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作品名:クロード・レヴィに捧げる弾丸 作者:葦原瑞穂

第2回 そそそそそそそソンシ〜♪
執行ボタンを見つめた。

夜勤明けの朝になって、本来着替えて帰るはずが突然召集され、執行命令を拝命した。

わざわざ五人で押すとか、回りくどいやり方をするわけだが、別に私が人を殺すわけではない。
一人で押したっていいのだが、世の中には、そんな単なる機械作業に、精神的圧迫を感じる者もいるということだ。

私自身は、ただひたすら金のために、つまりは生活のために働いているわけで、子供のころからの夢をかなえて刑務官などになったわけではない。
 だから単なる仕事であり、罪悪感など感じる余地もない。
 むしろ、逆に傲慢であるとすら思う。
 押すのが嫌なら刑務官などやめて、死刑廃止の市民活動家にでもなるべきだ。
 まあ確かに、落下してきた死刑囚の身体を押さえる、いわゆる「受け止め役」は、私とて生理的にやりたくないが。

 というわけで、押下指示を知らせる赤ランプが点灯した。
 私は、押し損じがないように、やや力を込めて、その電車の非常停止ボタンのような意匠センスのかけらもないボタンを押した。

 電車のドアの開閉音に似た、エアーコンプレッサーの作動する音。

 しかし、奇妙なことに、その後の人が落下し、暴れ痙攣し、それを抑え込み、死を待つまでの、あの慌ただしい騒雑音が聞こえてこない。
 我々には刑場内の様子は伺いしれないのだが、ややあって、誰かの、悲鳴に似た叫び声が聞こえた。

「あ、あああああああああ、あああああ」
「バカな!? こんな、こんなこんなこんなこんなこんな」
「うううううううううう、ううう、浮いてる!?」

 ドタバタと、人々が走る音が聞こえる。
 刑場内で、何か非常事態が発生したようである。
 人を殺すのが日常の刑場における非常事態とは一体何なのか?

「クソ! 早く下ろせ!」
「吊るせ! 足を引っ張れ! ロープだ、ロープを絞めろ!」

 何が起きているのか覗いてみたいという好奇心に駆られたが、私は単なる一刑務官である。執行に立ち会う権限はない。
 もっとも、今時点で夜勤明けの時間外労働なので、騒ぎは気になるものの、それ以上に早く帰りたかった。
 明日、久しぶりに土日休みが取れるので、埼玉の山奥にラフティングに行く予定なのだ。
 今日は、ビールでも飲みながらゆっくり夜勤明けを過ごしたい。

「君たちが〜カルマから解放され〜真理に根付いたら〜私と本当の友になるね〜」
「おい! 黙らせろ! 喋らせるな! 早く落とせ! 殺せ! わああああやめろ! 喋るな! わああああああ!」

 私のささやかな望みに反して、刑場内はますます騒然としているようだった。
 勘弁してくれ、と、私は内心で呟いた。
 こっちは、疲れてる中、終業直前にブラックな残業命令を受けて、それでもきちんとやることはやってるんだ。
 医者も教誨師もいるんだろう。屈強な刑務官も勢ぞろいして、たぶん視察の政治家連中だっていっぱい来てるはずだ。
 しっかり仕事してくれよ。

 完了命令が出ないので、私他四人の刑務官は、アホみたいにそれぞれのボタンの前につっ立ったまま、刑場内から聞こえる騒動を適当に聞き流しつつ、建前上真剣な表情を装い次の展開を待っていた。

 十分ほどで、刑場内の騒ぎは収束した。
 ようやく刑が完了したのだと思ったのだが、沈黙と静寂の中に、妙にハイテンションで拘置所内では聞いたことのない明るくポップな歌声が響き始めた。
 複数の男性が、刑場内でなにやら歌を合唱していた。
 それは戦後最悪の犯罪事件を首謀した宗教指導者が、自らを賛美するために造り信徒に流布した歌だった。
 歌声は徐々に大きくなり、合唱への参加者を増やしているようだった。
 ふと振り向くと、私の隣りでボタンを押した刑務官の一人も、その歌を口ずさみ始めていた――。

 明日のラフティングはキャンセルだな、と思い、私は落胆した。


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