつまでもこれを飲もうとしないあたしに部長が話しかけてくる。
 あたしは両手を思いっきりタタミに叩きつけて言った。
「こんなもの飲みたくありません!」
 あたしの発言に茶道部のみんなは驚いて一斉にこっちを見る。ただ一人、部長だけは少しも驚かなかった。
「私の点てたお茶がお気に召さなかったかしら?」
 こういう気取ったところが気に食わない。ちょっと顔がよくて勉強ができるからって先生にも男子たちにもチヤホヤされて。こんなネクラ女のどこがいいの?
 おまけに家は華道の家元だとか、じゃあ華道部にいろっての! ん、そうだ! そのときあたしは名案を思いついた。
「部長の点てたお茶じゃなくてもいやです。まずいものはまずいんです。あたしはこのきれいな着物を着ておいしい和菓子だけ食べていたいんです」
「そう。萌花さんの意見は分かったけれど、やっぱりお茶も飲んでくれないと茶道部としては困るわ」
「はい。だからあたしは茶道部やめます」
 周りがさらにざわついたけども部長は相変わらずのすまし顔だった。あたしは続けて言った。
「そして菓道部を作ります」
 この言葉を聞いてやっと部長が少しあわてた顔になったので、あたしは思わずにやりと笑ってしまった。
「華道部……はすでにあるけれど」
「その華道部じゃないですよ。お『菓』子の『菓』です」
「ああ、なるほど」
 部長はすぐに元通りの無表情にもどってしまった。つまらないの。
「あなたのやりたいことは分かったわ。でも着物も和菓子も茶道部のものだから萌花さんの好きにはできないのよ」
「じゃあ部員のみんなに決めてもらいましょうよ。茶道部と菓道部のどっちがいいか。で、多かった方が着物も和菓子も好きにできる」
 あたしが部長に挑戦状を突きつけるとみんなの声はもっと騒がしくなったけど、明らかにさっきまでとは違う感じに変わった。
 あたしにはみんなの気持ちが分かる。あんな不味いもの誰だって飲みたくないに決まっている。部長以外は。
 そんなことにも気付かないで部長は平然とこう言った。
「いいわ。でも今すぐだと急でみんなも選べないでしょうから一週間後に決めてもらいましょう。その間はアピールタイムということで、萌花さんはこの部屋の半分を使って菓道部としての活動を、私はもう半分を使っていつも通りに茶道部として活動する。みんなには好きな方に参加してもらって今後どちらで活動していきたいか考えてもらう。どうかしら?」
 やっぱり部長は何も分かっていない。今なら何人かは部長に遠慮して茶道部を選んだかもしれないのに、自分からアピールタイムなんて言い出すなんて。
 あたしはもちろん「OKですよ。一週間後が楽しみですね」と返事をして部室を出た。
 すぐ後から他の部員たちも出てきてあたしの周りに集まってきた。
「びっくりしたよ。あの部長にあんなこと言うなんて」「ほんと。でもちょっとすっきりしたかも」「確かにあのお茶ゲロマズだもんね〜」
 みんなに囲まれてあたしはその日女王様になった気分で家に帰った。
 それは次の日からも変わらなかった。色んな着物でファッションショーをしたり好きな和菓子をつまんだり菓道部サイドは大盛り上がり。
 正座なんてやってられない。家でくつろぐみたいに足をくずしておしゃべりもし放題。
 茶道部サイドはというと部長が一人で黙々とお茶を点てていた。あんなお通夜みたいなことを昨日までしてたなんてマジでありえない。
 二日目も三日目もおんなじ。もう勝負なんてするまでもないのに。四日目が終わってあたしは部長に言った。
「もうあきらめたらどうですか〜。半分だけだとこっちせまいんですけど〜」
「最初に約束したのだからそれは守らないと駄目よ」
 もうすぐ使わなくなる茶器を大事そうに片づけながら部長は言う。さすがにかわいそうになってきたからせっかく言ってあげたのに、まだこりてないみたいだ。
「そうですか。じゃあおつかれさまでした〜」
 あたしは脱ぎ散らかした着物や和菓子のゴミをそのままに(どうせ明日も使うし)部室を出ていこうとした。そのとき部長が後ろから話しかけてきた。
「萌花さん。甘い思いができるのも今のうちよ」
 はあ? 負け惜しみかよ。なんか本当にみじめに思えてきたけどそれ以上にいい気味。明日になってもそんなこと言えるのかなあ。あたしはサイコーの気分で家に帰った。
 五日目。その日は昨日までと少し様子が違った。前ほどテンションが上がらなくてみんなだらけきっていた。あたしも何だかやる気が起きない。
 六日目。何人かがチラチラと茶道部の方を見ていた。あたしがにらむとすぐやめたけど。何か気分悪い。
 七日目。ついに茶道部に行く裏切り者が現れた。『まあ最後だしね』とか言い訳してたけど、もうあいつはハブ決定。そうして長かった一週間がようやく終わった。
「では決めてもらいましょうか」
 どこからそんな自信がわいてくるのか部長が偉そうにみんなに語りかける。さっさとしてよ、もう。
 次の瞬間、信じられない光景にあたしは目を疑った。なんと部員全員が部長の後ろ――茶道部の方へ移動したのだ。
「ちょっとみんな! どういうことよ! 信じられない。あんなに楽しんでたくせになんでそっち側に行くの!?」
「これを飲めば分かるわよ」
 部長が何の変わり映えもしない緑の汁を差し出してきた。本当はいやだったけど部長の迫力に押されて渋々飲んだ。
「おうぇ、まっず……」
 相変わらず吐くほど不味い。これで何が分かるっていうの?
「そうね。私もあまりおいしいとは思っていないわ、でも」
 そう言って部長は和菓子の一つをひょいっとあたしの口に放り込んだ。
「あっ……おいしい」
「でしょう?」
 部長もいつの間にか和菓子を食べていた。
「人生楽もあれば苦もある。楽だけしてたらどこかに苦は出てくるのよ。だから普段からちょっと我慢してた方が楽なものが多くなるの。でもまあ、私も萌花さんのことは言えないけどね。やっぱりどうしても嫌なものってあるもの。華道とか」
 こんな楽しそうに笑う部長を見たのは初めてだった。その笑顔についつられて、気付けばあたしも笑っていた。


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