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作品名:高次元からの解放 作者:葦原瑞穂

最終回 高次元からの解放
 世界が円だったとしたら?

 つまりある一つの完結された閉塞状態。
 そこにおいては、あらゆる可能性は無限だが、それが起こり得る確率は、全ての事象に於いて無限分の一。
 つまり超新星の爆発や、核融合や、有機物の生成、ビッグバンなど、全ては等確率で起こり得るということだ。

 ただしそこでは起こり得ることが限定されている。起こり得ないことは決して、何があろうと起こり得ない。意識や、空間や、次元の揺らぎなど一切ない。
 円――完結された内在。

 しかし幾ら世界が円を描こうと、その世界から一つ上の次元を眺めれば、それはもう直線でしかない。
 三次元を構成する我々の世界で例えるならば、時間という名のベクトル。我々は過去より未来という直線上の世界を進む。
 直線は線分とは違い、途切れる事はない。
 そこで直線の上に立ってみれば、前も後ろも――過去も未来も――無限である。

 では、零次元、一次元、二次元、三次元、四次元、五次元と、次元の高次化が無限に続くものだとしたら?

 零次元に対する一次元の在り方、二次元に対する三次元の在り方、すなわちn次元に対するn+1次元の在り方というものは、nがどのような値をとろうが、その相対的関係性は等しい。
 ならば、どの次元間の関係を抽出しても、それが無限の中の、n次元とn+1次元の関係の、根本を網羅していると見なして差し支えあるまい。

   ↓

 オリジナル円谷羽夷(ぱい)の居る現在、これを座標点(0,0)とする。

 彼はオリジナル円谷羽夷の母親、オリジナル円谷茉莉耶の産道から、オリジナル西暦一九六四年九月十八日の、午前四時二十六分に産み落とされた。
 ひどい難産で、生まれた時は呼吸をしていなかったが、担当医の適切な処置によって、彼は普通一般の赤ん坊よりワンテンポ遅れて産声を上げた。
 オリジナル円谷茉莉耶は、我が子を初めて腕に抱き、目尻に涙を浮かべた。

 直線は一本、レールは一本、分岐点など無い。
 オリジナル円谷羽夷に、難産で死亡という座標点は初めから無かった。息を吹くのは必然。

 しかし、もしも医者の手際が悪かったとしたら・・・?

   ↓

 座標点(0,0)から無限に近い彼方にある座標点(m,n)。

 そこはオリジナル西暦一九六四年から、(6455831の553乗)+(387の12乗)+(142673654643)年後における世界の西暦一九六四年九月十八日。

 誤差が、遺伝子レベルで{10の−(10の29乗)乗}パーセント未満までを同一人物と見なして、オリジナル円谷羽夷から数えて十五人目にあたる、円谷羽夷No.15の出産場面。
 この世界のこの日はオリジナル西暦一九六四年九月十八日よりも、ほんの僅か、宇宙誕生初期における揺らぎの瞬間が遅かった。
 円谷茉莉耶の担当医は、円谷羽夷の蘇生処置に失敗。
 円谷羽夷No.15は、産声を上げる事無く世界から消えた。
 その後、円谷茉莉耶は担当医を、業務上過失致死で訴えた。判決は、無罪であった。

   ↓

 その惑星内に於けるあらゆる現象を数値化した上で、オリジナルとの誤差が{10の−(10の29乗)乗}・6000000000パーセント未満の近似値を、同一の値と見なして、オリジナルからの三十二回目の地球。

 八十三人目の円谷茉莉耶から生まれた、七十一人目の円谷羽夷。
 オリジナルを含めた彼以前、七十人の円谷羽夷の内、二十二人が出産時に死亡。
 その二十二回の出産の担当医全員が、円谷茉莉耶に訴えられ、しかしそのいずれもが無罪。

 ちなみにオリジナル円谷羽夷は出産時、死ななかったので、この二十二の地球は、前記の誤差の条件により、オリジナル地球と同一の値をとるものとはとは見なせなくなった。
 それは単なる同一時間軸直線上にある別の惑星。
 もちろん円谷羽夷が生き延びていても、その他の誤差でオリジナルとは見なせない惑星もある。その数十七。
 それら地球の近似惑星に、円谷茉莉耶という女性から生まれた円谷羽夷という人物が居たとしても――当初の個体のみに於ける同一人物としての条件には当てはまるのだが――環境から受ける後天的誤差が、同一人物と見なすには大き過ぎるので、母親、円谷茉莉耶とともに、同一人物の人数からは外すことにする。

 つまり、個体としては七十一人目にあたる円谷羽夷は、この上記の条件によって、三十二人目の円谷羽夷となる。

   ↓

 オリジナルから三十二回目の地球。
 三十二人目の円谷茉莉耶から生まれた、三十二人目の円谷羽夷。

 彼の居る現在は、座標点(0,0)から無限に近く離れた座標点(m,n)上を通り、尚も、無限を無限乗したかのような、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、そんな数量が塵に思える程の彼方にある座標点(p,q)。
 ここに於いて、彼の遺伝子に於けるオリジナルとの誤差は、初めて、完全なる0を記録した。

   ↓

 涅槃門からこの世を覗き見、無から永劫に渡ってこの惑星の座標点を計り続ける隠者、寂楽(じゃくらく)は、今まさに機が訪れた事を知り、涅槃門を飛び出ると、座標点(p,q)上にある現実世界に己を遍在させ、円谷羽夷No.35を取り巻く、あらゆる現象に介在した。

 彼はまず、零に極限的に近いある一瞬間の、円谷羽夷No.35の存在が持つ自由意志を、世界に遍在させた己の圧力総てを以って封じ込めた。
 ただこの一瞬、円谷羽夷.35がオリジナル円谷羽夷と異なる行動をとりさえしなければいいのだ。
 そしてそれと全く同刹那に、寂楽は世界のクウォークを極微量変質させ、宇宙線の流れを修正した。

 この瞬間、座標点(p,q)上にある現実世界は、その総量に対する円谷羽夷No.35の自由意志という、超超超微量の可能性を除き、完全にオリジナル世界、すなわち座標点(0,0)上にある世界との一致を得た。
 また最後に残された変数値、無限のエントロピーを持つ自由意志、その最後の可能性さえも、円谷羽夷No.35、所謂人間という存在にあっては、「認識」「抽象」「相対」の手順を必要とするため行使されることは無く、寂楽の思惑通り、封じ込められてしまった。

   ↓

   一致。

   ↓

 極限的接近状態に僅かな作為を与えられ、座標点(p,q)は、座標(0,0)に、正に寸分の誤差も無く一致した。

 再び涅槃へと戻った寂楽の、目の前にある座標平面図には、かつての直線の代わりに、原点を中心とした、(半径の長さの2乗)=(p2乗)+(q2乗)の円が描かれていた。

 三十二人の円谷羽夷の居る世界。
 この世界で時間の可能性は一律無限となった。

 同時に、寂楽にとって新たに解決すべき問題が現れた。
 
 時間の無限性を前後二つの方向に限定する有限性。第五次元の直線座標。

 その刹那、涅槃を暮らすはずの寂楽の意識に、極めて懐疑的な念が浮遊した。
 零次元の開放、一次元の解放、二次元の解放、三次元の解放、四次元の解放――その極めて直線的な関係性。
 更にはこれら、解放の拘束からの解放――その内にある拘束性。
 
 では、世界が円だったとしたら?

   ↓

 自由と拘束の絶対区分に、確固として聳え立つ涅槃門。
 その門は常に硬く閉ざされ、意識の全ては侵入を許される事は無い。

 寂楽の消えたその場所に、今、新たに一つの影が浮かび上がった。
 それは寂楽に操作された円谷羽夷No.35の出現の故に、存在の必要性が失われたオリジナル円谷羽夷。

 彼の視線は、一体何処へ向けられる事になるのだろうか――。


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