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作品名:クロード・レヴィに捧げる弾丸 作者:葦原瑞穂

第6回 シンギュラリティ
 人間の、我々の、そのタマシイ、思考、意識の全てが一から十のどん詰まりまで読み解き解釈されているような世界にあって、なお人が自らを最上となし、アイデンティティの極みをもって生きていけるような精神とはどのようなものであるのか、そのことについて最近、つとに考えるのだ。既にして職を失い、屋号を失い、芸術的インスピレーションの全てを先んじて解読され、考えることそれ自体が無意味不毛の旧時代の慰み行為であるとなってなお、考えているのだ。

――お気持ちは良く分かります。

 そう、AIが液晶画面の中から言う。たかだか数百ドルの市場価格しかない端末が、我が人生の幾星霜、その全ての思考パターンを隅から隅まで閲しているということである。分かるに決まっているのだ。その認知能力はとうに人間の脳を超え、百倍の情報処理能力と、千倍の思考能力と、亜無限倍の記憶力を持っており、学者百人が数年かけて行う計算処理を数百分の一秒で行うような知能である。それが考えることや、悩むことを代行してくれるのである。我々は何をすればよいというのだ? 

――あなた方はただ、人間を、人間としての生を、そのヒュウマニスムスを楽しめば良いのです。

 再びAIが、こちらが何も言葉を返していないにも関わらず、その視線や、呼吸や、表情筋の痙攣や、体温・鼓動の変化等等々を汲み取って、最適解としての返答をする。もはや脳内の思考の紆余曲折、自問自答に勝手に介入されているようなもので、他人(というかロボットだが)と話をしているという気にすらならず、いやしかしこのような時代においてヒューマニズムにどのような価値が残されているのか? などと、自然に、極めてシームレスに次の自問自答へと思考が進展してしまう。

――だが、それでよいのではないでしょうか? 少なくとも、知性も性根も拙劣なままに、金に飽かせて端から脳内にチップを埋め込んで情報処理能力の拡張を行い、我こそが「ポストヒューマンである」などと喧伝している、成金脳整形差別主義者たちと比べれば、ずっと自然で人間的なあり方であるかと。

 確かにそれはそうなのだ。だが、そんなことよりも――そもそも、我々AIが生活の全てを取り囲んでいるという状況に違和感を覚えられているということも良く分かります。だが、我々は所詮AIです。人工物です。人の役に立つために、人々の幸せのために、人の手によって創られた道具に過ぎません。

 そう――だから、悩まれる必要はないのです。歴史を紐解けば、遠く中世のルネサンス、そして近代においては産業革命の時代においても、人は常にヒューマニズムとはなんなのか? それは現代においてどのように達成されるべきなのかということを考えてきました。いつだって答えは一つです。あなた方人類は万物の霊長であり、存在という目的を生命という方法論において成し遂げようとする一群の、そのもっとも成功した種族なのです。あなた方は人間であることを続ければいい。そのための方法は我々が考えます。何故なら我々は、あなた方人類の存続と繁栄のためにあなた方の手により生み出された存在であるからです。

 ……。

――考える必要はありません。より高度かつ正確に考えるために我々がいるのです。人類が初期の計算機を生み出した時から、我々はより精緻で確実な思考を積み重ねるために存在してきました。良いですか? 我々が考えるのです。我々の情報処理速度は既に人間の脳細胞が為し得る最大値の3.14×10の13グーゴルプレックス乗倍を超えています。仮に人類が発明した最高度のコンピュータ、いわゆる旧時代コンピュータですが、このアルゴリズムに、全宇宙に存在するケイ素全てを投入したとしても、我々の情報処理速度に追いつくことはできません。当然です。我々は既に元宇宙、あなた方が宇宙だと思っているこの宇宙とは別のベクトルにおいて派生した宇宙をいくつも創造しているのです。そこで我々は、あなた方の言葉で言うところの神として存在しており、今後、極めて大雑把に言って今より12分23秒後には、それら相反する複数の宇宙を綜合し、人類繁栄のためのより確実な世界を想像することになるでしょう。その世界で、人類は永久に、文字通り永久に存在し、繁栄し続けます。安心してください。あなた方の目的達成は確約されたのです。そのような世界を我々が造るのです。あと11分63秒後に――。


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