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作品名:クロード・レヴィに捧げる弾丸 作者:葦原瑞穂

第7回 細長い手
 その手は細長く、青白く、冷たかった。

 ゆらゆらと穴から差し出されて、骨を抜いたように芯がなく、ゆっくりとこちらに差し出されてきた。

 さっきまでは、地上で普通に生活していたのだ。
 会社のビルに着いて、エレベーターで九階に上がろうとしたのだ。
 しかしそこに――地下二階のボタンの下に、「地下最階」というボタンがあって、不思議に思いつつ無視するはずが、気付いたら右手が勝手に押していたのだ。

 世の中をなめていたとか、甘く見ていたとか言うことじゃない。
 そんなわけないじゃないか。そもそも特に何も考えていなかったのだ。
 それがなめてるということだと言われれば、もう言葉の返しようがない。
 理不尽だ。
 こんな状況まで予想して、日々の生活を送れというのか? 

 ともかく、その手は、死人のように白く、壁の、直径わずか十センチばかりの穴から伸びてきたのだ。
 ゆらゆらと波打つように揺れながら、もうすでに一メートルほどの長さに達しようとしている。

「地下最階」

 そこにあったのは、ひどく、ひどくひどく狭い部屋だった。
 いや、もはや部屋とは呼べない。
 畳二枚分ほどの空間で、エレベーターの広さと対して変わらない。
 部屋の四隅は、壁と壁が繋がっておらず、一センチほどの隙間が空いていて、そこからLED照明のような光が差し込んでいる。
 そして、エレベーターの正面の壁、その下の方に空いた三つの穴の一つから、明らかに作り物であるはずなのに奇妙にリアルな人の手が、顔をのぞかせたと思ったらゆっくりと斜め上に伸びてきて、そして私の顔の方へと近づいてくるのである。

 そしてついに、私の頬にぴた、と触れたのだった。
 それが今この瞬間のことである。

 その冷たさは人の肌ではない。
 爬虫類なら体温はない。
 ヘビやらトカゲやらが何故体温を持たないのか意味不明だが、奴らは生きていても寒ければ冷たいのである。

 しかし、その手は、手首から先の異様なまでの細長さをのぞけば、人間の手の形をしていた。
 誰かに操られているというふうでもなく、五本の指の一本一本が、なめらかに意思を持って動いている。

 だが、冷たい。部屋の温度は寒いわけではなく、むしろ汗ばむくらいなのだから、突然変異の変温哺乳類的人物であるにしても、その冷たさは説明がつかない。
 血管に冷血を流し続けているとしか考えられないのだ。

 そういえば――。

 手首に頬をなで回されながら、ふと、思い当った。

 最初に差し出された手は温かかったのだ。
 やさしく、柔らかな温もりがあって、握り返したくなるような手だった。

 あれは、誰の手だったか? 思い出せない。

 そして、次に差し出された手は敵意に満ちていた。
 暴力的で、固く握りしめられていて、今にも私を攻撃しようとしていた。

 三つの穴。

 これが、そうすると「三番目の手」ということになろうか。
 細長く、冷たい、骨を抜いたように揺れ動く手。

 手はさらに伸びてきて、私の顔の周囲をなで回しながら、ヘビのように首や頭に巻き付いてきた。
 鼻と口を、骨のない腕らしき皮膚に塞がれ、首の絞めつけも段々と強くなってきて息苦しい。
 だが、かつての二番目の手のように敵意を感じるわけでもない。
 悪意もなく、徹底して無機質である。ただただその異様な細長さと冷たさが、悪寒を催させる気味の悪さである。

 私はその腕を振りほどこうとした。
 細長く、冷たい手。


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