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作品名:クロード・レヴィに捧げる弾丸 作者:葦原瑞穂

第10回 されど奴らが日々
 彼女、と呼ぶにはまだ恥ずかしい、友だちの女の子と一緒に表参道を歩いていたとき、青山学院大学のレンガの塀が見え始めたあたりで、ふと前を歩くちょっと変わった格好の男の人に目が留まった。

 それが三島由紀夫なのだ。
 角刈りで、盾の会の正装をして、頭に七生報国の日の丸ハチマキを巻いてゐる。
 何なのだ?
 この平成の世に似ても似つかぬ武士じみた軍兵の化身。それが我が往き道の数歩先を、肩を張り、軍刀を揺らしながら闊歩してゐる。

「ねえ、あれ見てよ」
 声をひそめて女の子に言った。女の子はくわえていたチュッパチャップスをぺろりと口から出し、「え なに どれ」と言いながら首をふった。

 ちゅつぱちゃつぷす? 

 頭が混乱してきた。そもそも何故に私は表参道などを歩ひてゐるのか? それは一種奇妙なことであつた。

 確か、つゐさつきまで、安田講堂のおもちゃじみた攻防を眺めてゐたのではなかつたか? 

 ちがうちがうちがう。そうじゃないんだ。今日は初めて女の子と一緒に出かけることができた記念すべき日なんだ。これから食事をして、ディスコでゴーゴーをおどって、あわよくばこひびと喫茶などでちょつと休んでちょめちょめを――。

 その時、街全体にけたたましい空襲警報が鳴り響いた。りんぼ会の若い青年が、国民服姿で家から飛び出してきて、眩しそうに空を睨んだ。

 きさまら、この国家危急の非常時に、何がちょめちょめだこの非国民めがっ! 
 そう高らかに怒鳴り散らしたと思うや否や、竿竹を斜めにカットしただけの粗末な武具を持って突然、僕たち二人に襲いかかってきた。

 その時だった。
 三島がおもむろに腰に下げた関孫六を抜き、竿竹の先端を一刀の下に両断した。これにより竿竹は、言葉通り竿竹となり、国民服の青年は絶望的にポカンとして地面の上にへたり込んだ。

 その火を飛び越える必要はなかった。それだけが心残りだった――そう三島は言った。背丈は想像よりだいぶ低く、頭と顔の大きさがやや漫画じみていた。

 「ねえ なに どれ」と女の子が言った。チュッパチャップスはいつの間にかiphone6に変わっていた。「すみません、よくききとれませんでした」とsiriが言った。すていはんぐりーすていふーりっしゅとジョブズが言った。でも誰も聞いていなかった。

 三島は関孫六を鞘に納めると、渋谷駅の方へ向かって猛スピードで走り去った。あとには、点々と血の滲んだ白いハンカチが残されていた。あいつはキチガイだ、と自力で車椅子をこぎながら進んできた中曽根康弘が言った。その横すれすれを、コンピューター付きのブルドーザーが、やはり猛スピードで三島を追って通り過ぎていった。ものすごい土煙が上がり、アスファルトの道がめちゃくちゃになっていた。ヘルメットをかぶって手ぬぐいの覆面をつけた若者の集団が走ってきて、砕けたアスファルトの破片を拾い集め持ち去っていった。

 「私には大衆の声なき声が聴こえる」
盲 のように顎を突き出して杖を突きながら、耳の尖ったホビットじみた老人が、にやにや笑いを口に浮かべて歩いていった。「だから強行採決もなんのそのというわけでしゅよ」

 「ねえ どれってば?」
 女の子はじれたように私の腕をつかんで振った。この馬鹿女が――そう苛立ちを覚え、その手を乱暴に振り払った。関係を持つ前で良かったと思った。若さゆえの過ちでは済まなかったかもしれないのだ。

 渋谷駅の方で、人々の歓声が聞こえた。その数秒後、巨大な爆発音が辺り一面に響き渡った。見ると、キノコのようなカリ高の巨大な雲が、駅のあたりから空に向かって立ち昇っていた。

 「耐へ難きを――耐へ、忍び難きを――」そうsiriが繰り返してゐた。


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