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作品名:友あり遠方へ向かう 作者:烏山鉄夫

最終回 「五」
 広島で迎える土曜日の朝。
 どうやら、今日も瀬戸内の気候は健康であるらしい。まあ、それも半日の付き合いと思うと、重荷に感ずる事は無さそうだ。
 バターロール三個、ウィンナー五本、その他雑多に皿の上を賑わせて居る。要するに、食べ放題なのである。ビジネスホテルとばかり思って居たが、どうやらシティホテルと呼ばれる類いらしく、それで朝から豪勢な訳である。
 さわやかな朝、とは言い難い。決して二日酔いや寝不足が原因では無い。私は、とにかく寝起きが良くないのである。折角旅先に居るのに、「病気」が顔を覗かせたのである。やっと、朝食を摂る迄に機嫌を回復したのだった。
 勝手きままに選んだ好物を食べつつ、余計な考え事をして居た。
 「英単語のPEOPLEを、ピーポーと発音する人は信用能わず」
 何の根拠も無いし、仮に正しい説だとしても、我々の人生に一銭の利益も与えぬ雑音の如き情報であろう。
 「何故、直角三角形と言う奴は、三つの角のうち一つが直角であるだけなのに、あんなに威張って居るのか」
 どうでも良いでは無いか。数学は嫌いな筈なのに、こうして意識をする好き者なのである。

 今、九時半である。荷物をたすきにして、眩し過ぎて却って存在を意識させぬ太陽に照らされ、光り輝く街を歩いた。
 私は、肩がけかばんが好きで、今日も愛用の品をぶら下げて居るので、一歩毎に前後に揺れる。そのかばんも、日差しを浴びて居る。
 それにしても、宿の中の冷房に慣れてしまい、熱い外気にめまいを起こしそうになる。
 街には、目に毒としか言えぬ恋人同士と言う悪魔が、一つ二つ三つ・・・・・・数えるのが無駄な程歩きまわる。そいつ等は、二人の世界に夢中な筈だが、どうも私の顔を見て嘲笑して居ると感じ、不ユカイである。今日は土曜日、彼等の如き恋愛に於いて曜日は無関心と思われるが、独り者の淋しき男は厳格に意識させられる。
 さて、二回目の昼食も、お好み焼き屋に入る事にした。N君のおすすめの店である。昨日の夜は、所謂観光客向けの店舗で、この日は地元の人が中心の店であるらしい。
 だからと言う事は無かろうが、安くて容量のあるお好み焼きは、美味しくて無抵抗のままに満腹へと導かれてしまった。
 広島駅に立つと、N君がわざわざ見送りに来てくれた。
 「ねえ、昨日は寝られた?」
 「うん、まあ・・・・・・ね」
 私は、素直に言葉を濁した。
 N君は有難い、一人旅のつもりで帰京の際もこっそり帰るつもりだったのに、時間を提供してくれたのである。
 また、昨日はとんだ失態を演じてしまったが、本当は夜景を見学しつつ、順次消灯される街の明かりの行方を追ってみようと洒落込む筈であった、華原朋美さんの楽曲のまねである。何と言っても、私のささやかな青春の主題歌であり、合言葉である。煙草を咥え、ラジオの深夜放送を聴き、場合によっては迎え酒とも寝酒ともつかぬ焼酎を啜りつつ・・・・・・得てして物事は思いがけぬ事で破綻をするものである。
 はて、N君は華原さんが好きだったかしら?
 彼は入場券を買い求めて、新幹線の乗り場まで付いて来てくれた。列車に乗るまでの寸暇を惜しみ、一緒に居たいのである。当方は、自由席利用のつもりだから、来た電車に適当に乗れば良いし、彼の入場券の制限時間である二時間を守れば、誰に文句を言われる筋合いは無かろう。
 阿川弘之氏は、半分謙遜、半分は自虐的な表現で、
 「女にもてないから、汽車ポッポを追い掛けて居る」
と仰るが、氏の若い頃は充分に端整でいらっしゃる。私は身も心も醜悪だから、調子に乗ると大事な鉄道からもソッポを向かれる最悪の事態が待ち構えて居る。
 え?アンタと阿川先生を同じ舞台に並べるだなんて、何てけしからん奴だ、そんなだから女にもてない・・・・・・判って居ますよ、みなまで言うな。
 本当は鉄道の話をしたいが、何故か二人の話題は数学の話に及んだ。元々苦手意識のある話題ではあるが、流石の私だって、比例と反比例の判別や、三次関数を微分してグラフを描く事位は出来る。第一、新学期に新しい教科書をぺらぺらとめくって、判りもしないのに何やら難しそうな数式がずらずら並んで居るのを眺めてニヤニヤして居た事は白状せねばなるまい。
例の直角三角形の事を聞いてみたが、N君は笑って答えてくれぬ。
 広島市民球場での観戦は叶わなかったし、全体で一日位の滞在であったが、もう思い残す事は無い。
 何故ならば最大の目的である、N君との再会、至高の酒を酌み交わしたのだから、考えてみるに他の用件は全ておまけの事であろう。何だか正体不明の意固地で、広島電鉄に乗車もせず、深夜の妄想(例に漏れず、夜中の物思い故捗ってしまい、あらぬ方向に進んでしまったが)こそやったけれど、生身の女性との接触と言えば、二つの店のアルバイトの二人の娘だけと言う、身の丈に合ったとも、ひたすら侘しい結果ともまとめられる戦果であった。
 些か自棄になり、何も広島の人で無くても恋人は恋人だ、他所で作ってやると負け犬の遠吠えの如く、心の中で叫んでみた。
 さて、そろそろ列車に乗るべき時間が来たようだ。
 次の「のぞみ」が、N君との別れの合図である。今生との別れと口にするとますます淋しさに拍車が加わるが、それ程彼と会う事を楽しみにし、その終わりに涙をガマンして居るのだ。
 さあ、とうとう右手から大蛇の如く、伝統の白地に青色の帯をまとった電車が、
 「ええ、大変名残惜しいですが、そろそろこの辺で・・・・・・」
と言わんばかりに恐縮した表情、足取りで視界を横切り、やがて優しく停車をした。刹那の静寂。
 お互いに男らしく、割り切った顔を作り、軽く手を挙げただけで、乗車する人々の列に加わった。そして、冷房の効いた車内の人々の無関心さに安堵をした。
 列車が動き出すと、車内販売の缶ビールを買った。
 プシュッ、と言う音が無事N君と再会出来た事を祝したくす玉の割れる音に思われた。
 一本では物足りぬ。二本目を購入して、再びプシュッと空気の抜ける音を聞いた。一本目と異なり、ちびりちびりと口に含んだ。そうして、全てを忘れようとした。余りにも感傷的になったから、いっその事記憶を整理して余白を作ろうと思ったのだ。
 私は、頭を座席の枕に押し付けた。
 私は、童謡「線路は続くよどこまでも」が、子供の頃は好きだったのだが、「鉄道唱歌」の存在を知り、そして歌詞を覚えるうちに前者では満足をしなくなってしまった。贅沢のつもりは無く、鉄道を舞台とする世界が拡張された為である。しかし、私は声を出さずに口ずさんで居るのは、紛れも無く「線路は続くよどこまで」であった。広島と東京は、線路を通じて明らかに通じ合って居る。それは、在来線であろうと新幹線であろうと・・・・・・。
 流石に昼間の列車だから、東京に着くのは夕方、それも薄暮と思われる。野となれ山となれ、気にする事では無い。夏の事だから、多少の明るさが残って居ると信じて居る。いや、それも正確とは言えず、とにかく雨さえ降らなければ、それで良いのである。
 駅に停まると、ぼんやりして居るせいか乗降する客の靴音が大きく聞こえる。車体構造の都合で小さく揺れるのも、この人達が歩いて居るからかとも思える。
 話が前後する。
 車内検札、優等列車に乗ったと言う証及び儀式である。私の持つ乗車券並びに自由席特急券に、車掌がスタンプを押した。不正は働いて居ないし、指定券への変更や乗越を求める訳では無いから、ひとりで勝手にそわそわして居るのも妙な具合だが、これを済まさないと落ち着かないのも事実であるから、どうしても楽しみと認めざるを得ないであろう。
 ふと気が付くと、新横浜に到着しており、周りの客が列を成して扉よりあふれ出て行く。この駅自体に思入れが無いから、特段の気分は浮かばない。都県境の多摩川を渡ると一二〇キロ位で走るから、在来線と同様にカタンカタンと言う音が、小さいながらも耳に届いて来る。隣に横須賀線の電車が並んで走行中だ。品川で乗り換えるつもりだ。東京駅でも構わないが、地下に潜る時間の節約と、着席の確率が高くなる(それでも多少の競争は要するが)。それで、降車の仕度を始めた。
 さて、東京に戻って来たのだから、この物語も終わりにすべし。
 家に帰って、飯を食って、風呂に入り、布団をかぶって寝るだけなので、余り細かく記録をしても面白くない。日記では無いのだから。
 では、小学生の如き作文はこれ位にして、お仕舞い。


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