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作品名:ミツバチの日記帳‐鏡像の系譜‐ 作者:サカキショーゴ

第8回 蜜蜂と極道とF〜敗北から始まる物語〜
 
 私はまた、見覚えのない景色の中にいた。
 だが今回私が居るのは、前回と同じ味気無い大平原ではなく、なんとも賑やかな村の中。
 いや正確には、日本古史で習った古代日本国の住居が立ち並ぶ……クニ、とかいう小規模集落だったか?
 それを習ったのは中学生くらいの時だから、あまり自信は無いのだが……。

 とにかく私は、そこにいた。
 そのクニの長老と思わしき老人と、5歳くらいの少年を正面に見据えながら。
『それでは、■■の事を……よ■しくお■い致します』
 私ではない私が、長老に頭を下げながらそんな事を言った。

 前回の最後の部分に比べ、雑音はほとんど無かった。
 長老は言葉も発せず、ただただ頷いた。
 少年は、私を見つめながら泣いていた。
 何がどういう経緯を経たのか、私は少年と別れるようだ。

 しかし、この少年はいったい……?
 少年が泣いている事からして、私ではない私――謎の女性は少年とそれなりに親交が深かったとは思うのだが……。
 謎の女性の記憶を観察しながら、少年が何者かについて考える。

 ………………まさか、最初にこの記憶映像を見た時、私……いや女性が抱いていた……赤ん坊か?

 いや、そうとしか考えられない。
 という事は……最初の記憶映像の時点から5年近く経ったのか。
 
 ――そこまで考えて、ふと思う。

 この記憶映像を私に見せている謎の人物は……どれくらいの時間の記憶を私に見せるつもりなのだろう。

 そして、私がこの記憶映像を見る事に、いったいなんの意味があるのだろう……と。

 しかしまだ情報が少ないため、すぐに結論を出すのは難しい。
 唯一解ったのは、謎の女性が弥生時代の人物だという事くらいか。
『■れでは、参り■しょうか■■様』
 そうこうしている内に、いつの間にか女性は少年との別れを済ませていたらしい。
 女性の隣に立つ、私によく似た女性が、私に声をかける。

 前回もそうだったが、なんだか妙な気分だった。まるで、自分が自分に話しかけているようだ。
 翔兄や秀兄、克兄のような兄弟ではなく、姉や妹が居れば、こんな気持ちになるのだろうか……。
 それもただの姉妹ではなく、同じ受精卵から生まれた双子の姉妹……。
 今の、兄に囲まれた生活に不満は無いが、こういうのも悪くは……ない。

『それで、■■様……これ■らどこに■か■つもりですか?』
 私に似た女性が、謎の女性と共に歩き、そしてついにクニを出た所で問いかけてきた。
 私が中に入っている謎の女性は『う〜ん』と唸った後、なぜかウキウキ気分で答えた。

『そうね、とりあえず北に向か■ましょ■か?』
『北、です■』
『うん、北。まず■あの子を■せにできるくら■に偉く■らなきゃね』
 ……そうか。謎の女性は、今の自分達には少年と何不自由無く暮らせるほどの余裕が無いんだ。
 だから他所のクニに預けたのか。でも、ちょっと待て……?

『さっきのクニで、私■も一緒■厄介になれ■■かったじゃないですか』
 私に似た女性の言う通りだ。なにも偉くなる必要はないじゃないか。
 例え他所だろうとどこだろうと、一緒に住めればそれで幸せじゃないか。
 だって……今の貴女にとって、あの少年は!

『確■に、そうか■■れないわね』
 女性は微笑みながら返事をした。
 けどすぐに顔を引き締め、私に似た女性に告げた。

『けど、今のま■では私達は幸せに■■ない。……どこへ逃げて■、戦が私達を追■てくるから』

 今のこの時代の、情勢を。
 女性が言うまで思い出せなかったが、弥生時代というのは日本国で戦争が始まった時代だ。
『魏志倭人伝』などの支那国の歴史書によれば、当時の戦争は『倭国の大乱』と呼ばれていたらしい。

 なるほど、そういう事か。
 心の中で、私は納得した。

 つまり女性は、少年と一緒に住む前に、自分達と少年の安全を確保すべく、
 戦争を終わらせる手段を求めて、とりあえず北を目指そうとしていたんだ。
 何も考えずに北を目指すと言ったので、いい加減な女性だと思ったが、
 そう思えてじつは、考えるべき事をキチンと考えている立派な女性だ。

 …………ん? ちょっと待て?

 弥生時代に、確かそんな聡明な女性が活躍してなかっただろうか……?

 ふと、そんな事を思った直後だった。
 謎の女性の記憶が、再び早送りにされた……。

     ※

「お? 琉奈ちゃん目ぇ覚めた?」

 深い深い記憶の海から、琉奈は再び目を覚ました。
 そして目覚めたばかりである故に、すぐには脳が働いてくれなかったのだが、
 目覚めると同時に聴こえてきた、女性の豪快な声ですぐに脳は覚醒した。
 琉奈の義兄で医師である秀一の主治医補佐をしている東玲(あずま・れい)の声だ。
 声をかけると同時に自分へと近付いてきた玲を横目で見ながら、琉奈は考える。

 なぜ自分は倒れているのかと。

 いつ『紅の十字架(カーネリアン・クロス)』は自分達と合流したのかと。

 そして、ここはどこなのだろうと。

 しかしその事を考える間も無く、玲は再び琉奈に問いかけた。
「身体の調子はどう? 身体検査によれば、どこにも異常は診られなかったけど」
「……玲さん、ここは?」
「私が質問してるんだけど……まぁいっか」
 玲は肩を竦めながら言った。
 逆の立場だったら、自分も混乱して質問していただろうからだ。

「驚く事無かれ! いや、どうしても驚くだろうけど」
 玲は右の口角を引き攣らせ、苦笑した。
 あの姉御キャラの玲からは想像できない顔だった。

「じつはここは、急遽私達と共闘する事になった……とあるヤクザ連中が貸しきった一流ホテルの一室なのだ」

「……………………………………………………はぁ?」

 無駄に長い沈黙が、5分近く続いた。
 両者共に、どう話を切り出せばいいのか分からないのだ。
 それだけ事態は急展開を迎えているのだ。
 だがそんな沈黙を、1人の医師が堂々とした態度で破った。

「琉奈、身体の調子はどうだ?」
 なぜか片手に携帯電話を持っている、琉奈の義兄の秀一であった。
「秀兄ぃ……ああ、身体は別に問題無い」
 おそらくベッドであろう場所で未だに横になりながら、
 琉奈は両手を天井に伸ばし、握ったり開いたりを数回繰り返した。
 少なくとも、麻痺や怪我をしてはいないようだ。

「そうなると……やはり問題はココロの方か」
 秀一はいっそう眼光を鋭くしながら呟いた。
 同時に、今にも携帯電話を握りつぶしそうなほどの怒りを覚えている事を、
 琉奈と玲は彼をハタから見て察し、滝汗を出した。

「ど、どうしたんだ秀兄ぃ? なんだか怖いぞ?」
「そりゃ怒るさ」
 秀一は声をそのままに、全身から禍々しい怒気を発しつつ、

「妹を2度に亘って眠らせたんだ。巧壱達が傍に居たからよかったものの……もしも暗くなってから人通りが少ない場所で眠っていたらどうなっていた事か……。あの道祖神の制作者もしくはその関係者が見つかり次第、文句の1つでも言わんと、いや1発殴らないと気が済まん」

 もはや文句どころか呪詛を吐きそうなほどの迫力を出しながら呟いた。
 琉奈と玲はただただ苦笑するしかなかった。
「と、ところで秀兄ぃ……今はいったいどういう状況なんだ?」
 義兄がダークサイドに堕ちていくのを見ていられなくなってきた琉奈は、
 話題を無理やり変える事にした。

 するとそれが功を奏し、ようやく秀一はいつもの真顔に戻った。
「ああ、そうだな……というか東、お前ちゃんと現状を報せていないのか?」
「あ、そういえばしている途中デシタ」
「お前なぁ……まぁいい。琉奈、事態はちょっと複雑化してきている。
 付いていけないと思うが、時間が残されていないかもしれないからすぐに理解してくれ」

 時間が残されていないかもしれない。
 いったいそれが何の事なのか、琉奈には最初、見当が付かなかったが、
 自分が眠る前の最後の記憶、すなわち小姫がさらわれた時の事を思い出し、
 一瞬ハッとしたものの、すぐに真顔に戻った。

「そもそもの事の起こりは、新堂櫂がとあるヤクザ連中と奇妙な運命の巡り会わせをした時だった……」
 そして秀一は、最初から全てを話し出す。
 サークル形式探索班『Little-Bee』リーダーである新堂櫂と、
 この世界における極道≠ニの、奇妙な出会いの物語を……。

     ※

 新堂櫂が謎の忍者レイヤーに敗北した直後の事である。
 櫂のそばに、みすぼらしい服を着た男が歩み寄ってきた。
 男はホームレスだった。
 かつての柊克輝と同じ、ホームレスだった。

 しかし琉奈の腹違いの兄である黒沼泰波の記憶操作によって、
 どういう経緯でホームレスになったのか不明な、
 琉奈の父親違いの兄である柊克輝の場合とは異なり、
 男は普通に、長年勤めていた職場をリストラされ、さらには転職さえも不可能な就職難により、
 住んでいるアパートの家賃を払えずホームレスとなった。なってしまった。
 故にそんなホームレスマンは、少しでも金目の物が欲しかった。

「あ、あんさんがこんなところで寝とるのが悪いんやで?」
 かすれた声で、倒れた櫂に男は話しかけた。
 耳をすませた。櫂からは返事が無い。
 それを確認すると、男はそろりそろりと、金目の物を探そうと櫂の鞄に手を伸ばし……たその時である。

「おいオッサン! そこどけ!」
 鬼のような形相をした1人の男性が、櫂の方へと猛ダッシュして近付いてきていた。
 猛ダッシュをしているが故に、顔に力が入っているのだろう。
 それを見たホームレスの男は「ひぃっ」と情けない声を漏らすと、すぐにどこかへと去って行った。

「くそっ、見失ったか……」
 男性はある方向を見つめ、舌打ちした。
 髪をオールバックにした、野獣のような印象を受ける男である。

 よく見ると、右目に縦長の疵が付いている。刀疵だろうか。
 そんな野獣のような男が見つめている方向。
 それはさっきまで櫂と共に行動していた謎の少女・日向姫花を連れ去った
 忍者レイヤーが逃げた方向であった。

「兄貴、それよりもコイツを起こそうぜ! お嬢を連れ去ったヤツの顔を覚えてるかもしれねぇ!」
 男性の後に櫂の傍に到着した1人の女性が、櫂を指差し叫んだ。
 櫂達と同い年くらいの、赤色に染めたポニーテールが特徴的な女性だ。

 その直後、女性到着から5秒ほど遅れて、今度は2人の男性が櫂の傍に到着した。
 櫂と歳はあまり変わらないように見える、熱血系少年漫画の主人公のようなツンツン頭の2人だ。
「ああ、そうだな」
 櫂の傍に最初に到着した男性が答える。
「良平、お前確か柔道習ってたよな?」

「ええ、習ってました……あ、活法ですね? 任せてください!」
 すぐに男性の意図を汲み取った良平が、櫂を羽交い絞めするように持ち上げると、
 そのまま胸や腹の部分を押さえ、圧迫した。
 男性の言っていた通り、柔道の活法による覚醒法である。
 こうする事で呼吸を促し、覚醒させるというわけである。

「…………ガハッ! ゲホゲホッ! オェ」

 ――櫂の顔色が悪くなった。

「あれぇ? おかしいな?」
 良平が頭を右手でかきながら呟いた。
「圧迫する位置違ったかな?」
「単に活法を忘れているだけじゃねえか?」
 良平と共に櫂の傍に到着した男性がジト目で良平を見ながら言った。

「はぁ? 何言ってんだ祥太郎? 身体で覚えた事を忘れるワケねぇだろうが」
「どうだかな。もう何年も柔道やってねぇだろお前。最近平和なのをいい事に庭で盆栽いじりしてばっかじゃねーか」
「テメェ盆栽ナメんじゃねぇ!」
「ナニやってんのよアンタら。言い争ってる場合?」
「うっせー彩音、この男を覚醒させる方法を知らねぇテメーが口を出すな」
「はぁ? 知らねぇのはしょうがねぇだろ……っつーかこの状況で、ンな関係ないだろうがっ!」

「てめぇらいい加減にしろ!」
 3人が勝手に始めた口喧嘩に、刀疵がある男が思わず怒鳴る。
「つべこべ言わずにとっととコイツを目覚めさせやがれ! お嬢の命が懸かってんだぞ!?」
 3人同時にビクッと震え、そのまま静かになった。
 そして良平は再び活法を櫂に施した。
 今度はうまく出来たのか、少しずつ櫂の顔色がよくなっていく。

「よし、この調子ならあと数分でコイツの意識は戻ると思います」
「コイツの顔色悪くしたのはお前だけどな」
 祥太郎がぼやく。
「あんだと?」
 良平が祥太郎を睨んだ。

 ――刀疵がある男が2人を睨んだ。

 ――2人共黙り込んだ。

「あ、やっぱりコイツお嬢と一緒にいやがった野郎だ」
 だが彩音が、今にも始まりそうな場の空気の緊張を壊すように声を上げた。
 3人が視線を向けると、彩音が櫂の荷物を物色していた。

「どういう事だ、彩音?」
 刀疵がある男が彩音に訊ねた。
「さっき、兄貴と私らで二手に分かれたじゃないですか」
 彩音が櫂の荷物からあるモノ≠引っ張り出した。

 ――天ヶ崎研究所から配布された、少女の写真だった。

「その時に私ら、お嬢と一緒にいたコイツを見たんですよ」
「あ、そういやこの男だった」
「そうだ、コイツだ……って、どうしてコイツがお嬢の写真を?」
「決まってんだろ? コイツはお嬢のスト――」

「決め付けんのは早いぜ彩音」
 彩音が櫂を社会的に抹殺しようとした、まさにその瞬間。
 刀疵を持つ男がその言葉を遮った。
「兄貴? それってどういう?」
「これを見ろ」
 刀疵を持つ男が、櫂の荷物からあるモノ≠引っ張り出した。

 ――天ヶ崎研究所からの手紙だった。

「どうやらコイツこそ……御袋≠フ言っていた謎を探す蜂≠フようだぜ」
「なっ!? コイツが……!?」
「し、信じられねぇ」
「ああ、コイツとその仲間がお嬢奪還に必要な連中だなんて……」
 刀疵を持つ男の部下達が、未だに気絶している櫂を見下ろしながら思い思いの感想を漏らした。

 とその時である。
「うっ……む、胸が……」
「無いのは男として当たり前田のクラッカーだが?」
 櫂が目を覚ます。同時に刀疵を持つ男が昔懐かしのギャグを披露した。
「ふ……古っ……あれ? 力、入らへん?」
 そして櫂は、疲労しているのかボーっとしながら答えた。

「い、いや……そうやな……くて……胸が……苦し、い……。
 いや、それ……以前に……アンタら、いった……い……?」
 だがそれらを根性で捻じ伏せ、なんとか言葉を紡ぐ。
 すると刀疵を持つ男は、改めて自己紹介をした。

「始めましてだな、青年。俺は西エリア所属の極道一家『鹿児島組』若者頭をやっている、東郷幹也だ」

「ご……極道!?」
 まさかさっきの忍者レイヤーの仲間か、と櫂は一瞬ゾッとした。
 今自分は、なぜか動く事が出来ない。
 もしも今、目の前に居る極道が自分の後始末のために現れた忍者レイヤーの仲間だとすれば、
 冗談抜きで絶体絶命の危機であるからだ。

「いや、極道と言ってもな……」
 極道だという事を知って驚愕した櫂を見て、幹也は慌てて何かを言おうとした。
 だが今はお嬢が連れ去られたという異常事態である事を思い出し、
「説明は走りながらする。だから蜂サン、お嬢……アンタがさっきまで一緒だった、
 ウチの親父の娘さんを連れ去ったヤツの特徴を教えてくれや」
 と怒気を含めた声で櫂に言い寄った。
 櫂はまたしてもゾッとしつつも、コクコクと頷いた。

     ※

「なるほど。忍者のコスプレをした、俺達と同じ極道であろう青年ねぇ」

 自分がおんぶしている櫂の説明を聞き、男もとい侠(おとこ)・東郷幹也は、
 自分の部下もとい舎弟達と共に夜の日輪町を疾走しながら、納得した。
 ちなみになぜ櫂は幹也達に事の経緯を説明したかといえば、
 幹也が天ヶ崎研究所からの手紙が持っているのを確認したからだ。

 今さら言葉を濁し、隠したところで、これ以上事態が急変するとは思えない。
 そう思った櫂は、とりあえず自分の知り合いの名前などを伏せた上で思いきって説明をしたのだ。
 さすがに仲間を売るほど彼は馬鹿ではないのだ。

「にしても兄ちゃん達、ホンマにそんな活動する極道なんか?」
 幹也の背におぶさっている櫂が、ふいに幹也に問いかける。
 それは櫂が話した情報と引き換えに話してくれた、現在の極道の真実≠ノ対する質問であった。
「ああ、本当だ」
 幹也は走りながら答える。

「そもそも、一昔前までの極道が変だったんだ。アレのどこが勧善懲悪≠セってんだよ」
「まぁ、確かにそうやなぁ」
 櫂は首を捻りながら、どうもしっくりこない気持ちに苛まれた。
 それだけ現在の極道業界は奇妙だったのだから。

「まぁそれはともかく、だ。祥太郎、別働隊から報告はねぇのか?」
「いえ、まったくありませ……ん? ちょっと待ってください!?」
 幹也達と併走していた祥太郎が、急に立ち止まり、左耳に意識を集中させた。
 どうしたんだと思い、櫂はようやくマトモに動けるようになってきた首を捻って祥太郎を見た。

 祥太郎が左手に何かを持ち、それを耳に当てているのが見えた。
 無線機か……にしても、小さい無線機やな。天ヶ崎研究所のような研究所でしか作れん特別製やろか?
 何とか見えた小型無線機を見つめながら、勝手に想像を膨らませる櫂。
 だがその意識を途切れさせるように、祥太郎が甲高い声を出す。

「な、なんだと!? 鬼仮面の男がお嬢を連れ去ったのを目撃しただぁ!?」

 櫂の目撃証言とは違う目撃証言が、無線の向こうにいる幹也達の仲間――舎弟から漏れる。
『ええ、間違いありません。確かにこの目で見ました。確かにアレは……幹也兄貴がかつて戦ったアイツ≠ナす!』
 次の瞬間、櫂以外の全ての者の間に動揺が広がった。

「なんで……なんでアイツ≠ェ動いてんだ?」
 幹也は眉間にシワを寄せて、櫂から得た目撃証言とは異なる目撃証言について考え込んだ。
 だがすぐに再び口を開き、

「…………で、アイツはどっちに行った?」
 幹也の口から、冷たい声が漏れる。
 全員その場で、凍り付いてしまうかもしれない冷たさだ。
 そんな中で、無線機の向こう側の舎弟が言う。

『アイツは……アズラック製薬のある方向に向かいました! 今俺らも追いかけています!』
「あの廃工場か……」
 幹也は殺気を込めた眼差しのまま、深く息を吸い込み、
 未だに祥太郎が持っている無線機に向けて声を張り上げた。

「おいお前ら!! 確実にアイツを追い詰めるぞ!! 
 櫂の証言と異なるのは気になるが……とにかく追い詰めてお嬢を奪還すればカタがつく!!
 お前ら、絶対にお嬢を奪り還すぞぉ!!」
 次の瞬間、無線機から数多の雑音が聞こえてきた。
 無線機の向こう側の舎弟全員が、同時に返事をしたがために混線したのだ。

「にしても……嬢ちゃんが、極道の娘さんやなんて……なぁ……」

 一方で、櫂は驚きのあまり呆然としながらそんな言葉を吐き出した。
 自分達にとってはあまりにも想定外な衝撃的事実の暴露展開に、頭がうまく付いてこないのだ……。

     ※

 場所は変わり、目撃証言の中で出てきたアズラック製薬。
 幹也達はそこで、すでに到着していた別働隊の舎弟達と合流し、裏口から音を立てずに侵入した。
 入ってみると、そこはあまりにも埃っぽい空間。
 注意して呼吸しないと、むせて、敵に居場所を知られてしまうであろう、ある意味危険地帯。
 そこを舎弟達と共に、慎重に慎重に突き進む。

 途中でいくつもの部屋が現れた。するとその分だけ人員を分け、さらに前へと進む。
 しかし途中で幹也は櫂の存在を思い出し、同じくその場にいた良平と祥太郎に櫂を頼んだ。
 もしもこの先、さらに多くの部屋が現れた場合、その分だけ人員を分け、
 最終的に幹也と未だにマトモに動けない櫂が一緒に居れば、敵に狙われた時に櫂が足手まといになるから。
 2人で行動する事になった良平と祥太郎に預ければ、1人は戦闘に集中する事ができるからだ。
 とそんな具合に幹也が1人で行動する事にした、まさにその時だ。

「!? この殺気……ヤツか?」
 とある部屋の向こう側。そこから感じる猛々しい殺気を感じ取り、ふと足を止める。
 場所を移動していないでよかった。これで存分に……アイツに問い質せるぜ!
 幹也が、覚悟を決めた。
 因縁の相手と、再び激突する事への覚悟を。

 手始めに、自分はここにいるぞと言わんばかりに鋭い殺気を相手に放つ。
 次に、自分の腰のベルトに提げている、
 柄に付いている紐で刃が抜かれるのをなぜか封じている日本刀に手をかけた。

 そして次の瞬間、

 見当違いな出会いが、幹也に訪れたのだった……。
 


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