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作品名:旅行記私鉄編 作者:烏山鉄夫

第8回 第七章 アルピコ交通上高地線
久し振りで山を見たくなった。それも冬山の純白に輝く処が良い。春の雰囲気が濃くなったこの時期に外出をする好機を得たのを幸いと、上越国境か信州方面か、色々迷って居ると旅情の風が最も強く吹いて来る中央本線に食指が伸びて行き、それなら松本からのローカル私鉄にお邪魔するのも面白いだろうと考え、日帰り旅行を組んでみた。
当日の朝まずい、と思った。寝坊である。たった五分で家を出て、夜明け前の暗い道を息を切らせて早歩きをして、駅まで行くと何とか総武線の始発電車に間に合った。まだ、興奮して居る。御茶ノ水までこんなに近かったかと思う位であった。但し、睡眠は充分だから全く眠気は感じず、余計に八王子までの電車内で退屈を持て余す程だった。
平成二七年三月二三日、八王子6時30分発松本行で今日の旅は開幕する。何時もなら途中で捨ててしまうが、最後まで付き合う事になる。
JRの乗りつぶしを含めて、朝の立川や八王子を利用するのは、一体何回目だろうか。早朝なので快速運転をして居ないから忍耐の時間を過ごすのも、是で幾度目だろうか。しかし、好きな事をやって居る訳だから文句を垂れるつもりは無く、要するに今日も中央本線の世話になる際の儀式を無事に終えたのである。
ボックス席を確保出来たのは良かったのだが、相席になった初老の男性が朝から酒を呑んでおり、つまみの乾き物の香りがぷうんと漂って来る。私も酒は好きだが、流石にこの時間から呑みたくないし、それで失敗もして居る。そう考えつつ車窓に目をやると、朝もやで白くなった山肌が幻想的に思われた。
高尾からの山登りは何時もわくわくするし、小仏トンネルも勾配があるので電動機の爆音を聞くと、中央本線の旅をして居る実感が湧いて楽しい。
猿橋は、有名な観光地だが近場だと思うからなかなか顔を出す機会に恵まれず、またも先送りをせざるを得ない。そんな事を考えて居るうちに、大月に着き客が入れ替わる。早朝なので特急の退避が無いから、案外速く移動が出来るのだ。
左側の森の向こうの一段高い処に複線の架線が見えた。ここを通るたびに、あれは何かと思うだが、すぐに忘れてしまう。何故なら長い笹子トンネルに突入し、ジョイント音に聞き惚れるのが常だからだ。もう少し味わって居たいと思うのに、甲斐大和に停車の為減速をしてしまう。
甲府盆地を見下ろす。是もこの時間帯に通る際の楽しみの一つである。「桃源郷」とは本当は甲斐国が発祥なのでは、と見紛う清々しい景色である。
私は、果実が苦手と言うべきか、余り得意では無い。しかし、風景として産地等の木々に実る作物として眺めるのは好きなので、ここ甲府盆地や福島県は嫌いな土地に数えるのが忍びない位である。
そろそろ甲府が近付いて、通勤通学客がぞろぞろと乗って来る。特に私の周囲は肉屏風と化して居る。
私が助平だから、若い女の子ばかりに目を向ける訳では無いが、単に女子高校生が多く男の子が主導権で負けて居る様な、そんな男女比なのである。
部活で運動をして居るのか、それとも箸が転がっても可笑しい年頃のせいだろうか、とにかく明るい車内を醸し出して居る。この制服美人軍団も酒折で下車をし、次の甲府に着く頃には落ち着いた車内を取り戻した。
甲府で八分停車をする。しかし、本領は是からであり、それに向けた準備の時間なのである。今のうちに、サンドイッチをかじって朝食とする。
ここで女性運転士に交代をした。彼女の運転は非常に上手で、特に制動の際全く衝撃が生じず乗り心地が良かった。
新府で八王子から二時間を迎えた。もうそんなに時間が経過したのか、と少し驚いた。今日は終点まで乗るので、すっかり時間を忘れて居たのである。
日野春で七分停まる間に、特急を先行させるのも毎度の事で、つまり正常運行して居る証しである。ホームに降りてみると、南アルプスの雪山が朝日を浴びて美しい。是で半ば目的を達してしまったが、矢張り松本まで行こうと思う。
中央本線最高地点の富士見は、窓が開かぬから、その涼しさ(と言うより寒さ)の体験は出来なかった。
岡谷では、飯田線伊那大島より来た電車から乗り換えて来る若者の多さに目を見張る。二分停車で慌しい、
さて、最後のアトラクションである塩嶺トンネルを潜る為に、運転席後ろの小窓に遮光幕が下された。何年振りかだから、妙に胸が高鳴る。
五九九四メートルもある長大トンネルだが、走ってしまえばむしろ短く、出口にあるみどり湖に着いてしまった。無人駅だから切符の回収をするから、僅かながら長く停車をした。この駅も気になるのだが、今のところ探検が出来ずに居る。
塩尻で七分停まる間に、特急「しなの」3号を先に行かせる。ここで緩急接続をするのは珍しい体験であった、
楽しかった幹線の列車旅は終演をし、おまけと言っては失礼だが、延長戦の如く篠ノ井線に直通する。
松本10時16分、定着。勇む様に、是から乗る電車のホームに行くと、三〇分待たされる事になり水を差されてしまった。その間に駅そばを見付けたのに、食券を誤って購入した為、信州に来てうどんを食べると言う天邪鬼の顔をしてしまう。私は三食そばでも構わない位なので、大失敗として激しく後悔をした。
大糸線の車両が入換作業をして居るのを眺めて北端の非電化区間にも早く乗りたいと浮気をする間に、白い二両編成の電車がやって来た。
今日の目的は、アルピコ交通上高地線一四・四キロを片付けて、終点の新島々に行く事である。
近年会社名を変更したそうで、どうしても松本電鉄と言ってしまう。私にとって、少し思い入れがある。それは中学一年生の夏休み、家族とのドライブ旅行でこの周辺を訪れ、私は鉄道が好きだから新島々駅に寄って貰った。その時に出会った元東急の通称「青がえる」こと5000系電車の印象が強く、他の要因も重なって、特別な一年として思い出を大切にして居る。その「青がえる」も引退して、元京王の車に変わってしまったが、記憶が褪せる事はあるまい。
そう言う訳で、上高地線への乗車を果たして喜んで居たら、余程浮かれて居たのだろう。ワンマンカーなので運賃表示器が設置してあり、まだ松本のままだったから「700」と数字が光って居る。私は間違って記憶して居たので、慌てて財布から小銭を取り出した。
松本10時45分発第15列車は、ロングシート一ヶ所につき二・三人が座る程度の客と共に走り出した。お向かいに若い美人が居る。突然止まったので、何事かと驚けば西松本に停車したのだった。前を凝視して居たのに、ホームが死角となり気が付かなかった。
カタンコトンと、ゆっくりだがしかし軽快な音をふりまきながら走って行く。そして、静かな車内に、案内テープの女性の声が語りかけて居る。
車庫のある新村に古くて渋い車体の機関車の姿を見付けた。ここで一人降りて行った。
森口で一人乗って来た。対向列車と線路の譲り合いをした。
波田で、例の美人とお別れとなった。
刻一刻と終着点が近付いて来る。短い路線だから、その分だけ結末が早い。少なからず淋しくなるが、元々期待が大きかったから、反動も比例して重みを感じてしまうのだろう。
11時26分、新島々に着いた。線路がまだ続いて居そうだし、「新」があれば「旧」もある筈だ。実際、島々と言う駅があったが昭和五八年の台風一〇号の影響で土砂崩れが発生し、同区間は休止に追い込まれ、昭和六〇年に再開される事なく廃止になってしまった。因みに、島々駅舎は移築され駅前の観光案内所として再利用されて居た。それも閉鎖されたのか、引っ越しをしたのか気が付かなかった。
切符を持って居ないから、JRの切符を提示して、現金を手渡した。
標高六九五メートルの位置にあるだけあり、若干空気がひんやりとする。ここから路線バスに乗り換えて、上高地や乗鞍方面と接続して居る。観光客の姿が少ないから、どうも張り合いが無い。朝に来れば、もっと活気があるのだろうか。
それが原因では無いけれど、帰路の切符を買うのに、券売機を利用してしまった。窓口で声を掛ければ、硬券が用意されてあったらしいのに、オタク的な買い物に現を抜かす勇気になれず惜しい事をした。
帰りの切符は、「渚」までのものである。運賃の節約と、街歩きの拠点にしようと考えての事である。松本まで二駅と言う処である。是で四〇〇円を手元に残す事が出来た。
さて、所謂盲腸線だから引き返さないといけない。たった一一分の滞在で松本行の電車に乗ってしまう。その方が暖房が効いて快適だからでもある。
新島々の隣の淵東は「えんどう」と読み、この後下車する予定の渚と組み合わせて、漫画の登場人物調の女の子が産まれた。この電車もその女の子の絵が描かれてあり、なかなか可愛らしい。女性社員が考案したのだそうだ。
今度は新村で交換をした。車庫をもう一度覗くと、保存されて居る「青がえる」がちらっと見えた。精神的に約二〇年の時間が一気に戻った。
ところで、電車は元々東京の大手私鉄のお古だから、乗り心地は良いが、雪国である事と少子化もあって赤字が酷いらしい。以下は余計なお節介だが、一日乗車券を使わず正規の運賃を支払って、少しでも収入の足しになればと願った。その分、私自身は損をしたが、何と言っても上高地線存続の為である。私のフトコロ具合なぞ、小乗的な話である。
列車の速度は、都会から来た旅行者だから丁度良く感じるが、日常で使うとまどろっこしくて嫌う人も居るかも知れない。昔は夏になると、早朝に登山客向けの快速電車を運行して居たと言うが、速度に関しては如何だったのだろうと思う。
長野市と松本市とでは、文化面で全く別の国だと聞く。地理上では同じ長野県に組み込まれた以上は、松本の地に立っても長野を旅して居ると言うしか無い。要するに、長野に来られて嬉しいのである。それも、上高地線を利用して移動中だから、万事が好ましく思える。尤も私は、キライな路線は余り持っておらず、東京の電車だって「旅」と言う観点では趣に欠けても、結局は鉄道であるから楽しくなる事が多い。
車窓を見ながら、色々と考え事をするうちに、件の渚駅に停まった。片側一面だけの小さな無人駅で、運転士に切符を渡して電車が松本へ向けて走り去る姿を見届けた。
さて、二駅と言っても駅前の喧騒が届く範囲である。一応地図は持って居るが、多少の遠回りは構わないし、それが醍醐味である。そう言う言い訳を作って、ふらふらと歩いて行く。
松本駅の東口には、今回初めて立った。それを不思議な感覚と共に眺めた。
切符を見せて改札を通り抜けると、次の中央東線の普通列車は、12時42分発となって居る。まだ入線して居ないので、その間に売店に顔を出しておく。
長野県は「教育県」として定評があるが、確かに列車を待つ雪国特有の白い肌をした女子高校生は、皆真面目で優等生に思えて好ましい。その美人達とお付き合いしてみたいが、吹奏楽のケースを持った娘には、「音痴の人とは付き合いたくありません」だとか、別の娘には「電車なんかに熱をあげて居るオトナは嫌いです」だとか言われて振られそうで恐い。冗談はさておき清楚な女の子達と同じ電車で、帰京への道を進む事になる。
ロングシートだったが、着席出来たから、是で楽をして小淵沢まで行ける事になった。
また塩嶺トンネルを高速で通過して行く。このトンネルは私と同学年で、鉄道の歴史上新しい部類である。この間駅が無いから、車掌が精算を受け付けに来た。眼鏡をかけた女性であった。私は切符を持って居るが、たまには車内で買ってみるのも思い出になるのにと後ろ姿を見送った。
この電車はケシカラン列車で、少しでも大きな駅に停まるごとに足踏みをしてしまう。幾ら先を急がぬ旅とは言っても、矢張りキバを抜かれてしまう。
茅野で七分も停まると言う。私は先頭車に乗って居るのだが、扉の向こうが改札なので、学校帰りの女子生徒が次々と乗って来て次第に黄色い声が谺して来る。無論、この子達も真っ白い顔をしており、このまま肌色を維持して素敵なオトナになって欲しいと親でも無いのに余分な事が胸に思い浮かんでしまった。
日差しが強くなり、あちらこちらから遮光幕を閉める音が聞こえて来る。
今まで賑やかだった女の子が徐々に少なくなり、元の光景に戻る頃には小淵沢であった。14時00分の到着である。
途中下車をするつもりだが、ここからはおよそ三〇分ごとに電車があるから、次のに乗り遅れても心配は不要である。
駅前を歩くと、流石は高原の出入口で店が多い。一服をしながら駅舎を見つめる。どうも「食わず嫌い」をして居た様で、こうして改めて観察すると、なかなか雰囲気があって良いのだと知った。
駅そばを注文して昼食とした。山梨県でそばを流し込むとは、益々アマノジャク振りが強くなった。それは別として、美味しく食べてホームに行くと、14時30分発が居た。黙って、ほぼ無人の電車の座席に腰掛けた。
この電車は私の為に走って居る様なものだ。二つ先の日野春で降りてみようと思って居るのだが、特急を退避して一〇分以上停車すると言うから、その間に外の空気と駅近くに住む可愛い犬と触れ合ってから同じ電車に戻った。
雪山が窓を通して、その容姿が私の目を楽しませた。まるで、京都の古寺の「借景」の様で、思わず写真機を向けてしまった。
甲府では一七分も停留すると言うから、一服をして、缶ビールを求めた。
一人旅は気楽で良いが、一日の程良い疲れもあって、誰か相手が欲しくなる。それも美人なら、もっと嬉しい。雪国の佳人を見掛けた後だから、一種の余韻が残って居るらしい。女の子を漁りに来たのか、酒を呑みに来たのか判然としなくなってしまったが、それに呆れる様に、桃畑の横を快走して行く。
甲斐大和でも特急の為に道を譲るべく、七分停まる。毎回の事だが、幹線を旅して居る気分だけは満点である。
夕日を浴びて、下り線の線路がぴかぴかと光って居る。山影が黒くなり、旅の終わりを迎えつつある。
とどめに相模湖で退避をした。是だけの事を一本の列車で賄えたのだから、大したものである。こんな事は時刻表を見ればすぐ判る事だが、来た列車を適当に利用すれば良いと思ったので、いわば偶然の産物だったのである。記念に書いておこう、列車番号「554M」。
ただ誤算と言うか残念なのは、東京行の特別快速に接続して居ない点である。余程待とうかと考えたが、馬鹿らしいので腹を括って、中野まで各停の快速に、思い足取りで乗り込んだ。私のせいでは無いから、安心して居眠りを貪り、待ち兼ねた様に御茶ノ水で総武線に転進をして、市川で下車をした。
朝の寝坊以外は、やりたい事がつつが無く終える事が出来て、至極満足をしつつ帰宅をした。
良い一日であった。


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