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作品名:時空流離譚 作者:ススム

第11回 永華 テーマ【映画】
 私にとっての映画館というのは祖父の昔話を聞くための場所でした。
 映画――当時は活動写真なんて風に呼ばれていましたが、祖父に連れられて行っていたころは、まだ世にでたばかりで『画が動く』こと自体が大変な衝撃でありました。
 時代ですと明治の終わりの頃になりますから、まさに文明開化の集大成とでも言えるような代物です。
 活動写真という呼び名からも、初めて目の前で動き回る画を見た人々の驚きと、そしてはしゃぎようが窺い知れるようではありませんか。
 目の肥えたご老人ほど幼子のように目を丸くして口を開けて、かの機械が映し出す摩訶不思議な光景を食い入るように見つめていました。
 いつもは威張り散らす大人たちを子供と同じく純粋無垢にしてしまうこの場所はすぐに私のお気に入りになりました。
 祖父のことに話を戻しまして、あの人もまた映画館に来るとは嗄(しわが)れた心が潤っていくようでした。
 江戸時代の人間である祖父にとっては、写真でさえ新しいものでして風景が切り取られることに騒いでいたのも古い記憶ではないのです。
 それも馴染まないうちから今度は活動写真という、歴史を切り取るなんてものを見せられては平常心でおれないのも無理はありません。
 普段はあまり話したがらない若いときのあれこれを、私が聞かずとも自分の口から語ってくれました。
 まるで時代に取り残される寂しさを、己の中の最も輝かしい時代を取り出すことで必死に紛らわすように。
 映写機というものがどういう仕組みで私たちを愉しませてくれていたのか今も昔もよく分かっておりませんが、私の頭の中では目の前に映し出されている『未来』の裏側で巻き取られていく『過去』を祖父の言葉という映写機を通して上映していく、そんな想像をしていました。
 みんなが『未来』に釘付けになっている中、一人『過去』へと思いを馳せる私。
 一つの空間に二つの時間が流れていました。
 ところがある日のこと、これらの時間がいっぺんに止まってしまう出来事がありました。
 映画の上映中に不逞の連中が五・六人ほどぞろぞろと入ってきて耳障りな声で喧しく喚き立てたのです。
 当時の映画は無音のもので、時折に活動弁士と呼ばれる人が解説を入れる(私にとってのこの活動弁士が祖父だったわけです)だけだったので、彼らの騒々しさは今以上に鑑賞の妨げとなる非常に迷惑なものでした。
 しかもその内容も聞くに耐えないもので、映画の内容を稚拙な曲解をもとに口汚く酷評していたのです。
 彼らの年は三十くらいでちょうど私と祖父の間ぐらいでした。
 先に述べたように長く生きた人ほど活動写真には驚きを大きくしていまして、子供は子供のまま素直に愉しんでいましたから、この年代の人々が一番正当な評価を下せる立場だったのではないかと今になってみると思います。
 こんな風に思うのも、私があのときの彼らに近い年齢になったからなのかもしれません。
 ともあれ、そう考えてはみてもやはり彼らの鑑賞する態度がよいとは言えないことに変わりはありません。
 ですから、この後に受ける仕打ちについてはまるで同情する余地はなかったのです。
 不逞の連中が映画内の斬り合いの場面だったかを訳知り顔で批判してると、祖父がふらりと彼らのところへと寄っていきました。
 祖父がやんわりと静かにするよう促すと男の一人が気炎を上げて突っかかってきました。(何がそんなに気に障ったのでしょう? こればかりは今になっても分からないことの一つです)
 残りの連中もそれに続いて祖父を取り囲みリンチにしようとします。中には刃物を持っている者までおりました。
 私は遠くからこの騒ぎを見ながら今すぐ逃げたいくらいに怖かったのを覚えています。
 七十近い老人がこんな状況に陥っては無事にすむはずがないことは誰の目にも明らかです。
 ですが、そんな常並な考えを祖父は一瞬で吹き飛ばしました。
 祖父が裂帛(れっぱく)の気合を鋭く放つと男たちは即座に腰が抜けてその場にへたり込んでしまったのです。
 このとき、確かに私は若かりしころの祖父の姿を見て取ったのです。『過去』がただ一つこの空間に流れる時間でした。
 結局、祖父が私の前で昔の面影を見せたのはこの一度きりのことでしたが、このときのことは強く心に焼き付いて離れません。
 もう祖父が亡くなってからも大分経ちますが、今でも映画館へ行くと私の中でくっきりと映し出されるのです。
 

 新選組二番隊組長・永倉新八――その決して褪せることのない永久の栄華が。 


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