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作品名:友あり遠方へ向かう 作者:烏山鉄夫

第5回 「四」
 私は、醜男である。確かに太って居る事は自覚して居るが、元来運動音痴、いや苦手であったから(同じ事か)、一度定着をした脂はなかなか減じてくれぬ。理由が理由なので恥しいので、鉄道好きに乗じて「駅弁の食べ過ぎ」と言う事にして、誤魔化して居る。
 体格の事は、或いは狸が好きだから、世を忍ぶ仮の姿等と平凡な文句を並べて煙に巻く事もある。決して豚に非ず、私の自室は実に汚らしいから。
 しかし、どうも顔の造作だけは個人が納得して居ない。所謂老け顔と言う部類で、小学校高学年の頃より「損」ばかりして来た。その上、太ったのと同時に顔の型も四角に化けてしまい、将来は平行四辺形、或いはせめて台形位にはなりたい。但し、台形になっても、もてる保証は無く、むしろ女共に敬遠される運命になる事が予想されよう。
 大学時代、ある団体に加わった私は仲間になったTと言う女(と敢えて書く)に何故モテないのかを聞いてみた事があった。その女曰く、
 「アハハハ、当たり前でしょ。女ってね、優秀な男の精子で妊娠してみたいと言う本能があるの。U君じゃ、無理だよ」
との事だった。何処かで聞いた台詞だと思ったら、とある漫画の一節であり、且つ一般論でもある公理を返事と成すとは、即ち私の苦悩に真面目に応じる必要性が無いと表明した訳で、私は二度とこの女の顔を見たいと思わず、卒業するまでは笑みを湛えて和やかな態度を示したが、同窓会の類いに参加するまいと覚悟を決めた。
 ただ、私も偏屈な側面がある事は首肯せねばなるまい。女に囲まれた生活は無縁な世界であり、流行や社会現象に興味が無く、むしろ私の人生には邪魔としか思わなかった。だから、服装も、歌う曲も、何もかも古い型が好みなのである。
 幾ら流行でも、私に恋人が出来た頃には廃れた文化であり、私が真似をしたところで、時代錯誤と笑われるのが関の山であろう。

 矢張り肉体的には疲労が溜まって居るのだろうが、しかし精神的に興奮状態にあるらしく、更に酒が抜けてしまい、要するに寝付きが悪いのである。
 私はすっかり諦念して、窓際の椅子に腰掛けて、煙草に火を付け、暗くてよく見えぬ街の様子を眺めた。そうして、その様なつまらぬ考え事をしたのである。
 さて、友達が住んで居ると言うだけで、今回の旅行では何かツテがある訳では無い。正しく無鉄砲で恐い物知らずである。厚顔はなはだしく、神経だって十本位不足して居るのかも知れない。
 駅に近いビジネスホテルに投宿をした。
 それがN君の優しさなのである。「客人」をもてなす為には、安くても営業して居る施設を紹介してくれたのだ。夜も更けて居るのに、空き部屋があって良かった。
 私は小学校の嫌な体験からか、とにかく独り言を呟くのが癖或いは趣味みたいに染み付いて居る。
 例の店で私の横に、一人の女性が座った。
 大学生か、或いはせいぜい私と同い年位であろう。
 私の好みの女性だ。即ち、透き通る様な色白の肌の持ち主である。肩より長い黒髪で、眼鏡を掛けて居る事すら彼女の魅力と言って差し支えが無い。誰が見ても美人と思う筈である。
 「あの、お隣に座って、お邪魔じゃ無いですか」
 「ええ、どうぞ。貴女みたいな美人なら歓迎です」
 「ありがとうございます。あの、失礼ですが、烏山さんですよね」
と、突然私の筆名を言い当てられて困惑しつつ、
 「はあ・・・・・・私は烏山鉄夫ですが。つまらない小説を書いて居ます」
 「あら、素敵です。私は栗林・・・・・・夜砂子です」
 「ああ、そうですか。よろしく」
 言葉は東京のものだ。すると旅行者だろうか。いや、待てよ、旅行者たる私に合わせてくれたのか・・・・・・。
 N君は、けげんな表情を隠さずに、
 「ねえ、誰と話して居るの?」
と聞いた。私は、とっさに例の独り言を仕出かしたと思って、
 「いや、何でも無いよ。ところで、栗林夜砂子って、心当たりがあるかい?」
 「栗林?夜砂子?・・・・・・ううん、知らないよ」
 「そうか・・・・・・」
 だとすると、この女性は誰だ。そもそも女なのか。
 私は怪談だとか心霊写真だとか、一般に神秘的とか超自然的と呼ばれる話題が好きだが、まさか大都会の中心の居酒屋に幽霊が出るとは思わなかった。
 いや、待てよ。この女は「実在」するのかも知れぬ。絵に描いたが如き私の理想の女だ、私は実はあわよくば女生徒の「出会い」を期待して居たから、いわば妄想の世界と今世が、相互作用して居る可能性がある。薄気味悪かろうが、妄想のつまり架空の人物となれば、思い切ってとことん付き合ってやるべし、と開き直る事にした。
 この時は、N君が居てくれたから、すっかり彼女の存在を無視してしまった。
 ハッとした。部屋の入口に栗林夜砂子が立って居る。
 「わたし、亜砂子の姉です。何時も妹から、貴方の事を聞かされて、とても面白い人なのですっかりファンになってしまいました」
 当然亜砂子なる女性も知らぬが、空想だからそのまま付き合う事にしよう。
 「ほう、それでわざわざ広島まで追い掛けて来たのですか」
 「ええ、そうです。先程はお友達がいらっしゃったから、私は邪魔と思って消えました。でも、今は二人きりですね」
と言って、若い娘特有の明るさに満ちた笑みを見せた。
 改めて私は彼女の事を観察した。
 中学生の時に安芸の宮島の海辺で見た、すくうと消える錯覚をさせる瀬戸内海の清らかな海水を思わせる肌が、ほんのりと桜色に染まって居る。
 それにしても大人びており、ゆっくりと転換する顔の表情は、どれを切り取っても妙齢の女性らしい気品を伴っており、広島に住む如何なる美人でもこの人に太刀打ち出来ないと断言をする。但し、目元を見ると若さと言うのか、幼さを残したあどけないものだが、決して欠点では無く美人度の加点に大きく寄与して居る。
 私は、女の胸の大きさに拘りは無いから、丘の様に余り高く無い果実が好ましく、脇から腰にかけてブラウスの上からでもはっきり認識出来る素敵な曲線に目を奪われた。
 もしも、私の作品が映像化される幸運を得たら、当然この娘が主役に改変されるだろう。或いは、彼女を主人公にした別の小説を書きたくなる。
 この様な思考を専門用語で、御都合主義と申します。
 当方は、私の理想像と言う名の開き直りをして居るから、批判されようと、この女性を美人と認定し、且つ己の好みに認定しても恥しく無いのである。
 何となく、彼女がはかない天女の如く見えたのは、お好み焼きの煙か、煙草の煙か・・・・・・うむ、例によって、勝手に一目惚れをして、特別視して居る証しであろう。
 一部の人々は、私を飄々とした人間と評してくれて居る。確かに人間的には軽薄で信用出来ぬが、同時に小心者なのだ。そのくせ、猪突猛進、後先を考えずに適当に物事を処理するから、苦情やしかりを受ける。馬鹿、無能、不器用・・・・・・頭の回転が鈍足である。だから、後悔や反省ばかりが募り、気になって夜も眠る事が出来ず、次の日はフラフラで過ごすから、結局失敗を繰り返し、また煩悶をするのだ。自責の念で、心に傷を負う。ある意味では、忙しい生活と戦って居るのだ。
 この人の言う、「面白い人」とは、一体如何なる人種なのだろうか。
 「またそう言って笑わせるのですね。女の人は、貴方のお話に呆れて居ると思って居るのでしょう?いいえ、それは思い過ごしです。なるほど、初対面 の人はびっくりするでしょう。でも、貴方と友達になれば、必ず評価してくれます。自信を持って下さい」
 そこまで深く、恋愛関係に至らずとも付き合ってくれた女性は、一人も居ない。この先の人生でも、そんな女性に巡り合える幸運がやって来るだろうか。
 「ほら、すぐそう言う後ろ向きな事を考えるのね。駄目ですよ」
 流石は、「夢の中の人」だ。実に物わかりが早く、私の心の中を読んでしまった。この人が現実に居たら、感極まるのに。
 「私は貴方が好きです。他に貴方に恋した人が出来たり、逆に私以外の恋人が出来たら、嫉妬で呪い殺すかも知れません。どうか自信を持って下さい」
 嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
 まあ、私と夜砂子は一心同体、当たり前・・・・・・いや、これ以上の気色悪い話は止めにしよう。幾ら小説でも書いて良い事、悪い事の区別と言う物がある。
 単に着地点を見失った事は認めざるを得ない。
 ただ、若い女の子の前で、格好良い姿、虚勢、見栄を張ろうとして居るのだ。まさしく、自己陶酔である。本音は、女の子に甘えたいのだ。肉体的にも、精神的にも・・・・・・本人は自尊心の強さと信じて居るが、童貞特有の不器用さで素直になれず、理想ばかりが大きく膨らみ、そのへだたりから悪口・陰口の類いを溢し、女より上位に立ちたがるのだ。無論、女の子に嫌われる代表者の典型であろう。
 しかし、それは小学校時代の無惨なる五年間(辛うじて六年生の時のみ満足なる日々を過ごせたが)の、精神的外傷と書くと大袈裟だが、実に孤独と、勉強に力の入らぬ一種の倦怠を引き摺って克服や反撃に出る知恵を持たぬ、男として弱々しい若しくは甘ったれた人間に育ったが故の、屈折した情熱なのである。
 それで居て、女は皆敵、だから我が精鋭の軍門にくだるべきだ。PAX KARASUYAMANAを保証してやるから。女の尻に敷かれるのなぞ、金輪際まっぴらである。
 私は、本気でそう考えて居るのだ。他人が、その矛盾と阿呆らしさで笑っても、私は強い思想のもと生きて居る。第一、私は大器晩成型の人間とされて居るが、長生きをするつもりが無いから、戸籍上は若くても、私は晩年に足を踏み入れて居るのだ。恐い物は幾つか知って居るが、勝手に悟りを開いて半分諦念して居るのだ。観念では無く、諦念である。世の女共、恐れ入ったか、ちくしょう。
 何だか、私はラジオの恋愛相談を聞かされて居る気分である。私は、地方局のラジオ番組、それもAM局が好きで、小型ラジオを持参して居る。
 そうだ、すっかり深夜番組を聴きそびれた。
 私は、夢の中の幻想を見たか、或いはうつらうつらし乍例のクセである独り言を、ぶつぶつやったに違いない。夜砂子なる、とぼけた名前の女なぞ眼前に居ないし、同衾すらも実現出来ていやしないではないか。
 そもそも、電灯を消した状態で、あれ程はっきりと相手の姿が見えたと言うのは・・・・・・。

 嗚呼、あの娘が実在する女性だったら!

 時計は二時過ぎ、日付は変わってしまったが、
 「あーした、天気になあれ」
と声に出して言ってみた。
 そして、今度こそ寝た。


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