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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第9回 たぬきも笑う山形の旅
新幹線の「こまち」にも何時かは乗らなければと横目で見つめながら、銀色の車体に乗った。平成二〇年九月一三日、東京発6時12分発新庄行「つばさ」101号が走り出すと、どうしてもほおがゆるむ。乗りつぶしの為に、東北へ行くのだと思うと、大変嬉しくなる。
福島まで走って、「やまびこ」との切り離しをする為に、二分だが一息をつく。
米沢へ奥羽本線を走行する。所謂「ミニ新幹線」と呼ばれる、在来線の線路を敷き直して新幹線の大型車両が通れる様に改良する形式で開通し、一九九二年にとりあえず山形までつながり、七年後に同じ山形県の新庄まで延長された。福島から新庄まで、全て在来線のままの扱いとなり、新幹線と言っても特急列車と見做される事になった。これがこの区間の簡単な経歴である。列車の愛称は、在来線のエル特急時代のものを引き継いだ。
電車は大変力持ちで、奥羽山脈の中に敷かれた急勾配を軽々と登って行く。
赤岩で上りの「つばさ」と出会う。
板谷もすんなりと通過してしまう。かつて、この辺りにはスイッチバックと呼ばれる、ギザギザに進む施設があったが、それを廃止して一直線に走れる様に改良がされた区間である。
その名も「峠」と言う駅がある。ホームでは売り子による「峠の力餅」と言う品を商う声が聞けたが、今では駅前の店舗へ車で買いに来るのが主流になったと聞く。
山形からは、全く乗った事が無い。並走する仙山線の列車で、二つ先の羽前千歳まで乗車した事はあるが、全く乗って居ないに等しく、奥羽本線に対して失礼である、
山形城のある霞城公園を左手に見て、特急だから速いのだけれど、なんとなくだるい雰囲気に包まれて居る。これからと言うのに、飽きて来て疲れを覚えて居るらしいのだが、日帰りなのでこの先の行程は長く、頑張らねばならぬ。日が照って来た事もあるかも知れぬ。
将棋の産地と知られる天童を通り、サクランボ畑をかすめる様に、北へ北へと走り続ける。「さくらんぼ東根」と言う可愛い駅があり、何か別の駅名から改称したものとばかり思って居たが、平成一一年に開業した当初からの駅名と知り驚く。
理由がさっぱり思い出せないが、村山と聞くと山形県に居るとわかり気分が良い。「おくのほそ道」のせいだろうか。同じ理屈で、味わい深い大石田から雨が降って来て、これも旅情を催す。
新庄9時51分に着いて、奥羽本線福島・米沢間四〇・一キロ、羽前千歳・新庄間五六・七キロを無事乗り終え、H型になって居るホームを歩き、次の目標である陸羽東線の東側半分、つまりここから鳴子温泉までの区間を乗る事にする。
「奥の細道湯けむりライン」の愛称が示す通り、幾つかの温泉場を結んで居る。
新庄10時00分発4734Dは、二両編成での運転で、座席がさらりと埋まる位だった。
線路は南新庄まで奥羽本線と並走をする。こちら側にしか無い小さな駅に停まり、もう暫く一緒だったのに、何かを思い出したかの様にプイと横を向き、そのまま進路を東へ変えて一人旅となる。
雨に濡れたうす暗い車窓が残念だが、少しずつ奥羽山脈に向かって登って居るから、山奥の淋しさも加味されて居るかも知れぬ。
運転席からキンコンキンコンと鐘が聞えると、最上である。この列車はワンマンカーだが、全ての扉が開く割合大きな駅である。交換の為に少々停車する。
最上、勿論この場合は「もがみ」だが、「さいじょう」と読んだとして、「この上無い事」と言う意味より、「重なったものの、一番上」と言う意義の方が似合う気がする。当然その題材は、最上川の流れをたとえての事である。
奥羽山脈に達し、分水嶺の看板が立つ堺田に登りきった。県境でもあり、山形側の日本海へ流れる川と、反対に宮城側を下って太平洋に注ぐ川、地形の現場に今まさに居るのだ。
鳴子温泉11時04分着。
この街に来たからには、入浴を志したい。今日は気安い一人旅だ、外湯で充分なので、少し歩いたところにある湯に入り、身体を休ませる。
そして、前回遊びに来た際にも利用した食堂に入り、今度こそ、そばを注文すると共に、地ビールである「鳴子の風」と言う、趣のあるラベルの小びんも頼む。風呂上がりの酒は旨い。
雨は一応止んで居るが、灰色の空が残ったままである。
鳴子温泉の駅舎に設けられた足湯は、「ぽっぽの湯」と言う。白亜の駅舎のたたずまいはそのままで、改札のそばに行灯が置かれ、仄かな光に照らされた文字が素朴だ。これを見て、誰でも再び訪れたいと思うに相違ない。書き写してみると、
「陸羽東線鳴子温泉駅
おりてくださいお客さま
山の鳴子はお湯の町
ごらん湯けむり湯の匂い」
と言うのだ、今度来る時は、是非一泊したいと思う。
13時00分発で新庄へ引き返す。
行きの列車だったか、或いはこの列車だったか、それとも別の旅での事だったか、大事な部分を失念してしまったが、車窓から結婚式の嫁入り行列を目にした。旅行に持ち歩く手帳に記載が無いと言う事は、きつねにでも化かされたのかも知れない。
新庄から奥羽本線の普通列車で南下をする。運転台の後ろを確保して立ったまま、前方の景色を眺める。若い運転士で、田圃を横目に九〇キロから一〇〇キロ位出して居る。
途中から私の隣に、ブラウスの制服姿の女子高校生が立ち、同じ様に前方を注視して居る。満席で、居場所を求めて仕方無くそこに来たらしいのだが、あまりにも真剣な見つめ方なので、おや、と思う。それも山形らしい美人なので、こんな娘も鉄道が好きなら、嬉しいな、と思ううちに途中で降りて行った。
私は北山形で降りる事になって居る。次に乗る列車は山形始発なので、このまま終点まで行くつもりだったのだが、それだとこちらの到着と同時の発車で間に合わず、北山形で迎え撃つのならむしろ余裕を持って乗り換えが出来るとわかったのだ。
北山形の長い跨線橋を渡り、6番線に移動する。15時31分、四両も連結した白地に水色の帯の入った気動車が入線した。左沢線の339Dである。車掌も乗務して居る。
おばあさんが多くて、女子中学生が数少ない若手と言った陣容で、列車はブルルンと唸った。定刻である。
交換の為に長く停まる駅で、運転士が途中から乗り合わせた子供に手を振って年齢を聞いた。その子のおばあさんらしい女性が、その子の手も振らせようとするのだが、彼の興味は明後日の方向にあって返事をしない。見て居て可愛い停車時間を過ごした。この寒河江でほとんどの客が降りてしまい、これより先は半ばついでに行くと言う気配があった。
それにしても、この線に乗って居れば日本一周が出来てなかなか楽しい。金沢に長崎に高松、国鉄(或いは前身の鉄道省)は駅名の重複を避ける為の記号として、旧国名を付与したから、全て「羽前ナントカ」が正式名である。
こうして16時06分、左沢線を乗り終えて改札を出てみると、何も無い。駅舎の扉に、八幡神社祭礼の神輿渡御の告知が貼られてあるだけだった。
左沢と書いて「あてらざわ」と読む。この由来を記した案内板があるのが、街の重要施設であると主張して居る様に思われた。
丁度一〇分の停留で山形へ引き返す。この線は「盲腸線」なので、この先何処にも線路は敷かれて居ない。
川を渡るが、最上川でずいぶん下流まで来たから広い河川敷が明るく見える。
ところでこの列車は山形行だから、そのまま最後まで乗るつもりだが、乗りつぶしとしては、行きに乗り換えをした北山形で乗降した事により、全ては終えて居る。遠まわしな言い方をするのは、山形・北山形の間は奥羽本線との二重戸籍、つまり重複して居たのだが、平成一〇年に左沢線の起点が変更され、二四・三キロに営業キロも短縮されたが、今回の訪問までその事に気付かず、一・九キロ余計に加算出来ると思って居た。
その様な恥を思い出し山形駅に降り立つと、視線を感じたので、そちらを向くと、少し南に行ったところにある、上ノ山の祭りの告知に描かれた狸の案山子だ。狸は好きな生き物の一つなので、その「一家」が笑いながらこちらを見て居ても、あまり悔しくなく、むしろ笑みを返してやる。いや、待てよ、彼等が笑って居るのは、私が見たと信じて居る嫁入り行列は、実は狸のお嫁さんで私を上手くだませたから喜んで居ると言う可能性も否定出来ないが、まあどちらでも良い。
山形の新幹線改札口の前に、駅弁屋が屋台を出して居る。売り子のおじいさんに声を掛ける。次の列車まで時間があるから、休憩のつもりでぼんやりして居たらしく、少し驚かれる。
「つばさ」192号は、東京へ向けて静かに走り出した。今日の成果は、合計一七〇・三キロとなった。距離はたいした事は無いが、新幹線・気動車・電車と色々乗ったから、充実した一日であった。


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