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作品名:ミツバチの日記帳‐鏡像の系譜‐ 作者:サカキショーゴ

第2回 蜜蜂と極道と@
 
 その日は朝から、嵐のような大荒れの空模様だった。
 遥か天空は、朝にも拘らず闇色の暗雲が立ち込め、その中からはゴロゴロと、今にも雷を出しそうな音を出す。
 暗雲から降り注ぎし大雨は弾丸の如く家々の窓を撃ちつけ、
 吹き荒れる風が悪魔の声の如く妖しげで、獣の唸り声の如き凶暴な音を立てる。

 もしも家々に小さい子供が居たのであれば、自分の部屋に閉じ籠り、
 耳を塞いで事態が収束するのをジッと待ち続けたであろう。
 いや、例え大人であっても、怯える事は無いだろうが、不快に感じるどころか神経質になるであろう。

 それだけその日の天気は荒れていた。
 まるで天が愚かなる人間達へと、牙を剥いているかのように……。

 ――にも拘わらず、とある研究所の所長と副所長である男達は、天候を気にする様子も無くあるモノ≠見つめていた。

 2人の目の前にあるのは、2人の居る研究所の金庫。普段極秘の研究資料を入れている金庫である。
 その金庫は既に、副所長の手により開けられていた。そしてその中には、一通の茶封筒が収められている。
 どうやら2人はその封筒を見つめているようだ。

「彼≠ニ出会ってから、もう5年近くも経つのか……月日が流れるのは早いものだね、宇宙(そら)」
「はい。光陰矢の如し、とは言いますけど……まさか本当に、この日が来るとは思いもしませんでした」

 宇宙(そら)という名の華奢な体格をした副所長が、金庫の中身である封筒を手に持ちながら、
 自身の伯父であり、この『天ヶ崎研究所』の所長でもある恰幅のいい初老の男・天ヶ崎宙次郎へと、
 普段の彼からは想像もつかない程の緊張した面持ちで返事をした。
 金庫から出てきた封筒の中身は、それほど重大なシロモノなのであろう。

「……今でも信じられません。あの人≠ェ死んだなんて」

 宇宙副所長が唇を噛み締め、ワナワナと身体を震わせる。
 思い返しているのだ。
 宇宙がまだ大学生だった頃に出会った、ちょっと変わったポリシーを持っていた、ある青年の事を。

「宇宙、人はいつか死ぬものだ。そして彼≠焉Aそれを承知の上で、ワシらにこの封筒を託した。
 もしも自分が亡くなっても……ワシらであれば、自分のその先へと行けると信じて、だ」
「……はい、分かっています……所長」
 宇宙は覚悟を決めた。そしてもう、悲しむのをやめた。

 悲しんでいては前には進めないから。

 前に進まなければ、自分達を信じてくれた青年に、申し訳が立たないのだから。

 宇宙は封筒の封を綺麗に剥がし、中身を確認した。
 中には、1枚の紙と、1枚の写真が封入されていた。
「手紙、読みますね……所長」
「う、うむ」
 宇宙はまず、手紙を封筒から取り出すと、その場で広げて手紙を読み上げた。

 読み上げるまでにかかった時間は、長かったのか、短かったのか……もはや2人には分からなかった。
 なぜなら、今の2人には、もはや時間の概念が無くなっていたのだから。
 それだけ手紙の中身は興味深く、且つ驚愕の内容であったのだから。 
 その証拠に、読み進めるにつれて2人の顔が、だんだんと驚愕のソレへと変わっていく。
 そして最後まで読み進めると、2人は顔を見合わせ、我が目と耳と自分の中の常識を疑った。

 直後、窓の外でタイミング良く稲光が弾け、2人の顔色に稲光の色が混ざった。
 さらには雷の影響で、研究所の電気が停電。驚愕顔の2人はモノクロとなり、なんだかホラーな絵柄になった。
 だが予備電源に自動で切り替わったので、2人の顔は先程の驚愕のみの顔色へとすぐに戻った。

 一瞬の内に、いろんな意味で驚愕の事が起こった。普通の人ならば大騒ぎするであろう程の出来事だ。
 もしかすると、天が、これから2人が関わる事件の行く末を暗示しているのかもしれない。
 普通の人であれば、そんな馬鹿な事を一瞬でも思ってしまう程のナイスタイミングである。
 しかし今の2人の頭には、一瞬ではあったが見てしまったお互いのホラーテイストな顔の光加減や、
 その原因である、なぜかタイミングが良い雷や停電の事など、もはや無い。

 今の2人の頭にあるのは――手紙に書かれていた驚愕の内容のみであった。

「こうしちゃおれん。宇宙、できる限り早く『Little-Bee』と『紅色の十字架(カーネリアン・クロス)』の手配を!」
「は、はい!」
 宙次郎所長は慌てた様子で甥に指示を飛ばした。
 甥の宇宙はその指示に従い、両チームのメンバーへと送る手紙を書くべく、自室へと駆けた。

     ※

 翌日。嵐が過ぎ去った、清々しい晴れ模様の空の下。
 須桜家のポストに、切手が貼られていない1枚の茶封筒が入っているのを、
 この家の次男坊である巧壱は見つけた。

「……依頼か」
 言いながら、巧壱は溜め息を吐いた。
 手紙の送り主を、巧壱は知っていた。
 手紙の送り主……それは、自分や、その友達に危険な任務を依頼する、
 ある意味黒幕とでも称されるべき存在である事を、巧壱は知っていた。

 けれど巧壱は、それでも、手紙の内容を読まずにはいられなかった。
 なんだかんだ言おうとも、手紙の主も、親友、とまでは言えないだろうが、
 それなりに良く知った仲なのである。無視するわけにはいかない。
 巧壱はポストから切手が貼られていない封筒を取り出すと、封を切り、中身を確認した。

 封筒の中には、いつもと同じように入っている1枚の紙切れと、1枚の写真らしきモノもあった。
 これまでも捜査資料として、依頼対象の詳細を記した用紙が入っていた事もあったので、今回も今までと相も変わらず、
 それなりにミステリアスでサスペンスフルでデンジャラスな事件だと、この時は思っていた。

 今回の事件が、のちに巧壱達の今までの常識を……いや、それどころか人類史そのモノを覆すほどの、
 これまでにない規模にまで膨れ上がる、重大な事件へと発展するとは知らずに……。

『須桜巧壱様――。
 近々メジャーになる可能性がある、
 ある『都市伝説』の鍵≠握る写真の少女を、
 他の研究者によって奪われる前に見つけ出し、
 可能ならばその少女のご家族の許可を得た上で、保護してほしい。
 ――天ヶ崎研究所』

 いつも通りの、怪しさプンプンな内容である。
『都市伝説』の鍵≠握る少女の保護、と書かれているところが、さらに怪しい。
『可能ならばご家族の許可を得た上で』と書かれているだけマシではあるが、
 逆に言えば許可を得られない場合もあり、そうなれば依頼を果たせないという事になる。
 さらに言えば最悪の場合、誘拐事件に発展しかねない事態になる。

 まるで最初の、依頼の時のように……。

 しかし無視するわけにはいかないので、巧壱は再び溜め息を吐くと、
 封筒に入っている写真らしきモノを手に取った。
 ソレは、1枚の写真を紙にプリントアウトしたモノであった。

 紙にプリントアウトされた写真には、1人の女の子が写っている。
 まるで川のように流麗な、長く黒い髪をなびかせる風の中、
 白いワンピース姿でカメラの方を向き、まるで太陽のような眩しい笑顔を見せている、5歳くらいの美少女だ。
 正直言って髪型や髪質が、若干、巧壱の友である菅原優梨や知り合いの東玲に似ている。

 写真を撮った場所は……湖のほとりであろうか。
 写真を見る限り、少女の周りには、それなりに広大な湖と、低い草花と、湖の手前に数本立っている木、
 少女の背後に写る湖を挟んだ、反対側のほとりにある森……もしくは林と、愉快に晴れ晴れとした青空しか写っていない。
 他に情報はないかと、写真をよく観察すると、写真の右下に撮られた日付が書かれていた。
 写真が撮られた日は、5年前の7月18日であった。

 なぜだか今までの依頼の中で、もっとも確認できる情報が多かった。
 天ヶ崎研究所はそれほど切羽詰っているのであろうか。
 一瞬そんな事を思ったが、とりあえず物は試しだ、と言わんばかりに巧壱は手紙と写真を脇に抱え、
 懐からモバイルノートを取り出すと、まずは画像検索で『日本国 自然百景』と入力し、写真の場所を探し始めた。
 だが案の定、検索できた画像の量があまりにも膨大であったため、巧壱は苦笑した。

「まずはこの場所を探るのが先決だと思ったが……これから講義だし、あとにするか」

 そう言って、巧壱は今回の依頼を共に遂行する仲間である、
 自身が所属する、天ヶ崎研究所によって結成された都市伝説調査のための
 サークル形式グループ『Little-Bee』メンバーと合流すべく、
 全員にメールで、放課後に『レストラン・スピカ』に合流しようと連絡を入れた。

     ※

「優梨……本当に、妹はいないんだよな?」
「琉奈、幼馴染の貴女が疑ってどうするの?」

 午後5時半。レストラン・スピカの席には、すでに『Little-Bee』の6人のメンバーの内の2人が揃っていた。
『Little-Bee』女子メンバーである、シルバーグレーのポニーテールと黄色い瞳が特徴的な風深琉奈と、
 大和撫子と呼ぶに相応しい、流麗な黒色の長髪が特徴的な菅原優梨の2人である。
 いや正確には、店内には他に、メンバーである新堂櫂と青城龍斗の2人が居るのであるが、
 レストランのウェイターのバイトのために、席にいる2人にはあまり話しかけられないでいた。
 今日のレストラン・スピカは盛況であった。

「しかしこの写真の子……驚くくらい優梨に似ているな」
 琉奈は、巧壱も貰った写真をその場で取り出しながら言った。琉奈の隣に座る優梨もうんうんと頷いた。
「ええ、私もビックリしたわ。ホクロの位置とか違うけど、小さい頃の私にそっくりなんですもの」
「いや、自分と同じ顔の人間なんて世界中に何人かおるやろ。そう驚く事かいな?」
 2人が喋っていると、ウェイター姿で料理を運んでいるメンバーの1人が、
 2人が座る席とは違う席へと運ぶ料理を手に持ちながら、関西弁で話しかけてきた。
 ふんわりとした、金色が混ざったセミロングヘアという、どこかホスト風の髪型の男こと櫂である。

「新堂、業務中にお客さんとプライベートな話をするのはいけないだろう?」
「ええやろ、小声なら。俺やって気になるさかい。話に参加させてぇな」
 琉奈の呆れた表情を無視して、あっけらかんとした顔をする櫂。
 とそんな櫂に、背後から話しかけてくる者が居た。
「おい新堂、話はそれくらいにしろ。俺だって気になっているけど我慢してんだ」
 料理を運び終え、新たな料理を運ぶために厨房へと向かう途中のウェイター。
 痩身だがガッシリした体格の男、龍斗だった。

「なんや龍斗、この写真がそんなに気になるんかいな? はっ! まさか龍斗、ロリコ――」
「んなわけあるか」
 龍斗は櫂を怖い顔で睨み付けた。
「冗談や冗談。やっこさん、そんな怖い顔しなさんな♪」
「あのなぁ……」
 龍斗は怒りと呆れが入り混じった表情をした。
 なんだか女性陣2人をほったらかしでいろいろ進んでいた。

「ところで新堂、私達が頼んだ料理はまだか?」
 櫂を現実へと戻そうと、琉奈が声をかけた。
 すると櫂は飄々とした調子で「ハイ、少々お待ちください」などと、
 急に標準語に切り替え、龍斗から逃げるように料理を運びに行った。

「……ったくアイツは、誰がロリコンだ誰が」
 龍斗はそう毒づきながら、厨房に戻って行った。
 すると、そんな龍斗と入れ替わるようにして、
 琉奈達には聞き覚えがある声が出入り口の方から聞こえてきた。

「やっほ〜! 2人共待った〜?」 
 巻き毛を生やし、姫キャラチックな空気を纏う財閥のお嬢様であり、
 琉奈と優梨の親友でもある看護士志望の女学生、白鳥美羽瑠が店内に入ってきたのだ。
「ああところでユーリ!」
 美羽瑠は琉奈達が座る席の隣の席に座るなり、優梨に問うた。
「ユーリって、妹さん居たっけ?」
 次の瞬間、優梨はその場でズッコケた。琉奈は苦笑した。
 大和撫子風の容姿には似合わないリアクションである。

「さっきレイさんにも訊いてみたんだけど、居ないって言うから、
 もしかするとユーリなら身に覚えがあるかなーって思ったんだけど」
「『身に覚え』ってなに?」
 優梨は体勢を整えながら反論した。

「もしかしたら、親戚の家に預けられている妹さんかなって思ったんだけ――」
「琉奈の時と同じような質疑応答をさせる気?」
 優梨は苦笑いしながら口角を微妙に動かした。
 同じ事を繰り返される怒りを必死に抑えているのだ。

「にしても、今回の依頼もなんだか胡散臭いわよねぇ」
 しかしそんな優梨の気持ちを感じ取る事無く、美羽瑠は話題を変えた。
 優梨は少々納得がいかなかったが無理やり気持ちを切り替えた。琉奈は苦笑しっぱなしだ。
「そうね。今まではキーワードを元に調べさせられたり、居るかどうか分からないモノを探させたり、
 なんだか抽象的な依頼ばっかりだったわよね」

「けれど今回は、依頼の対象が確かに存在した、もしくは今も存在している証拠付き。
さらに依頼内容もこれまでとは趣向が違って、人捜しとその人物の保護。
 今までの依頼も充分胡散臭かったが……いやそれどころか安全そうに思えて結構危険極まりない依頼ばかりだったから、
 今回の場合も今までと同じくらい安全そうに思えて、今まで以上に危険極まりない依頼である可能性が高い」
 琉奈の的確に下した結論が出ると、3人の会話は止まった。
 そして止まった直後、3人は気まずさのあまり押し黙ってしまった。

 ――今までと同じように誰かが傷付くのを、また見なければいけないのか……。

 そんな思いが、3人の胸中を支配した。
 まぁ依頼をパスする事ができる特殊なグループなので、嫌であればパスしてもいいのだが……。

「まぁ、嫌なら嫌で、途中まで楽しんだらどうだ? 今回の依頼はまた州外への出張になりそうだしな」
 とそんな複雑な心境の3人に対して、1人の男が話しかけてきた。
 ハッとして3人が顔を向けると、最初の事件の解決以来コンタクトへとイメチェンを果たした巧壱であった。

「コーイチ? いったいどういう事?」
「まさか2つ目の依頼の時のような感じですか?」
「州外、と言ったが……どこになりそうなんだ?」

 3人共、いきなり現れた巧壱に、思い思いの疑問をぶつけた。
 巧壱は3人の疑問を、居たかどうか分からないあの聖徳太子のような気持ちで聞きながら、3人の正面の席に座った。
 けれどそれで気分を害する事は無く、巧壱は、自分が調べた限りで分かった情報を3人に伝えた。

「写真の場所……特定するのに時間がかかったけど、写真の下に書かれている日時に快晴だった場所と、
 女の子の周囲の草花、さらには湖が写っていた事からなんとか特定できたよ」
「す、凄い……大変だったろうに」
 巧壱の検索能力に、改めて驚愕する3人。琉奈はそんな自分達を代表して巧壱を労った。

「それで……場所はどこなんだ、巧壱?」
 ようやくシフトを終え、着替えを終えた龍斗が巧壱達へと合流した。
「あ、それだけは俺も気になるわぁ。どこなんや、巧壱?」
 まだ少々時間を残しているために、未だに仕事の制服姿の櫂が話しかけてきた。
 巧壱は、そろそろ頃合いだと言わんばかりに、1回だけ深呼吸をした。
 そしてみんなを1度見回した後……今回の依頼の舞台となるであろう場所を告げた。

「それは……滋賀州日輪(ひのわ)城跡の近くにある、日輪川ダム湖のほとりだ」
 


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