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作品名:クロード・レヴィに捧げる弾丸 作者:葦原瑞穂

第4回 Alternative Human
 深夜に、母屋と離れを繋ぐ渡り廊下から庭を見渡すと、植木の片付けられた庭園の中央に、奇妙に螺旋する陽炎のような気配が、地面から空に向かって立ち昇るのを見ることができる。

 そこにはかつて、明媚な意匠の庭園があったが、今は全ての植木が片付けられ、庭石は除かれ、池は埋められている。

 今後、家屋も解体され、ここは何もないまっさらな平地となるだろう。
 螺旋は真っ直ぐに空に向かって立ち上っている。風に薙ぐようなこともなく、そもそもこの庭は一貫して無風である。

 時おり、分厚い扁平な金属と金属を、素早く擦ったような音が聞こえる。

 ごく一瞬の不快な耳鳴り、それが断続的に、庭の四方に澱みのように滞留している闇の中から聞こえてくる。


 自分が前時代の遺物だと知り、全ての持ち物と財産を処分した後で、異なる次元へと身を移すための方法を考えていた。

 そんな日々の中、ふいに庭の螺旋が出現したのだ。

 最初は幻覚だと思ったが、日が経つに連れ、幻覚か実在かの線引きなど意味がないのだと思うようになった。
 この地はとっくに現実からは置き去りにされている。
 人々の現実は、我々をここに置き残したまま、どこか別の場所へ漂流していった。
 我々はとある恒星系の小惑星に留まり、宇宙船は去っていったのだ。
 その惑星では、地面から螺旋が立ち上り、深夜になると鼓膜を削り神経に触る不快な音が響く。
 風が吹かないのは、おそらくこの星には大気が存在しないためだ。
 もっとも、大気などというものもまた、我々にとっては暇つぶしにもてあそぶ程度の概念に過ぎない。


 敷地は数百年前に建造された土塀に囲まれている。
 ところどころ漆喰が落ち、木と藁で出来た芯が剥き出しになっている。
 我々の一族が繁栄を謳歌していた頃は、この土塀が我々の家と土地、そして財産を守っていたのだ。
 土地をめぐる争いや諍いがなくなり、年代物の家屋に不釣り合いな電化製品が増え始め、ある時、唐突に、時代は我々を切り離し、この場に置き去りにしていった。
 我々が築いた歴史は全て、宇宙船が持ち去っていった。


 惑星は、一周を十五分ほどで歩くことのできるほどの大きさで、草一本生えていない。
 とある恒星の周囲を公転しているが、空に星は見えない。
 昼と夜は我々の記憶に基づく便宜的な現象である。
 我々は先祖からの記憶を保持しているが、それと同等の情報は、今も別天地を目指す宇宙船に積み込まれ、宇宙を漂流している。
 今や、我々の方が廃棄された残りかすなのだ。
 我々はこの地で腐敗し、朽ちて消えるのを待つのみであり、持ち去られた記憶は別の場所で、別の誰かが別の可能性を試すために使用するだろう。
 おそらくは特に尊重されることもなく使い捨てられる。

 そしてまた、船は別の場所を目指す。

 新たな知識と知恵を処理する回路を増設しつつ、今や一つの星ほどの質量を持った情報系となって、船は宇宙を漂流していく。


 夜の庭に現れる螺旋を見ると、それがかつての我々自身の姿を模倣しようとする、この小惑星の意思の現れであるように思え、存在しない胸の奥から、記憶のため息が漏れるのだ。


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