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作品名:時空流離譚 作者:ススム

第7回 師忘 テーマ【純文学】
 作家・三木行純(みき こうじゅん)がこの世を去ったのは十二月の暮れの頃であった。
 末期がんだった。年の瀬を越す前に冷たくなった行純は、その作家人生においても寒い冬を越せる日は訪れぬままだった。
 行純は生来の偏屈者で人付き合いの少ない男だった。生涯を独身のまま逝った。
 そこだけは往年の大作家たちと通じてはいたが、困ったことに筆は伴わなかった。
 そんなわけで彼の死を心から悼んだ者は片手で足りるほど、はっきりと言うと二人の弟子だけだった。文吾(ぶんご)と富学(ふがく)だ。
 二人は共に故あって実家を離れ三木家に居候していた。実父同然に行純を慕っていた。手習ったのは物書きのいろはだけでは事足りぬ。
 大きな存在を失って、文吾と富学は今後の進退について話し合う。
 富学にはいい仲の女がいたため、文吾が三木家を出て行く運びとなった。
 最後に二人の弟子は自分たちの筆で師の無念を晴らさんことを誓い合った。

                        ◆

 文吾が再び三木家の門を叩いたのは行純の死から二度目の冬であった。
 富学は突然来訪してきた旧友の顔を一目見るなり、何も聞かずに中に通した。
 かつての行純の書斎には、何やら見慣れぬ“はいから”な物が増えていた。
 富学は今ではすっかり一端の物書き屋になり、近く大きな賞をもらうことにもなっていた。
 しかしながら今日、文吾が持ち込んできたのは祝いの言葉などではなかった。
「あなたの書いた本を読んだが、あれはなんだ?」
「なんだ……とは?」
 富学には文吾の言いたいところが分からなかった。
 その態度に文吾は気を悪くして、一息に捲し立て始めた。
「あの芸術的素養のかけらも感じ得ない駄文のことだ。あんな大衆に媚を売った文章を書いて亡き行純先生に恥ずかしくないのか?
 少しでも周りの目を気にした時点で、その作品は芸術からはかけ離れて後には下らぬ落書きしか残らない。
 あのようなものは女子供の読み物であって、学のない連中にやらせておけばいいような仕事だ。
 私やあなたがやるべきはもっと次元の高い仕事のはずではないか。あなたは自分の才能を無駄にしている。
 どうしてかあれが世間で評価されているみたいだが、もしもこのままああいった悪文が世間でよいものとして広まってみろ。
 いい味で育てば健康な体になるように、後世の人々はあの文章で育っていくこととなる。
 そうしていずれ本物の芸術は死に絶えてしまうだろう。
 今に見ていろ。三十、いや十年先には『純文学』と聞いて首を傾げる輩しかこの国にはいなくなるぞ。
 行純先生が御自分が亡くなられてからの文学界を憂いておられたことは、あなたも重々知っていることだろう。
 今すぐにあんな名ばかりで見る目のない連中からの賞など断って、真の小説というものを執筆するべきだ」
 顔中を真っ赤にして興奮する文吾に対し、富学は何一つ動じることはなかった。
 落ち着き払って文吾の言葉一つ一つに自分の意見をぶつけていった。
「君はいつから批評家になった? そうやって今の若い感性を批判する君と古典的芸術文学を軽視する大衆とのどこに違いがあろうか。
 女子供の読み物というが僕にとってはそれで十分。女房と子供の喜ぶ顔が見れるならばそれでいい。誇りこそすれ恥ずべきことなど一つもない。
 君は周りの目を気にした作品は芸術足り得ぬと言うが、そういう君は先生の目を気にしているではないか。
 僕の書く話を『大衆文学』とするなら君のは『行純文学』となるはずだ。
 故人の機嫌を取るよりも今生きて横にいる人の笑顔のために頑張る方がずっといいと僕は思う」
 富学の反論が進むにつれ、文吾の顔を怒りでますます赤みを帯び始めた。
 さらに追い討ちをかけるように富学は言った。
「もう一つ言わせてもらえば君のそれは趣味人の理屈だ。
 いやしくも専門の人となったのだから周りの目を気にせずに文を書くことなどできるわけがない。
 悪いが君がさっき言ったようなことは、僕の中では何年も前に消化してしまっている問題だ」
 すべてを聞き終えると文吾の中には怒りの他に悲しい気持ちが芽生えた。
 物分かりのいいようなことを言って、芸術の茨道に屈した旧友の姿を憐れんだのである。
 これ以上、この場に居続けることは文吾には我慢ならなかった。
「そうか。あなたはあの偉大な師のことを忘れてしまったというのか。同じ人から学んだ文士として残念極まりない。
 今もって私もあなたのことを永遠に忘れるとしよう。さようなら、聡明なる作家先生」
 来たときと同じように文吾の去っていく背中を富学は無言で見送った。

                        ◆

 富学が三木行純の後を追ったのはやはり大寒の季節であった。
 その最期は行純と然して変わりのないもので、見送る人は妻と子のわずか二人だけだった。
 晩年、富学の才は涸れ果てた。本が売れたのもあの一時ばかりのことであった。
 大衆向けの文学とはそういうもので富学も承知の上での仕事だった。
 富学が後世に残した影響といえば、その時期に師である三木行純の名前を世間に認知させたことくらいである。
 行純は数年後、その著作が見直され本格派文学の草分けとして語られることとなる。
 文吾も生前の評判は振るわないままであったが、死後に行純の弟子として一定の評価を得ることとなった。
 行純と文吾。純文学に人生を捧げた二人の名前はいくつもの年を越して伝えられていくが富学は遠い昔に置き去りにされたきりだった。
 しかし富学は決して己の人生がつまらないものだとは思わない。
 文吾に語った言葉に何一つ嘘はなく、やはり富学という人物は妻子の笑顔を何よりも貴んだ。
 二人の弟子が行純の死から得た教訓は大きく異なっていた。
 だがそれぞれに大切なものを受け取っていたのである。


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