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作品名:旅行記私鉄編 作者:烏山鉄夫

第2回 2
平成一七年の大型連休を使って、大学の友人と一泊二日の旅行へ出掛ける事になった。
まず、バスで京成電鉄の市川真間駅に行く。
ママとは、「崖」の意味があるらしく、近所の真間山弘法寺は山号の通り、崖の上にある。
この市川真間から普通電車を利用する。以前は急行の停車駅であったが、三年前の時刻改正で廃止となってしまい、新設の快速は通過する様になった。不便と言うよりも淋しい気持ちが強かった。今は慣れてしまって、何も思わないけれど。
高砂で乗り換え、押上線の電車はそのまま都営浅草線を走るので、友人との集合地点である浅草まで、一つ一つの駅に停まるのを黙って見て居れば良かった。
友人と無事に落ち合う事が出来た。少し時間があるので、隅田川まで散歩に行く。晴れて居て心地良く、最上の旅日和であった。
今日の目的地は、日光である。と言う訳で、これから東武鉄道の特急を利用する事になって居る。浅草11時30分発「きぬ」117号で、全席指定なので予約済みである。本当は、無料の快速もあるのだが、久し振りの東武特急であるし、旅立ち位は奮発しようと考えたのだ。
松屋浅草支店の二階に駅が入居しており、改札口を入ると、駅弁を売って居た。勿論、「日本鉄道構内営業中央会」の認定はされて居ないが、観光客向けに数種類が用意されてある。私は、カニちらしを選んだ。肉が好きで、大抵チキン弁当や牛肉弁当の類いに手を伸ばすのに、である。友人の前で小さな見栄を張ったのか、或いは単にこれと言った品が無かっただけか。とにかく、旨かった事のみ記しておく。
白い流線形の車体が六両編成でやって来た。友人は散策中に新幹線に乗ると表現をしたが、これは箱型の普通の列車では無く特急列車に乗ると言う意味であろう。
重箱の隅を突いても仕方が無い。側面方向幕の前で写真を撮り合った。今日は正しく「観光」だし、こうして相方が居るから普段はやりたくても出来無い事を、どしどし実行しようと思う。
連休であるし、人気の観光地へ行く列車なので、昼前であっても満員であった。沢山の人々の旅立ちは、大変厳かな雰囲気に包まれて居た。浅草駅の構内を出るとすぐに急カーブがあって、無理矢理な感じで隅田川を渡河するので徐行させられ余り速度が出せないからである。
東京の下町を走って行く。同じ東京でも、この辺りの光景を見て居ると、気分がのんびりして来る。しかし、北千住で客が乗って来て、その賑やかさに旅路の世界に引き戻される。旅は楽しくなくてはいけない。だから、弁当に箸を伸しながら友人に話し掛け、逆に話題を提供して貰った。そのうちの一つが、車内販売の売り子のおばさんの事である。鬼怒川まで二時間位なのに、物凄い速歩きで行ったり来たりをして居る。よくぞ転ばないものだと二人で笑った。私はそのおばさんから缶ビールを買ったが、自動車を運転しない旅の特典である。
特典と言えば、今回使用して居る切符は「日光・鬼怒川フリーパス」と言って表題地区の東武電車とバスが自由に乗降出来る周遊券だが、観光用らしく施設の割引券がおまけについて来てお得となって居る。是と別料金の特急券を買う為に、錦糸町の「東武トラベル」へわざわざ出掛けて購入をした。普段市川駅前で全てが事足りるから、珍しい事であった。まだ旅行に関して「修行時代」であり、何事も勉強であった。しかし、車内検札は機械化され、車掌に提示する必要が無く、何の跡も残らないまま手元に記念品として保存されて居る。
列車は何時の間にか埼玉県を走って居る。東武動物公園までは伊勢崎線と言って、その名の通りこの先群馬県の伊勢崎まで続くが、我らの「きぬ」117号は枝分かれをして日光線の鉄路を踏んで行く。
広々とした田園が気持ち良く、利根川を渡る手前で、カーブがあり水色のトラス鉄橋が次第に近付いて来る様子が素晴らしかった。これより栃木路である。
雑木林が増えて来た。二五パーミルの急勾配があるらしいが、そんな事にめげずに、列車は坦々と走る。実際の速度はどの位であろうか。わからないし、気にする事では無い。ただ、駅に停まらない分だけ速い、とだけ体感しておいた。
尤も、是は勝者の貫禄かも知れない。
国鉄日光線と東武鉄道とで、日光への激しい観光客争奪戦を繰り広げた歴史があった。国鉄は上野から直通する急行や準急を走らせたが、上野より若干足場に劣る浅草からの東武特急が圧勝した。運賃と所要時間が、国鉄より有利で、車両も高級感のある格好良いものを投入したので、客が流れるのは自然な事であろう。
国鉄が設定した日光線の優等列車は全て廃止になり、普通列車しか走らぬローカル線、それも「地方交通線」にまで指定され、昔日の面影は何も無い。
合戦場だの板荷だのと言う情趣のある名前の小駅を通過して行く。穏やかな農村地帯であった。
杉並木が見えて来た。日光も手が届く処まで走って来た。下今市に13時08分到着。名残惜しいけれど、「きぬ」117号とはここでお別れとなる。同じホームに停まって居る二両編成に乗り換える。「特急連絡」と言う種別で、途中の上今市を通過する列車である。昔は特急券を所持して居ないと乗る事が出来ない厳格さがあったらしい。
東武日光までは七分。立ったままであった気がするが、僅かな時間だから、それ程気にしなかったと思う。
横に立つ杉並木が流れる様に見える。身軽な電車は、すぐに東武日光の頭端式ホームに停まった。これで東武伊勢崎線の東武浅草・東武動物公園間(四一・〇キロ)と、東武日光線全線(九四・五キロ)を乗り終えた。私鉄で一〇〇キロ以上を消化するのは珍しく、嬉しい事でもある。標高五三八メートルだと言う。
改札口で切符を提示すると、大きな声で、
「フリーパス、二名ですね。どうぞ、お通り下さい」
なんて言いながら、出場を認めてくれた。
東武日光駅は、山小屋を模した洒落た駅舎であるが、そんな事に目もくれず、湯元温泉行のバス乗り場を探す。観光バス型の車が来て、距離は元より乗車が長時間に及ぶ事が予想されて居るので、乗り心地が期待出来る。観光バスを用いるのは、中古を改造した方が新車より安上がりだからと言う理由が多いが、ここは単に観光客向けだと信じたい。
これから国道一一九号線を使って山を登る。即ち、かの急カーブで有名な「いろは坂」を通る。この道が観光客の車で渋滞をすると聞いて居たので、さっさと山の上に行ってしまおうと考えて居た。だから、今回は東照宮を見ない。昔から「日光見ずに結構と言うなかれ」と言う諺があるが、友人がもしも見学を期待して居たのなら、開き直りでは無いけれども、私に計画を立てさせた結果であり、今回は諦めて貰うしか無い。但し、信号待ちのお陰で、赤く塗られた神橋だけは、しっかりと眺める事が出来たのは良かった。
道は矢張り自動車が行列を作って居る。東武日光駅を出た時には賑やかだった車内が、すっかり静まり返って居る。通路の反対側のお姉さんが、気持ち良さげに熟睡して居る。友人の声も何処かかに置き忘れてしまったかの様だ。私は特段苦にならないので、しかと目を開けて車窓や光景を眺めて、のろのろと走るバスを楽しんで居た。
「いろは坂」の入口の馬返までやって来た。案内テープが、
「急なカーブと坂道が続く為、座席は深くお掛け下さい」
と注意をした。馬返の名の由来も案内したが、富士山のそれと同じで坂道の前に馬が登れず引き返したと言う主旨であった。
中禅寺湖畔の温泉にバスターミナルがあるが、それを無視して、一つ目か二つ目の小さな停留所で下車をした。フリーパスの有効区間なので、運転士に切符を見せるだけである。結局一時間四〇分も掛かったが、とにかく山登りが終わって一段落を片付けた気分であった。
散策を兼ねて、少しだけ歩いて戻る。華厳の滝を見物しようと思うが、展望台に降りるエレベーターが有料なので節約の目的で、崖の上から見下ろすと金網越しに立派な白い流れが落ちるのが見えたので、それで二人とも満足をしてその場を離れた。
土産物屋で、日光名物の湯葉を用いたコロッケを売って居るのを発見し、湯葉には目が無いので早速買ってみたら、衣と言うか油の味しか感じなかった。湯葉はそのまま味わうのが、一番美味しい食べ方であると思った。
湖の波打ち際を逍遙するのは楽しかった。人の気配の無い、砂利の上を歩くのは気分が良かった。屏風の様に立ちはだかる男体山を真上に見上げ、木製の標柱(標高一二六九メートルとある)と並んで写真を撮り合う。遊覧船がある筈だが、時間が合わなかったか全く気が付かなかった。しかし、知名度の割に静かな湖であった。
こうして心が洗われる様な時間を過ごして、予約をしておいたプチホテルに投宿をした。
夜はフランス料理の八品コースに舌鼓を打ち、プロ野球中継を見ながら缶ビールを呑んだ。いずれも美味だった。静かな夜は、何時の間にか更けて行った。

夜が明けた。
友人より先に起きてしまったので、そっとベランダに出て奇麗な嵐気を吸ってみた。爽やかで、落ち着いた朝である。中禅寺湖がゆっくりと波を打ち寄せ、ぽちゃぽちゃと耳障りの良い音を発して居る。その水面の対岸に一六二七メートルの社山を中心とした山並みが作る、新緑の鮮やかな壁に、柔らかな朝日が反射をし、ぼんやりとした頭の中を優しく起こしてくれる。
そして、国道の交通量が少なく、暴走する車が居ない。何もかもが、好ましく思えて来る。その様な感覚に包まれて居る。無論、朝食も美味しかった。
今日は、まずバスで下山をする。電車を使って鬼怒川方面に足を伸ばす予定になって居る。
宿の前に停留所があるが、足慣らしと言う程の距離では無いが、中禅寺湖温泉のバスターミナルから、9時30分発の東武日光行に乗る。
昨日と違って丁度三〇分で下界に戻った。下り坂である事、道路が空いて居る事、色々と理由があるがとにかく思って居たのよりも早く着いた。
車内は歓声に湧いた。バスの前方に客が集まって居たので、「いろは坂」の急カーブをすいすい曲がって行く、運転手の職人芸のハンドル捌きが良く見え、賞賛の拍手が起こったのだ。友人は寝不足でそれを補うつもりだったのに、このせいで成果があがらなかったとこぼして居た。
東武日光10時08分発の新栃木行に乗る。今度は各駅停車なので、上今市にも足を止める。水車小屋がある筈だが、気が付かないまま発車してしまった。
下今市で降りた。ここで東武鬼怒川線に乗り換える事になって居るが、次の電車まで五八分もある。持参の案内書を開くと、報徳神社しか無さそうだが、とりあえず改札を出てみる。駅前にも目ぼしい物件が見つからず、待合室でじっとして居た。
待ちわびた11時12分発の電車に乗ると、鬼怒川温泉まで丁度二〇分である。
この線は単線なので遅い印象を持って居たが、矢張りゆっくりとした走り方だった。勾配があるのかも知れない。
新高徳から鬼怒川が寄り添って来て、早くも渓谷を形成し始める。こう言う区間をボックス席でのんびり通れるとは楽しく幸せである。天気に恵まれたせいもあるだろう。
改札を出ると、友人の希望もあって、「鬼怒川ミニゴルフ場」へ行く為タクシーに乗った。ものの五分で到着し、パターゴルフの料金を支払って早速コースに立った。
各ホール共、第一打は良い処に行くのに、それ以降のピン寄せに苦労をする。だから半ば自嘲気味に、野球に譬えて、「先頭打者は出るのに、後が続かないな」とぼやき、友人に笑われた。こんな状態だったから、規定二七打の処三二打を記録した。全くの初体験だったが、なかなか愉しかった。
送迎バスを出して貰って、鬼怒川温泉駅まで戻ると、土産物屋にて買い物をし、東武のクーポンにより割引が認められた。
東武ダイヤルバスに乗る。ロープウェイに乗りたいのだが、最寄りの停留所は何処かと相談すると、運転手が首を傾げる。こちらも不安になるが、結果「吊橋入口」だろうと言う。そこまで五分。
ダイヤルバスは、温泉街の送迎用に走って居るので、予約が必要と聞いて居たが、「飛び込み」が認められた様なものだ。もし駄目と言われたら、散策を兼ねて歩けば良い。
滝見橋と言う、鬼怒川に架かる吊橋は、人通りが少なかったので余り揺れなかった。下を見ると、川風がひんやりとして気分が良い。
猿の絵が可愛い駅舎に辿り着いた。これから丸山と言う七三八メートル程の山を登る。所要三分位で、これもクーポンが有効で割引が適用された。少し待って、鹿の顔が付いた搬器で出発をする。駅名標に描かれた頂上を指さす猿に見送られる。六二一メートルの頂上の駅名標では、猿が手を振って居る。出迎えだが、帰る人にはお別れの挨拶をして居るのだ。
頂上まで少し坂道を登ると、途中に温泉神社が鎮座して居たので寄り道をし、「おさるの山」があって、一〇〇円の餌を購入して手を差し出せば、可愛らしい反応が返って来た。すっかり童心を楽しみ、売店で焼きそばを買って、景色を見晴らしながら昼食とする。まるで殿様になって、天守閣から城下を見下して居る心持ちである。登って良かったと思う。
最後は、温泉に入ろうと思う。地図を開くと、すぐそばに外湯があるらしいから、湯浴みを志して歩き出す。きつい坂道が待っており運動不足には辛いが、出で湯に浸かれると思って耐えた。
流石は有名観光地だ、外湯として比較的強気な料金を払って、浴場へ行けば、期待が高かったせいか余り良い印象は残らなかった。ただ、汗を流してさっぱりした事だけは間違いなかった。
地図を再び開くと、ここは既に鬼怒川公園駅に近い事を知る。もうそろそろ、東京へ帰ろうと思う。帰りは、何時帰るか不明なので、特急券の用意はして居ない。だから、浅草行の快速電車を利用する事にして居る。
案外立派な、と言うのも、東武鉄道直営として最北端の駅なので勝手に鄙びた小駅と思い込んで居た為だが、その様な駅舎に入り改札を通り抜けて、ホームに立つと五分程待っただけで15時38分発の電車がやって来た。もう既に、川治温泉方面からの帰宅客で満員であった。仕方無く立ったまま乗車をした。
鬼怒川温泉までの二・一キロも初乗車である。但し、今回は北側の新藤原まで一・七キロを乗り損ねてしまったが、いずれ野岩鉄道や会津鉄道に乗りに来るであろうし、それまでのお楽しみとしておこう。
どうも気になる駅名と言う存在がある。私鉄の場合、駅も多くなるからそれに合わせて耳に残る率も高くなる。今回の場合は、「合戦場」が該当する。後日調べてみると、ここは栃木県下都賀郡都賀町で、一五二三(大永三)年、下野守護宇都宮忠綱と皆川宗成による河原田合戦の舞台なのだと言う。
さて、車内の混雑は凄かった。空席を求めて車内を移動してみたけれど、無駄な抵抗に終わった。こうしてみると、特急料金(休日料金)の一四〇〇円とは、いわば着席保証料の趣きを帯びて居る。公園駅で特急券を求め、温泉駅で待っても良かったと後悔とは言いたく無いが、失敗をした気分に陥った。私一人ならば我慢するが、友人の心中や如何に、と気がかりを持ってしまう。余りお金を使わせるのも申し訳無いと思ったが、旅行中であるし出し惜しみはしないだろうが、「幹事」として気がひけてしまった。
とにかく、快速だから中規模の駅にこそ停車はするが、快走する姿は格好良い。
個人的に、直方体の意匠の車両が好みで、今乗って居る車も6050系と言って、箱型なので文句や細かい事を言いながらも、旅を満喫して居た。
やっと座れたと思ったら春日部で、埼玉県をかなり南下してしまった。
北千住で大勢の客が降りて、車内は閑散となった。友人との旅は間もなく終わる。
東武浅草18時04分、定刻に到着をした。
私は再び都営地下鉄に乗るつもりである。友人は銀座線を利用するらしいので、同じ順路だから暫く同道をし、東京メトロの改札口の前で、「どうも」と言ってあっけなく別れた。
浅草線浅草駅から、京成直通の快速電車に乗車をし、京成小岩まで行き、「緩急接続」の為に停まって居た普通電車に乗り換えて、出発点の市川真間で下車をした。
バスを利用し、帰宅したのは一九時頃であった。
さあ、土産に買って来た地酒のワンカップを開けて、無事の帰宅を祝ってみよう。


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