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作品名:友あり遠方へ向かう 作者:烏山鉄夫

第2回 「一」
 私は新幹線指定席特急券を片手に、朝の雑踏が始まりかけた東京駅の構内を歩いて居た。
 今日は人に会うのだから、遅くなるのは迷惑だ、時間を縛って行動する為に、普段なら自由席を利用するのだが、混み具合に怖気づいて次の列車に気分が傾かない様に、敢えて指定券の為に五百十円を余計に出費したのである。
 窓側を指定し、無事に希望は叶って居る。隣の空席は、品川か新横浜で誰かが占有するであろう。仮にそうだとしても、名古屋或いは新大阪でおさらばになる筈である。
 さて、座席を確保したら、私は座席の角度を変える習慣が無いから、つまり姿勢を直角に保ったまま、弁当を拡げた。是は、よくある光景として笑いの種にされるが、私もその人達の仲間である。別に笑われるのは構わぬが、毎度の事とて恥しいとは思わぬし、第一に朝食を摂って居ないから、素直に空腹と戦う元気が湧かないのである。第二に、車窓をゆっくり眺めたいのである。但し、今日は進行方向左側故、富士山も掛川の岩山もギセイにしなければならぬ。それでも、何か見える筈だから、特に夏の朝の早朝なので、暑さの来る前のどこか気だるい雰囲気ばかり見せられる懸念はあるが、それもこの時季に旅行をする醍醐味である。
 そう言う訳で、私は弁当を食べて居ると、電車が動き出した。因みに、新幹線も交流型の「電車」なのである。誰もが特別な乗り物と特別扱いをして居る節がある。
 太平洋ベルトと称する人口密集をした処を西進して来たが、何処まで行っても東京、いや、流石に都心とまでは言えぬまでも、ちっとも下町と変わらず、日常から脱出をした実感が湧かぬ。強いて述べるなら、方言の相違と高層建築の有無はある筈だが、けしからぬ事に新幹線はそれらを踏み台にしてその利便性だけを、どんな使命か知らぬが頻りに宣伝して居るのだ。
 但し、些か舌鋒が鈍るけれども、如何に味気の無い実用一辺倒な新幹線だが、鉄道には相違ないのだから憎き航空機と比較すれば、愛すべき敵として敬う準備は持ち合わせて居る。地に足が付いたまま移動して居るのだから、文句を言おうものなら神様が命じて落雷により人生が終わるであろう。私は世の中で、雷が最もきらいである。余談だが、二つ目はゴキブリで、次がヒコウキである。
 新幹線を擁護しようとすればする程、どうも悪口を書いて居る気がするから、この線路の話題は止めにしよう。
 それよりも、もう腹が減って来た。まだ名古屋である。
 私は平素から食べるのが好きだが、旅行に出掛けると消化が倍速になるのか、とにかく直ぐに空腹になる。しかし、今日は思案を要する。つまり、本能に忠実に弁当を求めるか、このまま広島までガマンをするかの二択である。
 広島には、定刻なら十一時半に到着をするので、折りしも昼時である。N君と現地の名物、即ちお好み焼きが待って居るとするならば、それまで忍耐するのも悪くなかろう。駅弁を買い足すのは見送る事にした。
 ところが、だ。意地の悪い事に車内販売の売り子さんが美人なのである。私の悪しきクセで、買い物をするたった一分か二分の間、彼女達にお近付きになれるとて、無駄な出費をして後悔するのが定番である。笑ってくれるな。
 私は一計を案じて、熱い珈琲を注文した。本当に魔がさしたのである。「アイス」と伝え損ねたのである。下心を見透かされて誰かが笑って居るものと思われた。しかし、私はひと仕事をした気になり、珈琲が冷めるまで車窓を楽しんだ。
 東寺の塔が見えて来たら、京都である。京都の人には失礼だが、まだ京都である。気持ちは広島に向いて居るから、どうもまどろっこしく思えるのだ。窓は開かない筈だが、たこ焼きの香りが漂って来たら新大阪到着の合図である。
 ここから山陽新幹線である。この路線はトンネルばかりだと言われるが、それは地形のせいであり国鉄若しくはJRに罪は無いし、矢張りトンネルがあってこそ地理感覚がすっと頭に入って来て楽しい時もある。
 今私は六甲の胎内を走って居る。高速でくぐり抜けるのが申し訳ない気もするが、長居をするのも礼を欠けるものと思われ、それが最適な行動にすら感じる。
 「のぞみ」に乗車して居るから、新幹線としては小駅の相生やら三原なんかをすっとばして行く。
 大阪より西側の景色は、トンネルによる細切れの効果で、何となく温か味と言うのか、家庭的にすら思える。トンネルの中は、冷たく暗いからどうしても仲良くなれる気がしないのである。
 古代の役人が山陽と言うだけあって、瀬戸内海の恩恵を存分に満喫してひたすら明るい印象を持たざるを得ない。
 名古屋で入れて貰った珈琲は、とっくに飲み干しており、少々口ざみしいが、子供では無いからここは頑張って、広島に停車するのを待つのみである。
 こう言う時、道路が羨ましく思う。鉄道には、主な地名とそこまでの距離が書かれた標識や看板の類いが無いから、時刻表に記載された数字を追うしかない。ところが、こいつがとんだ曲者で、うそつきだから簡単には信用出来かねるのである。
 とは言え、そのからくりを含んだ数字上は、あと七一・四キロメートルと迫って来た。
 電車は静かに停まり、扉が大きく口を開いた。

 広島、ひろしま、ヒロシマ、HIROSHIMA・・・・・・書き方は色々で、文字にする間の数秒考えたのだが、良い処である。方言の「じゃけえ」の連想で恐い人達と言われるが、それはかつての任侠映画のせいだし、県民は良い人ばかりで悪い印象は全く湧かない。尤も、神宮球場に集うカープ党との野球を通じたお付き合いしかして居ないのだが、広島の人とは身近な存在である。
 広島市、日本人なら知らぬ者が居ない中国一の大都会である。無論、広島県の県都であり、毛利家由緒の城下町であり、広島東洋カープの本拠地である。そして、日清戦争の折には、大本営が置かれ玉座も遷され帝国議会すらここで開かれたのである。

 広島市は、この日は良く晴れており、駅の構内や街を歩く人々も、明るさを享受して闊歩する人と、暑さに辟易して牛の如き歩速の人と両極端と見受けられた。
 さて、私はどちらの組に仲間入りをするだろうか。
 中学の修学旅行以来の広島の旅は始まった。


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