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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第5回 南信州乗り歩き
さて、今回も日帰りである。なお、題名に「南信州」と冠したが、私自身が納得して居ない。長野県はいささか広く、南北も直線距離としてもずいぶん長い。だから、何を基にして南信州なのか北信州なのか、人によって異なると思われる。よって、今回はあくまで私自身の感覚としてお許しください。
そう言う煮え切れない態度に罰が当たったのか、平成二〇年二月九日の中央本線は遅れが生じて居た。高尾と相模湖の間で信号トラブルが起きた為、高尾9時発の河口湖行の行楽列車を各停として動かす事になり、ありがたく乗り込むと大月まで四〇分立ちっぱなしとなった。
大月の案内放送では、甲府方面も遅れて居ると言うので、駅そば屋に入り、ご当地名物の「吉田うどん」を試してみようと思った。郡内地方は機織りが盛んなのだが、基本的に女性の仕事で、男性は炊事を担い、その男性の力によりコシのあるうどんが作られた。これに地名を冠して「吉田うどん」と呼ぶ。そして駅そばの舌代に顔を覗かせて居る訳で、品物が出て来た途端に電車が来てしまい、一口二口食べただけで店をとび出したので、もったいない事をした。
あわてて乗った電車は小淵沢行だった筈なのに、甲斐大和を出たところで車掌が甲府止まりに変更と告げた。朝からすでに三本乗って居るのに、まだ目的地にたどり着かぬ。甲府から乗った電車でやっとスタート地点である岡谷駅のホームに降りる事が出来た。
これから、「乗りつぶし」の為に中央本線の支線に乗る。通称・大八まわり。昔、この土地出身の国会議員が、よそを通る計画だったのに、無理矢理線路を敷かせた事に由来し、彼の名をとって、(伊藤)大八まわりと言う。しかし、あまりに遠まわりとなる為、バイバスとなるトンネル(塩嶺トンネル)を掘り、こちらを本線としたので、大八まわりは支線へと格下げになった。この支線に乗る予定で、諏訪湖のほとりへやって来たのだ。
岡谷12時29分発「飯田線」554Mは、119系と言う国鉄型の二両編成だ。昔の名残りで、飯田線の電車が中央本線に乗り入れて来る。逆に大八まわりを一本の列車で直通する事は、現状では出来ない。まあ、趣味の上では、色々な車両に乗車が出来て楽しいが、乗り換えを要求しても苦情が出る程の利用客が居ないと言う証拠である。
電車はのんびりと走って行く。雪が降って来た。座席を埋めた乗客の熱気で、寒さを感じさせぬが、たとえ凍えても冬にこの地域へ行くと決めた以上は覚悟の上である。文句は言えない。
辰野までわずか一一分。ここで乗り継ぐ。
今度の電車は、13時02分発161Mだ。およそ二〇分の待ち時間がある。構内に広がる側線に歴史を重ねてみたり、駅名標を見つめたりして居ると、単行(一両編成)の白い電車がやって来た。121系と言う珍しい車で、孤軍奮闘でこの区間を行ったり戻ったりを繰り返して居る。「エコー電車」と言う愛称の記章が取り付けられて居る。扉は車両の両端にあり、その間は長いベンチ席になって居て、ワンマンカーなので案内テープが流れて居る。
なるべく運転席に近いところに乗りたい。幸い誰も居ないので、ベンチ席のすみに座れた。対岸に御河童頭の女子高校生が座り、菓子パンを食べて居る。そう言えば朝にかけそばを食べただけで、オヤツとも昼食とも区別の付かぬ吉田うどんを「試食」しただけなので腹が減って来た。この女の子のほかに五人位乗った。
もとは幹線なのに、大八まわりは単線である。完全なローカル線で、それに抗っても仕方が無い、と言う諦めを込めた速度で走って居る。片側にしか支えが無い架線柱が、F字に見える形式なのも、ひなびた印象を持たせる。駅も二駅しか無く、汽車区間のままでも不自由をして居ないのだ。伊藤議員は、やはり選挙の票が欲しかっただけなのだろう。
何時の間にか九人も乗って居た。
少し期待をして居たものだから、何となく冴えない初乗りだ。塩尻の賑やかな駅に着く。
駅そばに拘るつもりは無いが、横丁の呑み屋の様な店構えを見てどうでも良くなり、売店で先程の美人さんの真似では無いけれど、パンを二つ求めて昼食とした。
篠ノ井線の電車で松本へ移動をする。酒に酔った男が居て、乗客にからんで歩いて居る。今度は最後尾に乗って居たので、車掌を呼ぼうと思う前に、奴さんの大声に気付いて車内を覗いた。どうなるかと思ったが、結局、連絡を受けたらしい松本駅の職員に声を掛けられ、「御用」となった。
次なる目標は、大糸線である。ただし、終点まで行く事は出来ない。今日は、JR東日本の「土日きっぷ」を利用して居る都合で、JR西日本が担当する区間には顔を出す事が出来ない(もちろん別に運賃を払えばダメと言う事は無いが、今日は予算外なので、やはり先送りとなる)。
これは私の勝手だけれど、とにかく行けるところまでは乗っておきたい。
松本14時11分発4233Mは、隣の北松本で早々と交換をする。この辺りは、元々私鉄だったものを国有化された為に、駅間がとても短いので、走り出したと思ったらすぐに制動がかかる。
梓橋から北が、一般に安曇野と呼ばれる地帯となる。景色もそうだが、駅名も俄にアルプスの香りに包み込まれたものになる。
豊科で特急列車と交換をする。
穂高で遅れが生じ始めた。安曇野らしく雪が強くなって来た。
こんなところ、と言っては失礼だが、意外な場所で常盤の文字に出会ったら、普通列車と交換。
名古屋への臨時特急「しなの」84号が遅れ居て、こちらも身動きが取れず、三分程時間を浪費した。
気を取り直してみたものの、信濃大町には九分延着(定刻なら14時57分)。
同じ形式の別の列車は、乗り換え客を受け入れたら、ただちに発車した。こちらも三分延発の1377Mである。このあわただしさも旅の楽しみ、とは言っても綱渡りみたいで恐ろしい。
神城で交換。相手は115系の普通電車でうらやましい一方で、今乗って居る新型車両の導入後も、この線路を走って居るのかと思うと驚きと嬉しさが湧いて来る。
白馬の王子が居る訳でも無いが、四分の小休止。ホームに降りてみたものの、雪と寒さしか無かった。スキーをやらない人間だ、ゲレンデの恋もあろう筈も無いと、勝手に考え事をしてフユカイな気分になったところで、なぐさめる様に、15時49分発車。
暮れなずむ山道を走って居る。南神城から点灯した照明が、どんどん眩しくなって来る。最後の交換をして、16時06分、南小谷にたどり着いた。
周囲は何も無い。更に北へ向かう糸魚川行の気動車が停まって居る。この様な山奥に一人残されたらひとたまりも無いので、引き返す今まで乗って来た電車に乗ってしまう。車内から駅名標を眺め、小声で念仏を唱える様に、「みなみおたり、みなみおたり……」と呟く。思えば遠くへ来たものだ。地図を見ればもう少し何かあるだろうとタカをくくって居たが、現地は冬の夕方と言う条件もあるが、ここまで淋しい駅だとは思わなかった。
長く感じた停留時間も終わり、16時14分発1344Mと姿を変えた電車で帰路につく。
信濃大町で待って居たのは、115系による中央本線直通富士見行である。妙な運転区間だと思いつつ、ありがたく客の一人に加わる。
どう説明したら良いだろう。国鉄型車両、とりわけ三扉の近郊型に乗ると、旅の高揚のせいか、機械の性能によるものか、車内放送でしゃべる車掌の声が、乾いては居るのだけれども暖か味のある様に聞こえる。よく物真似でやる鼻声とは異なる、独特の声。あれは細かい話だが、鉄道電話の受話器の設定を変えると車内放送のマイクにする事が出来るのだが、どうもこの受話器を用いて話す時、私の好きな反響をするらしい。長々と無用の講釈を述べたが、要するに115系電車が走るところまで帰って来て、安堵を覚えたのである。
松本には18時20分に戻って来た。この電車で富士見まで乗って居たいが、今日は帰るのだと自分を言い聞かせて、18時35分発の「スーパーあずさ」34号の自由席に邪魔をした。ところが、雪の為にダイヤが目茶苦茶になって居るのだ。
まず、発車をしたのは良いが、中津川行の普通電車に続行して一一分遅れる。
特急だから車掌も丁寧で、今度は、
「岡谷駅の手前で停車中です。入線すべきところに他の電車が居る為、岡谷駅に入る事が出来ません」
と説明する。上諏訪で対向の特急が遅れたせいで、何故かここだけ単線の為にこちらもとばっちりを受けてしまう。茅野でさっきの富士見行を追い抜く。
結局四五分のずれ込みで済み、総武線と奮発したタクシーを利用して帰宅をしたのは、二三時少し前だった。


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