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作品名:宿主 作者:本条想子

最終回 浦辺部長と和田課長と荒木主任たちの夢
 浦辺さんは、浅沼部長が誕生してから和田課長を食事に誘いました。そこには、荒木君もいました。

「やあぁ、和田さん」
 と、浦辺さんが懐かしむように親しみ深く挨拶をしました。
「浦辺さん、久しぶりですね。荒木君、海外へ行ったんじゃないの」
 と、和田さんは驚きの表情を浮かべて言いました。
「こんにちは。今、浦辺さんの手伝いをしているんです」
 と、打ち解けた様子で言いました。
「栗栖社長の会社なの」
と、和田さんは尋ねました。
「あの人とは、没交渉だよ」
「会社の乗っ取りの時、浦辺さんと荒木君の名前が出て来たから、繋がっているのかなと思ったんだが」

「あの人、特有のはったりだよ。あれは、乗っ取りではなく、乗っ取らされたんだよ。まるで、回虫が小鳥を誘うようにね。これから、野崎社長は大変だよ。営業権だって、野崎君1人で用意出来る訳もないし。借りたんだろうから、無理に無理を重ねて不良の仕入れが増えるよ。あの人は、きれいさっぱり借金もなく、資金を持って勇退した形だからね。笑いが止まらないんじゃないかな」

「和田さん、大丈夫ですか。かなり陰湿なやり方で、追い出しを食っているみたいですけど」
「追い出しね。それを否定しようと自分に言い聞かしているのだけど、やっぱり駄目か」
「和田さんは、よく耐えていましたよ。僕は、限界でした」
 と、呆れ気味に言いました。
「野崎君は、最初、可愛かったなぁ。ねえ、和田さん」
「そう、あんな人間でなかった。ああも、地位や野心で変わるものなのかな。それにしても、いろいろ、知ってるねぇ」
 と、同僚だった時に戻った言い様になっていました。
「いろいろ、話が入って来るね」
 と浦辺さんは言いました。業者や社員からの情報が豊富だったからです。


「僕、気になる心理実験があるんです。テレビで見てショックでした。それは、1971年8月14日から20日までの実験なんです。
 当初は2週間の予定でアメリカのスタンフォード大学心理学部で、心理学者フィリップ・ジンバルドー博士の指揮の下に、被験者を看守役と受刑者役に分け、大学の地下実験室を架空の刑務所としてその実験が行われたんです。
 普通の人が肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動をしてしまう事を証明しようとした実験なんです。
 その実験の中、囚人役による暴動と看守役による虐待が起こり、監獄で実際のカウンセリングをしている牧師に診てもらった際、牧師がこの危険な状況を家族へ知らせ、家族たちは弁護士を連れて中止を訴えて、早期に中止されたとされていました。でも、後遺症が残り、博士は実験終了から約10年間、被験者をカウンセリングし続けたという事です」


「そう言えば、米軍関係者によるイラク人捕虜に対する虐待の映像が世界へ配信されたね」
 と、浦辺さんは言いました。
「2004年ですよ。あの時も、この心理実験の事を伝えていました」

「私も、同じ立場なのかなぁ」
 と、言って和田さんはしょげました。

「肩書きで、人間は勘違いをするね。権力を持つと相手を気遣うと言う事がなくなるのかな。競い合うのと、蹴落としたり、足を引っ張ったりするのとは違うよ。逆らう者を粛清するようにもなるから、怖いね」
「和田さんは、栗栖社長を引きずる唯一の人になりましたから、危ないですよ。僕は、浅沼課長に敵対されましたが」


「動物の世界では、托卵というものがあるよ。卵の世話を他の固体に託すもので、一種の寄生らしい。カッコウなんて有名で、ずるいぐらいに考えている人が多いかも知れないが、怖いよ。カッコウの親は、卵の数合わせに本来のオオヨシキリなどの卵を巣から落としたり、カッコウの雛も先に卵からかえると餌を独り占めしたりするために、まだ卵からかえっていない本来の親の卵を巣から落とすんだ。また、後からカッコウの雛がかえると、自分より小さい本来の親の雛をこれまた巣から落とすんだよ。
 人間世界も、蹴落としたり、足を引っ張ったりは見聞きしていて、気持ちの良いものじゃないね」


「私が弱いからかな」
 と、和田さんは言いました。

「相手側には、そう見えるかもしれない。しかし、強そうに見えても、人間の場合は、複数で攻めてくるね。一人ではできないんだよ」

「職場は、生計を支えるという大事な場所ですよね。ですから、みんな頑張って働いているんですよ。それを、経営者の自由気ままにされたんでは、社員はたまりません」

「私は、独立してからいろいろ考えたよ。経営者だから、経営を考えるというのは当然なんだが。職場というのは、荒木君の言うように、生活基盤を支えるという大切な部分があると思う。
 そのため、労働組合があるというかもしれないが、正社員のための組織で、そこに入れない派遣社員やパートタイマーやアルバイト社員は力がない。ワークシェアリングとは言え、待遇に問題があると思う。しかし、制度化されるのにも問題が残る。地位が固定化され、そこから抜け出せなくなるからね。
 雇用について、政治家は与党も野党も考えるべきだよ。グローバル化で、企業は世界規模の競争に勝つためと言って、海外生産でコストの低減を図ろうとしている。結局、雇用は減るし、商品を買う顧客を減らす結果になってしまった」

「会社って、経営者の物と経営者は思っているでしょう。上場会社は、株主も所有者と思っている。会社を、社員の物と考える経営者がいたら、私はそこへ就職したいね。まさか、浦辺さんはそんな考えを持っているの」
 と、和田さんは尋ねました。

「経営者だけの物ではないと思っている。別に、社会主義が良いとは思っていないし、福祉国家が良いとも思っていない。それは、人間そんなに聖人君子でいられないという事でもね。肩書きや野望や目先の利益でいとも簡単に人間は変貌するからね。私はそんな事を指摘してくれる仲間が欲しい」

「僕も、浦辺さんと話していて、人間の弱さ、狡さを知っていれば、協力できると思いました」
「浦辺さん、私も仲間に入れてください」
 と言って、ロードを辞める決心を明らかにしました。
「和田さんは営業より、社員の意見を聞いて、より良い会社にしていく総務部をやってもらいたいな」
「はい、よろしくお願いします」
 と言って、清々しい顔になりました。
「浦辺さんは、福祉国家に問題点を感じているんですよね」


「欧州のように消費税を上げても、税収が減ったり、財政が破綻したりすれば、社会保障を意図も簡単に民営化頼みにするんだからね。日本だって年金を国民が信用しなくなって、納めない人が増えているでしょう。高い消費税になったらまた、旧社会保険庁のように無茶苦茶な使い道をするよ。大きな政府は、信用がならない。
 それに、福祉国家の問題点は家族の崩壊にあると思う。国が面倒を見てくれるから、親子の絆が薄れ、子供を早く独り立ちさせ、自由を謳歌して老後は国が面倒を見てくれるという幻影がある、実際は福祉の質の低下が起こっている。財政逼迫がどの福祉国家でも起こっているからね。福祉国家の神話の崩壊だね。ここまでの実験が明らかになっているのに、まだ高福祉社会を望むのかね。老人の自殺ばかりでなく、若者の自殺も増えている。そればかりか、犯罪も増えている」

「昔の日本は三世代の大家族だったですよね。現在は、核家族化が進んでいます。子供が2人いれば1人が核家族になるのは当然で、誰も親との同居をしないと、核家族が三世帯になりますね。そこなんだと思うんです。煩わしさが、親を捨て、国の福祉に頼る考えに行き着く人間の思考に問題があるんじゃないですかねぇ。介護保険料を支払っても、同居家族がいたら介護サービスが受けられないケースもあります。また、介護保険料を安くするために、世帯分離をするケースなどもあります。親の介護を助ける目的は何処にいったのでしょうね。二世帯住宅や同居に対しても税制上の優遇が必要ですよ」

「三世代が当たり前のように暮らせたらねぇ」
 と、和田さんは懐かしむように言いました。


「私は、寮や社宅を充実したいと考えている。家賃は安いが、煩わしいというのが一番の問題だね。家庭でも会社でも社会でも快適さばかりを望むと無理なんだと思う。それでも、そこに住むなら、そこを変えたらいい。それを、国家頼みにすれば解決するというのは幻想だね。まずは小さい所の家庭や会社から変えればいいさ。住みやすくするために、話し合うしかないでしょう。でも、何にもしなくても上手くいっているケースもあるよね。そこを見習えばいい。
 それは、会社の上下関係を持ち込まなかったり、困った時に助け合ったり、子供の安全をみんなで見守れたり、子供や親が友達関係を容易く作れたりなど、良い習慣が社宅に作れるように心がける事が大事だね。
 そして、家族は協力しかないと思う。誰かにしてもらうのではなく、自分に出来る事を、みんなで出し合う事で、相手の思いやりを感じる事ができると思う。そして、それが家庭教育になるんじゃないかな」
 
「煩わしさを、税金で賄うなんて出来ないですよ。コストが掛かり過ぎて破綻する事を、高福祉国家の失敗から分かっても良いはずなのに、甘い言葉に釣られ増税に託すんですかねぇ。この日本も」
 と言って、荒木さんは情報操作を見抜く力に賭けたい気持ちで一杯でした。


 私は家族を守るため、耐えに耐えてきました。でも、これからは浦辺さんや荒木君と協力して、働きやすい良い職場にするため力を注ぎます。会社は生活の基盤になるところです。社員がやる気が起きるような魅力のある所でなければなりません。社宅の問題も相談を受ける事になるでしょう。
 バブル時代は、大企業で盛んに立派な独身寮が建てられたはずなのに、景気が悪くなり雇用も買い手市場になりますと、寮や社宅が売りに出されました。しかし、大変な時代だからこそ、企業や家族が協力し合って、より良い日本にして行かなければならないのでしょう。
 私にも、生き甲斐というものが芽生えて来ました。この日本が、協力社会になって行けたらと願ってやみません。


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