小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:クロード・レヴィに捧げる弾丸 作者:葦原瑞穂

第9回 黒い湖
 天才たちは
 固まってぞろぞろと、
 火山の火口湖に向かって進んでいた。


 装束は修験者のような白衣で、
 中にはまだ年端のうら若き少女もいて、
 しかしそれが一番の頭脳だというのだから、
 常人の社会とはやはり一線を画している。


 もちろん先頭は、年配の大柄な体つきをした禿頭の男である。

 男が先陣を切るのはどちらかというとしきたりというか習わしというか、
 特に科学的根拠のない因習じみた決まり事らしいのだが、
 能力的に圧倒的に優れた少女は、
 列のまん中あたりを歩いていて、
 保護されているというふうにも取れる。


 先頭や末尾は大抵捨て駒なのだ。


 IQだけで言うと、
 結局貴重なのは、
 古今東西を問わず雌性体ということになってしまう。

 ひどい先天的差別である。

 天才の列は、
 そのすり鉢状の岩肌をゆるゆるとらせん状に迂回しながら火口に向かって進んでいる。

 鋭利に尖った岩石の隙間から、
 硫黄の熱線が噴出し、
 あちらこちらで巨大な蒸気の柱が上がるのだが、
 さすがというか不可解というか、
 天才たちは全て前もって予測しているとしか思えない際どさで、
 それらを避けて進んでいく。

 火口湖は、
 透明度ゼロの乳濁したエメラルドグリーンで、
 いずれ噴火の時期にはカタクリを溶いたくず湯のように沸騰し、
 一瞬のうちに成層圏まで緑の蒸気を噴き上げる予定である。

 天才の列は、
 その地殻内のエネルギーを平和に維持活用すべく、
 新たな手段でもって世界中からこのカルデラに集まったのだが、
 年齢も国籍も言語もてんでバラバラで、
 本来野合と嘲笑されるはずのところ、
 常人には計り知れぬテレパスじみたコミュニケイト方法により、
 一丸となり、
 目的を完遂しようとしていた。

 彼らが行おうとしているのは湖の黒化である。

 それは前近代的似非科学により発明された地球エネルギー採取の方法で、
 近代合理主義によりいったんは否定されたものの、
 完全に否定し切るだけの根拠もまた存在しなかったことから、
 近代の終焉とともに一部のカルトが復活させ、
 原理的には非合理かつ非科学的ながら方法論的には理に適っていたため、
 これに着目した一人の天才により原理不明のまま実用化されたものである。

 やり方は実に簡単で、
 竹で焼いたイルカの骨を砕いて、
 たどんに似た黒い玉をいくつか作り、
 天才の手によって湖の重心となる最深部直上の水面に向けて投げ込むだけである。

 すると、仮借なき濃密なる黒が一気呵成に湖全体に広がり、
 底知れない闇色の湖が出来上がる。

 あとは湖底に積もっている甲殻生物の抜け殻を漁り、
 からっからに乾燥させて粉末状に砕き、
 少女の身体に塗るだけで、
 天才は空に帰り、
 通常の一個の女が残るのである。

 この際、エネルギーは他の男どもに均等に配分され、
 そこから新たなパラダイムの枠組みが産まれることもある。


 いずれにせよ、
 今回たまたま天才たちの中でも最も優秀で、
 IQの高い者がたまたまその少女であり、
 もったいないと言えばもったいないのだが、
 女が機能的にトップになってしまうことは先述の通り仕方のないことなのだ。

 さもなくば、今のうちに、
 つまり火口湖がまだ乳濁のエメラルドグリーンであるうちに、
 その湖底に向かって突き落すという手もあることはある。

 非人道的だが、
 もともと人道などという概念が市民権を得る遥か以前から、
 むしろ天才たち自身によってその犠牲を伴う消極的殺人は推奨されてきたのだ。

 一人の、
 列の中では比較的凡庸な天才が、
 少し不審な態度を見せ始めている。

 やるとしたらこれがやるかもしれない。
 大局を見通せず、
 自分より能力の高い者が許せないという矮小なる天才もいるのだ。

 しかしおそらく黒玉は少女が自身の身体のどこかに忍ばせているはずである。

 故に、
 どんな策を講じようと、
 湖は早晩黒くなる。

 突き落されて湖底に向かって沈んでいく中で、
 黒が自身を中心として一斉に広がっていく光景の最中で、
 次の新たな課題について検討し、
 解決策を模索するような、
 そんな天才の少女である。

 結局、
 数時間後には忘れられて残りの天才たちは黒い湖を失望を持って眺めることになるだろう。

 仕方がない。
 認めたくはないが、
 それで多くの人が助かるのだ。

 やむに已まれぬということである。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 93